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第八話 ④ 不可視のトラップ

「ここ……道あってるのか?」

 思わず呟く。


「一応地図にはここをまっすぐ進むって書いてるんですけど」


 ソフィの声色は少し不安げだった。

 まさかこんなにすぐ自分の地図の正確性を疑うことになるとは。



 俺は近づいて、足元の空間を覗き込む。

 狭い通路に、長さ五メートルもあろうかという穴がぽっかりと口を開けていた。


 深さも相当あるようで、落とし穴と言うにはあまりにも隠す気のない大きさだ。

 その下には竹やりのようなものが縦に刺さっているのが見える。

 雨に濡れてぬらぬらと光ってるのがまた絶妙に恐怖心をあおってくる。


 落ちてしまったらひとたまりもないだろうな。


 ……しかし、スキルによるとここは直進をしても良いという。


 もう一度スキルで調べ直すと、ここはちょっとしたトラップになっているという。

 実際はただの地面なのだが、大きな穴があいている……ように見える、だけらしい。


「たぶん……視覚誤認系の魔法がかけられてるんだと思います」


 そういってソフィは、穴に石を放り込む。

 その石は空中で二、三回跳ねた後に静止した――ように見えるが、実際にはあるはずの地面に落ちているだけなのだろう。


 俺は恐る恐る片足を崖から伸ばし、何もない空間をつついてみたが……確かに感覚はある。

 観光地にある高いタワーの、ガラスの床に立っている感じに近い変な感覚だ。


 高所恐怖症というわけではないが、視覚が危険だと訴えかけてくるせいで分かっていてもかなり怖い。


「……こんなの、スキルがないと絶対気づけないんじゃないか。

 罠感知の技能は使えないって話だったし」


「いえ、そんなことはないです。

 しっかり観察をしてさえすれば、そんなスキルに頼らなくても分かるようになってます」


 観察……


「というと?」


「この雨です」

 ソフィは空を指さす。


 雨……。雨…………?

 ヒントを聞いても良く分からないのだが。


「真上からのぞき込んでると見えづらいかもです。ほら、ちょっと引いて見てみれば」

 そう言ってソフィは俺をひっぱって下がらせる。


「あっ……ほんとだ」


 確かによくよく注目してみると、雨がバリアにはじかれているかのように、何もない空中ではねているのが見えた。

 穴の中が暗いせいで見えづらいのだが、今見るとなぜ気が付かなかったのかと不思議になる。


 近くに行ってまたまじまじと穴を見つめると、確かに何もないように見える空間に雨がはじかれているのが分かった。

 

 俺が驚いているのをみてソフィは言う。

「答えを知ってからだと良く見えるようになりますよね。間違い探しと同じです」


 確かになぁ。

 こういうところに気が付くか気が付かないかの差は大きい。

 この迷宮の場合、このトリックに気が付かずに他ルートを選択すると強敵と戦わされることになるはずだ。


 俺がもしスキルもなしにここを攻略しようとしていたら、おそらくここで死んでいただろうな。

 ソフィなら一人でもここを見破って悠々通ることができたわけだ。

 そんなことを考えながら、見えない地面を片足でちょんちょんと確認する。


「じゃあ行くか」

 そう言って俺は足を踏み出そうとしたが、袖をつかまれてぐいっと引き戻される。


「……どうした?」


「私……昔から高い所が……」

 ソフィは声を震わせて言う。高所恐怖症って奴か。


「高いところったって……実際にはただの地面なんだろ?恐がること無いって」

 ソフィは急に涙目になって首をぶんぶんと降る。


 だめか……

 まぁ、誰にだって苦手なものの一つや二つあるよな。


「どうしようか……目つぶったりして何とかならない?」


 ソフィは目をぎゅっとつむる。

 俺はそのままソフィの手を取ってみた。

 肌に触れた瞬間、ソフィは体をびくっとさせる。


「……怖いか」

 ソフィは申し訳なさそうにこくんと頷いた。

 下を見なくてすむとはいえ、目をつぶって歩くのは流石にそれはそれで怖いか。

 そうだな……


「おんぶとかだったら……いけるか?」

 背負っていた荷物を、前にまわしながら提案する。


 ソフィは目を見開いた。

 嬉しそうに頷いて、いそいそと背中に乗ってきた。


 小柄なソフィは、背中に乗せてもやはり軽い。

 下を見ないようにしながらおんぶをするのはなかなか大変だが、軽いおかげでなんとかいける。


「……ん?」

 何やら背中に固いものが当たっている。


 いや、ソフィの名誉のために言うとソレのことを言っているのではない。

 ある方だとは言えないが、流石に固いものを感じるほどではない。


 ソフィの胸元に……ペンダント?のようなものがあるのを感じるのだ。


「本当に……変わらないですね」

 心の中で胸をディスられていることを知らないソフィは、そう言って俺の肩をぱしぱしとたたく。

 急にテンションが上がったな。


「……目、開けてないか?」

 歩き出したというのに、ソフィは楽しそうにしている。


「もう怖くないですから。さぁ、いきますよ!」

 言いながら足をばたばたとさせている。


 普通に歩きづらいからやめてくれ。


「……今ここで下ろしてやろうか」

 イラっときたので、少し脅してみる。


 効果はてきめんで、それまでの余裕はどこへやら。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。本当に勘弁してください。頼みます。私が悪かったです。だからそれだけは本当に。冗談じゃないです。そんなことしたら私心臓が破裂して死んじゃいます……」

 冗談で言ったのに結構本気で謝られた。


 しかしまぁ、気づきさえすれば本当に無害な罠というのもあるものなんだな。

 実体のある部分を飛び石のようにするとか、ジグザグにするとか……色々やりようはありそうなものだけど。


 こんな仕掛け、作っても成果が出ないじゃないか……と訝みながら足を進めていると。

 目の前の違和感に、思わず背筋が凍った。


「……どうしたんですか?」

 落とし穴を渡り切った後もソフィを下ろさずに歩き続ける俺に、ソフィは声を掛けてくる。


「まぁ、おんぶしていたいなら良いですけど。……そういう趣味とかですか?」

 おい。苦労して背負ってるってのに変な事を言うな。


 俺は安全のため、もう数歩だけ進んでからソフィを下ろした。


「落とし穴を抜けた先の床……よく見たら一部の床を除いて他の地面が雨をはじいてなかったんだよ」

 ソフィは怪訝な表情で目を凝らす。


 振り返った時、その表情は驚きに変っていた。


「多分偽の落とし穴を見抜いてここまで来た人が、

 ようやく安心して床に乗ろうとしたら今度は床に実体が無くて死ぬ……みたいな罠だったんだと思う」


「……怖いですね」

 ほんとに。


 実体のある地面は細く、そこ以外のどこを通っても今頃串刺しだっただろう。

 なんというか、意地の悪い仕掛けだ。

 ソフィが雨のヒントを教えてくれたからかろうじて気づけたけども。



 それはそうと、訊いておきたいことがある。

「そういえばなんだけど……今ソフィのことをおぶったときに、

 背中に固いものを感じたんだよな。あれって……」


 なんなんだ? と

 言い終わるが早いか、ソフィは無言で俺の首を絞めてきた。


 ◇ ◇ ◇


「ああ、これですか」

 そう言ってソフィは、歩きながら胸元から金色の物を取り出した。

 結局話はこじれたが、何とか勘違いを解くことができた。


 途中胸のことで失言をするたびに死にそうになったが……

 見た目によらずソフィの力は強い。本当に意識が飛びかけた。


「懐中時計……?」

 見ると、ソフィの取り出したものは金色の懐中時計だった。


 文字盤がむき出しになっているタイプの物ではなく、蓋が付いており、ボタンを押して開閉することができるようだ。


 ソフィの小さな手でも片手に収まる程度の大きさ。

 たまにソフィが手持無沙汰の時に首元のチェーンをいじっているのを見ていたが、ネックレスでは無かったらしい。


「雨なのに大丈夫なのか? 精密機械だろそれ」


「大丈夫です。基本的にこれは何をしても壊れないので」

 言いながらソフィは手元の時計の蓋をパカパカと開閉させる。


 Gショックじゃないんだから……壊れないなんてことは無いだろ。


「って言うか、この世界に時計なんてあったんだな」

 どこに行ってもそれらしきものが無いから、そもそも技術的に無いものだとばかり思っていたのだけど。


「いや……これは時計じゃないです」

 あれ?違うのか。どう見ても時計版のように見えるが……


「ほんとだ。よく見ると秒針が動いてないな」

 12時で止まっているのか……? いや、それよりかはちょっと前みたいだ。


「私、このお守り特有の魔力が好きで。

 身に着けてると落ち着くので、昔から付けてるんです」


 時計としてではなく、お守りとして身に着けているという事だろうか。

 魔力の話に関しては、ちょっとレベルの高い話で俺にはよくわからない。


「あと、まったく動いてないわけじゃないです。ゆっくりですが一応動いてます」


 言いながら時計版をこちらに向けてくる。

 ……それには何の意味があるんだ。見た感じだと全く動いていないようにしか見えない。


 ソフィはその懐中時計を気に入っているようで、大切そうに胸元にしまいなおす。


 対して俺は、その文字盤を見ているとどこか胸騒ぎがするような、そんな変な違和感を覚える。

 勿論見覚えは無いし、時計に何かトラウマがあるわけでもないのだが……


 何処かで雷が落ちた。

 反射的に首を竦めてしまう。


「今の……近かったな」

 殆ど音に遅れが無かったような気がする。

 自然に落ちた雷なのか……それとも不届き者の侵入者に対する制裁なのか。


 雨脚が強くなってきたようだ。


 明日の負担を減らす意味でも、日が暮れる前にもう少しだけ進んでおきたい。

 このままいけば、今日中に第一迷宮は抜け出せるはずだ。

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