第七話 ③ 暗闇と急接近
「……意外と何とかなるもんだな」
一息つきながら俺はソフィに言った。
ここが今日の目的地。
眼の前には壁があるだけ。
地図の示す場所についても見える範囲には何もなかった。
まぁでも、事前に調査済みなのでここで何をすればいいのかは知っている。
「ここからですが……この階層にいる自爆するモンスターをここまで誘導して、
壁を破壊するギミックになってます。
たくさんの敵がいるなか、そのモンスターを爆発させないようにここまで連れてくるのは大変なのでしょうが」
そこでソフィは言葉を切ってから、少し笑いを堪えるようにして言った。
「ですが……あらかじめ爆薬を持っていれば話は別ですね。
でもこんな深いダンジョンに、使い勝手の悪い爆薬なんてアイテムをピンポイントで持ってくる人がいるわけ……」
なんだそのノリ。
謎にテンションが上がっているソフィはあからさまなフリをしてくる。
疲労による謎のハイテンションにつられて、俺は当然持ってきていた壁破壊用の爆薬を大げさに取り出す。
モンスターに見つかれば即死だというのに、我ながらのんきなものだ。
そして爆薬を壁際にセットし、いえーいとかなんとか言いながら勢いに任せて爆破する。
轟音。
気づいたころには遅かった。
あらかじめ決めていたはずの、
“辺りに消音魔法をかける”という段取りをすっ飛ばしていたことを――
◇ ◇ ◇
ダンジョンに盛大な爆発音が響き渡った。
聴力を持つモンスターは皆異変に気付き、我先にと一斉に音のした方になだれ込んでくる。
11階層ともなると、並の冒険者では太刀打ちできないほどの強力なモンスターばかりだ。
知能は高く、索敵能力も優れている。
上級ゴブリンは鼻をひくつかせて侵入者のにおいの痕跡を探し、コウモリ型の大きな怪物は天井から見下ろし、侵入者を発見しようと血眼で探し回っている。
◇ ◇ ◇
「((……なんでこんな時に限ってイズを連れてこなかったんだよ。コゥイガにいた時は確かに居たはずだろ? ))」
小声で俺はソフィに問い詰める。
「((いや……イズがお腹空いてるみたいだったから、酒場に帰った時に一旦おうちに戻してあげたんです。そのあとで千鶴さんが変なことを言い出して……! ))」
ソフィは息を飲む。モンスターの気配がしたのだ。
このまま呑気に喋っていてはすぐに見つかるだろう。
手順を間違えて爆音を鳴らしてしまった俺たちは、モンスターが集まってくる前にイズに守ってもらおうとしたのだが……
ソフィは千鶴さんを叱るのに夢中で、ゴミ箱から出してやるのを忘れていたらしい。
俺も確認しなかった責任はあるので、あまりソフィを責めることは出来ないが。
あいつ、今日はまだ土を掘ることくらいしかしてないぞ。
本当に肝心な時に頼りにならない。
このままではまずい。
俺の俊敏性で上級のモンスターたちを巻けるとは思えない。
どこかに隠れなくては――
で、今俺たちが姿を隠すのに何を選んだかというと。
爆破してあらわになった狭い隠し部屋の中にあった、宝箱の中だった。
それ以外に隠れる場所が無いから仕方ないものの、我ながら滑稽だ。
少しでも見つかる確率を下げようと、コゥイガで手に入れた、隠密効果のバフが付く忍びマスクはソフィに付けさせた。
因みに、忍び足袋の方は付けていない。
当たり前だ。
なんでこんな緊急時にわざわざ靴を脱いで良く分からない足袋を履きなおさきゃいけないんだ。
そんな時間なんてない。
宝箱の中でソフィと密着しているのを感じる。
しかし、ふたは完全に閉まっているため何も見えない。
互いの顔すら見えない真っ暗闇なので、至近距離で目が合ってドキドキする……なんて展開になる事は当然なかった。
しかしまぁこんなことは、年頃の女の子に強要するべき事ではない。
でも命の危機なんだ。寝る前に抱き着く謎の習慣がある世界の住人なら、これくらいのことは許してくれ。
実際には“これくらいの事”と呼べるかは怪しいが。
というか本当にそれどころじゃない。
入っている宝箱の蓋を開けて外の様子を確認するわけにもいかないので、中でただじっとして息を殺す。
俺の考えでは、モンスターには宝箱を空ける習性はない……はずだ。
そうでなければ、俺たちがダンジョンに入って宝箱をあけたときに、何らかの食べ物やアイテムが残っているなんてことはあり得ない。
音は殺すしかないとして、匂いは不安材料だが、先ほどの爆発でここら一帯は火薬の匂いで充満しているはずだ。
そう簡単に分からないだろう。
後は神に祈るしかない。
唯物論者として神に頼るのは大変情けないが、ここで見つかれば命を落とすとあればなんでもすがる。
キリストだろうがブッダだろうが、千鶴さんが騙され……いや、信じている宗教の神様でも何でもいいから助けてくれ……。
頼む……
「((俺のスキルに、近くに敵がいないか聞いてみてくれ))」
外のモンスターたちの気配が消えた……気がする。
一応声を落としながら、ソフィに索敵を頼むことにした。
が、ソフィは体をびくっとさせたきり何も言わない。
……そうだよな。声を出すのは怖いよな。
仕方がないので自分でほんの少しだけ箱のふたを開け、今の状況を確認する。
箱の中に光が差し込んでくる。
見た感じ外の光景に異変はなかったが……
思ったより、ソフィの顔が目の前にあったことにびっくりしてしまった。
まつ毛の一本一本が数えられるくらいの距離。
暗闇に助けられてあまり意識せずに済んだが、長い時間こんな至近距離で密着していたら羞恥で死んでしまいそうだ。
宝箱の機密性のお陰で変な空気にならずに済んだ。
ともあれ。
モンスターたちはひとしきり探した後、ここにはもういないと判断したのか、それぞれ戻っていったようだ。
良かった……
安心した俺はふたを開け、外に出る。
しかし、ソフィはうずくまったまま出てこようとしない。
「……どうした。足、しびれたか?」
手を差し出すと、ソフィは装備したままのマスクをグイっと上げて目以外は出ないようにした後、うつむいたまま俺の手をつかんだ。
俺は引き上げるようにして立ち上がらせる。
よほど怖かったのか、爆破する前のハイテンションはどこへやら、ずっとうつむいたままだ。
「……あれ? あそこにあんな死体あったか?」
ふと、視界の端に映った死体が気になった。
部屋の入り口から少し離れた場所に、ゴブリンのようなモンスターの死体が転がっている。
ここまでくる道中でモンスターの死骸は一度も見なかったし、そもそも地図上ではそこにモンスターは居ないはず。
となると爆発を聞きつけて寄ってきたモンスターの死骸ということになるのだが……
モンスターは基本的に互いを傷つけあうようなことはしない。
となると……
さっきまで誰かがあそこにいて、集まってくるモンスターを殺した……?
ソフィの意見を聞きたいところだったが、俯いたまま口を開こうとしない。
昼間に王都で人だかりを見た時とは違って、不機嫌という訳ではなさそうだが……
ともあれ、目当ての物は手に入れることができた。
それに……誰かに見られているような気がして気味が悪い。さっさと出るに越したことはない。
結局ソフィはその日一日中マスクを外そうとしなかったし目を合わせてもくれなかった。
はじめは、消音魔法をかけ損ねたことを気にしているのかと思ったが、そういう事ではないみたいだった。
明日にまた会う約束はしたものの、明らかな態度の変化に戸惑ってしまう。
一人になった俺は、昼間に契約を済ませた新たな住居へと向かった。




