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第八話 ② 迷宮の存在理由

 千鶴さんは目を見開いて地図をまじまじと見つめていた。

「そうですね。これ書くのは俺の仕事なんで」


 すごい、と言われると悪い気はしない。

 正確に言えばスキルに操られているだけなのだが、まぁ俺が書いたと言っても過言では無かろう。

 実際に手を動かしているのは俺なんだし。

 

「今日明日でこれ攻略する予定なんでしょ?

 めちゃめちゃ広いみたいだけど……大丈夫なの?」

 言いながら千鶴さんはコップをあおる。


「……どうなんですかね。

 ここにあるアイテムがどうしても欲しいんですけど……正直ここまで広いと心配になってきます」


 そうよね……と千鶴さんは呟いた。

 

 例によってこの迷宮を攻略することを決めたのは俺。

 しかしそのことをソフィに報告すると、あまりいい顔をしなかった。 


 ソフィ曰く、この迷宮は一日で攻略しきれるものではない話だった。

 最適ルートを通るのに一日では終わらないってどういう事なんだ……と最初は思ったものだが、実際に地図を書いてみれば分かる。これは無理だ。

 なんなら二日でも間に会うのかどうか怪しいところ。


「ほんと広すぎですよ。……こういうのってだれが何のために作ったんでしょうね」


 何気ない疑問を口にしただけだったのだが、それが良くなかったみたいだ。


 千鶴さんが目の色を変える。


「気になる?」

 前のめりにこちらをのぞきこんでくる。

 

 やべ。

 そういうことは千鶴さんの前では言うなってソフィに言われてたのに……


「合理的な説明のつかないダンジョンって意外と多いものなのよ。

 そういうモノは約六千年以上前に建てられた古代遺跡とは違うから、

 “遺跡”って名称を付けられなくて、すぐ判別がつくんだけどね。

 それらは少なくともここ二百年のうちに作られたものっていうのが学会の見解で、

 これは明らかに人為的に作り出されたものだって言われてるのよね」


 語り出したら止まらない。

 いつもならそのまま千鶴さんに語らせて、俺は俺で適当に相槌を打ちながら違うことを考える時間なのだが……

 今日は暇だ。

 いかに荒唐無稽であろうと、危ない話を始めない限りは会話をしよう。


 そう思いながら手を動かし続ける。

 地図はそろそろ出来上がりそうな雰囲気があるが、ここから罠とモンスターの書き込みが始まるのでまだまだ作業は続くのだ。


「でね? 学会の見解ではこれらは魔王軍が作り出したものだって言うのよ。

 入ってくる冒険者の行動パターンとか弱点とかを探るため……

 情報収集が目的だって言う説が一つ。

 もう一つは自軍のモンスターの能力とか、罠の有効性とか、

 独自に開発した魔法の強さを計るための試験場として機能してるっていう説ね」


 不満げに語る千鶴さん。

 言われてみればそういう考え方もあるか、というのが素直な感想なのだが千鶴さんは異見をしたいらしい。


「でもそんなわけないと思わない?

 冷静に考えて、リスクとリターンがあってないのよね。

 ある種の駆け引きとしてアイテムとか武器を手に入れられるようにしてる、

 ってのは理解できるけど……そこまでしてやって相応の効果は得られてるのかって話。

 わざわざこんなでっかい施設を作ってまでやる事じゃないはずなのよ」


 ……確かに。

 千鶴さんが意外と理知的な人間だというのが分かってびっくりしているところなのだけど……まぁ明らかに正論だな。


「でも他にもありますよね。その人が勇者であることを示すとか、

 選ばれしものにだけ秘密を与える役目があるとか……みたいなのはよくある設定だと思いますけど」


 ゲームなんかではそういう風に機能していたような気がする。

 先代の勇者とか、古代の賢者たちが未来の勇者に託すために迷宮を作る。それは有り得ない事ではない気がするのだけど。


「や、それはもっと無いと思うのよね。

 苦難を乗り越えた強きものに秘密とか伝説の装備を託す……

 みたいな話だろうけど、そういうのって危なくない?

 だって、とりあえずモンスターをぶっ倒せる力と罠を避ける賢さがあれば、

 だれでもたどり着けるわけでしょ、その人が人格者かどうかはともかく」

 

 ……なんというか、夢のない話だ。

 でも実際その通りすぎる。


 その秘密にたどり着く人間に求められる“能力”は確かにふるいにかけられるものの、その人が人格者かどうかは別の話で。

 逆にその人が勇者の自覚を持って、世界のために身を粉にして働いてくれる確率は高いとは言えないだろう。

 というかそんなものがあるのなら、魔王が真っ先にそこへ駆けつけて芽を摘むはずだ。


 逆に元々選ばれた人間しかたどり着けないような、ある意味八百長的な仕掛けがあったのだとしたら、そんな大掛かりな迷宮なんて建てなくても良いという事になる。

 そういう意味では伝説の剣を抜く、みたいな分かりやすい試練の方が理にかなっている。

 

「じゃあ……なおさらどうして迷宮なんてものが建てられたんでしょうね。

 こうなってくると合理的な説明なんてつきそうにない気がするんですが」


 千鶴さんの目が光る。

 よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに。


「もちろん、合理的な説明なんて付けようがないの。

 だから、これこそが王国と魔王軍による陰謀を裏付ける証拠の一つなのよ。

 彼らがゲームの世界の設定をそのまま導入したのものだから非合理的な世界が出来上がってるの」

 息巻いて千鶴さんは語る。


 明らかな論理の飛躍だ。

 しかしゲーム世界を再現することで転移者を冒険者に……という話はソフィからも聞いた。

 ここまでは信じても良さそうなものだけど……


「分かるでしょ?こんな不合理なシステムが存在することがつまり、私達が王国に操られてる事を示してるのよ。私達は有りもしない魔王軍の幻想を見せられ続けて、目の前に人参をぶら下げられた状態で走っている状態なの。だから魔王を倒そうなんて息巻いているのは全くの無駄ってことなのよ。そもそも存在しないものなんだし、それに近づけば近づくほど敵が増えるの。健全に冒険活動をしているうちは良いけど、本気で魔王を倒せるような人が出てくると王国はきっと妨害工作を始めるわ。現に勇者だって今、何をするにもいちいち報告が必要になってるでしょ?あれは結局、勇者の動向を明らかにして対策を立てるための……」


 正午はとっくに過ぎている。


 ちょうど地図も書き終わりそうだし、腹ごしらえをするには丁度いい時間。


 ソフィが帰ってきたら昼飯を食べて、迷宮へと出発する。


 ちょっと眠気もあるから、馬車に揺られながら昼寝をするのもいいだろう。


 昼下がりの柔らかな光を浴びながら、

 千鶴さんの陰謀論ラジオを聞き流しつつ作業するのも、たまにはいいのかもしれない。

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