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第八話 ③ ナーガ迷宮攻略開始

「変だと思ったんだよな。

 迷宮って言うからてっきり地下にあるもんだと思ってたんだけど……

 野ざらしになってるみたいだったからさ」


 迷宮とはいえ、天井が無いなら空を飛べる奴が最強じゃないかと。

 上空からから直接ゴールに降りていけばそれで終わりじゃないかと、そう訝しんでいたのだけど……


 雨が降っていた。

 空は分厚い雲に覆われていて、すぐには止みそうもない。


 それどころか急遽調べたところ……ここナーガの迷宮では、記録に残っている限り一度も晴れたことはないらしい。

 いわゆる天候固定系のマップというやつになるのだろうか。


 こういう場所のギミックは大抵、天候が変わらないことを前提にしている場合が多い。

 雨のせいで壁が滑って登れないとか、松明が使えないから行動できる時間に制限があるとか。


 ナーガ迷宮はその名の通り、先の見えない高い壁に囲まれた迷路である。

 天井は吹き抜けになっているのだが、壁よりも高い場所にいると必ず雷が降ってくるためズルはできないようになっているらしい。

 

 また降り続ける雨のせいで周囲の状況が把握できず、曲がり角でモンスターと遭遇してしまうと戦わざるを得なくなる。


 さらに索敵スキルの類は一切効かない特殊な天候のため、隠密行動を得意とする盗賊職やアサシンであってもここでは力業で攻略するしかないという。

 なんとも色々と対策された迷宮だこと。


 でも俺たちの手元には苦労して完成させた地図がある。


 これさえあればそんなことはお構いなしに最適ルートを進めるという訳だ。

 一つ難点があるとすれば……雨のせいであまり長く出しているとぐしゃぐしゃになってしまう所くらいだろうか。


 野宿を覚悟で携帯食料等をいつもより多く持ってきているので、荷物が重い。

 容赦なく降り続ける雨のせいで、嫌でも憂鬱な気分になる。


「ずっとこの天気なら敵に気づかれることもないでしょうし、

 忍び装備はいらなかったかもです」

 

 確かに。

 音は雨にかき消されるので、普通に行動していても相手に視認されない限りはモンスターに気づかれることはなさそうだ。


「まあ、でもこの装備は……」


 隠密効果だけじゃなくて、暗視効果もあるから夜に行動するときに役に立つ。

 ……と言おうとして、やめた。


 昨日の事件を思い出させるのを懸念したのだ。


「どうしたんですか?」

 途中で言うのをやめた俺を不思議に思ったのか、ソフィは俺の顔を覗き込んできた。


「まぁ……いつかは役に立つよ」

 嘘にならない程度に俺は答える。


 我ながら下手くそなごまかし方だ。

 ソフィは納得はいってない様子だったが、そうですねとだけ返してくれた。


 ソフィはフードを深くかぶりなおす。

 このフード付きの雨具と今はいている長靴は入り口近くの商人から買ったもので、当然割高だった。


 ランド内の傘が高いのと同じ理屈なのだろう。需要がある限り、売り手に分がある。

 ちくしょう。足元見やがって。


「行きましょう。もうあまり時間無いですから」

 足を踏み出す。


 昼過ぎまで地図を描く作業をしていて、それが終わってから馬車に乗ってようやくここまで来ているので、俺たちに残された時間は長くないのだ。

 分厚い雲のせいか、既に辺りは昼と言うには少し暗すぎるようだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 一つ目の目的はすぐに達せられた。

 寄り道せずに目的の宝箱に直行し、迷いなく開ける。


――――――――――

ITEM

―Artifact

Mana Ring

 MANup lv3

――――――――――


 “マナリング”というアーティファクト。

 宝箱を開ける前から、当然それが中に入っていることは分かっていた。

 

 最初の方こそ、答えの分かっている迷路なんてつまらないじゃないかと思っていたのだが……攻略が上手くいくと、それも悪くないと思い始めて来る。


 敵と罠を避け、目的の宝箱まで最適なルートで行く。


 地図を書いていた時から気づいていたが……どうやらこの迷宮は、上手くルートを取るとどんな目的地にも綺麗にたどり着くことが出来るようになっているらしい。


 つまり、理不尽な強制戦闘と言うものが存在しないのだ。

 これだけ広大で複雑な迷宮なのに、こうも綺麗に設計されていると美しさすら感じる。


 まぁ、そんな事は置いといて、全部利用させてもらうんだけど。


「こういう迷宮系のダンジョンの地図って、市場に出回ってないもんなのかね。

 これさえあれば迷宮としての機能は停止させたようなもんだと思うんだけど」

 宝箱を離れ、道へと戻る。


 これは兼ねてより気になっていた事だった。

 スキルが無くとも、時間をかけて各地を練り歩けばいずれ地図は出来るわけで。


「基本的にはないし……闇市でも見たことはないですね。

 あったとしても誰も買わないと思いますけど」

 隣を歩くソフィは、雨具のフード越しにこちらを見上げる。


「需要が無いって……使い道が無いってことか?

 例えば迷宮の構造は定期的に変化してるとか」

「いえ、少なくともここはそうじゃないと思います。

 知る限りそんな魔術はありませんし、あったとしてもそんなすごい魔術がかかったダンジョンなんてそう無いです」


 ぺしゃり、と水たまりを踏み抜きながらソフィは続ける。


「有名なのだと魔王城とかは定期的に地形が変わるらしいですけど……

 明らかに古代魔術が関わってるんだと思います」


 なるほどな。

 千鶴さんによればこの迷宮は古代の遺跡ではないらしいから、まぁ話は合う。


 でも、だとしたらなおさら……


「じゃあなんで地図が普及しないんだ」

 地形が変わるわけでもないなら、一度正確な地図を書いてしまえばそれで終わり……じゃないのか。


「考えれば分かります。

 どこの誰だかが分からない人が書いた地図に、自分の命を預けられますかって話です。

 ダンジョンの中だと、少し地図が間違っていただけで命を落とす危険があるんですから。

 それこそ国営の調査団が出した地図でさえ間違っていることがあるんですし、

 個人でやるならなおさらです」


 ……なるほどな。

 言われてみればそうかもしれない。


 俺のスキルを使って作ったダンジョンの地図を売り出したら儲かるだろうか、

 なんて考えていたのだけど……その地図のせいで死ぬ人が出るかもしれないと考えると、無責任なアイデアだったかもしれない。


 そういう商品に買い手がつかないというのも偉いな、この世界の人たち。

 日本では似非科学商品のブームがたびたび来るのと比べると、リテラシーはこの世界の人間の方が高いんじゃないか?


 うまい話には乗らずに自分の目と足で確かめたものを信用するという考え方がしっかりしている。

 原始的ではあるが、大事な考え方だ。千鶴さんには見習ってほしい。


「そうか……いい商売になると思ったんだけどな」


 多少なりとも肩を落とす俺に対し、ソフィは脇腹を小突いてきた。

「……先輩には当分変な事やらせるつもりはないですよ? ただでさえ時間が無いんですから」


「でもぐずぐずしてたら地図を買ってくれる冒険者がいなくなっちゃうだろ。

 ビジネスチャンスだと思ったらすぐに行動に移さないと」

「だめです。今はこっちに集中しなさい」

 頬を膨らませるソフィ。

 母親みたいなことを言う。


 なんて良く分からない会話をしながら歩いていると、

 目を疑うような光景が、目の前に広がった。

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