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第七話 ② 記憶喪失者がもうひとり

「……大丈夫ですか? なんか息上がってるみたいですけど」

 ソフィは心配そうに顔を覗き込んでくる。


 そりゃ……誰のせいだと思ってんだ。


「もう酸欠でぶっ倒れるかと思った……。

 ただでさえ立ち眩みとかよくする方なんだから、ああいうのは勘弁してくれ……頼むから」


 結局二度もあのクソ長説明を言わされた俺は既に疲労がかなりたまっていた。

 一回も戦闘してないのに。


 当然隣のソフィはぴんぴんしているが。

「すみません。そこまで気がまわらなくて」


 この苦しみは結局、体験しない事には伝わらないだろうな……。

 

 俺たちは十階からさらに一つ上の階層、十一階へと向かっていた。

 ここら辺のモンスターともなると、銅等級の冒険者では歯が立たなくなってくる頃らしい。


 当然初期レベルのままの俺が敵うはずもない。ソフィの言うところによると攻撃魔法は使えないという事なので、今モンスターに出会ったらほぼ確実に死が待っているらしい。


 あまりに危険すぎる。

 こんなテンションで歩いているのもちょっとあまり良くない。

 スキルのおかげで殆どモンスターの影すら見ることが無く、逆にそれが危機感に繋がらないので危険なのだ。


「そういえば……コゥイガ遺跡にいたモルスケスってどうなったんだっけ。

 あれだけ強かったら倒した時に沢山経験値貰えそうなもんだけど」

 ぐちぐち文句を言うのもなんなので、俺は話題を変えた。

 

「……どうでしょう。分かりませんが……もし倒してるならレベルが上がってるはずです」

 そう言ったかと思うと、ソフィはいつぞやのように俺の腕を引っ張り、半ば無理やりに顔を近づけてきた。


「ん、何も変わってないですね。そのレベルなら何倒しても多少は上がるはずですから……おそらくまだ生きてるか、先輩が倒した判定になっていないかのどちらかだと思います」


 びっくりするからやめろ。

 急に眼を覗き込まれるのは心臓に悪い。

 

 でもそういうものか、と口に出す。

 これでダンジョン探索は三度目だというのに、未だレベルアップを経験したことが無いというのはなんだか寂しい。

 無益な殺生をしていないという意味では感謝すべきことなのだけど。


 ……と、それ繋がりで一つ思い出した。そういえばソフィに訊きたい事があったんだ。

「今朝、ふと気になって千鶴さんの左目を見てみたんだけど……

 なんか靄がかかったみたいになってて見えなかったんだよな。あれって何なんだ?」


「あー、あれですか。なんなんでしょうね、不思議です」

 

 ……

 …………え、そんだけ?


 今までソフィに何かを尋ねた時は大体全部答えが返ってくるか、ここでは言えないとはぐらかされることが多かったが……本当に心当たりが無いような反応をされるのは初めてな気がする。


「……説明はついてないって言う認識で良いってことか。 

普通は皆左目の中ににステータスが反映されているものだけど、

 千鶴さんはなぜか分からないけどそれが読めないようになってると」


「あぁ、不思議って言うのはそれもありますけど……」


 他に何が。ソフィは人差し指を立てて口を開いた。


「まず、左目のステータス表示は全ての人についているわけでは無いんです。

 それをつけるのはギルドで冒険者登録をする時。

 つまり、このステータスは生まれつき見えるものではなくて、

 冒険者を志す人が後から意図的につけてもらうシステムってことです」


 そうなのか。でも……?


「俺はそんなのつけてもらった覚え、ないんだけどな」

「それは記憶を失ってるからです。前回ここに転移して来た時にもう済ませてますから」


 なるほど、そういう事か。

 別に今更疑っては無かったが、俺がこの世界に来たのが初めてでない証拠の一つにもなるらしい。


「で。今やったようなやり取りを、昔千鶴さんともやったんです。

 千鶴さん曰く、左目に何かを付けた記憶はないそうです。

 という事は恐らくあの人は二度目の転移をしていて、前回の記憶が無くなってると考えられます。

 これも先輩と同じですね」


 ……なるほど?

 俺と同じ記憶喪失者ってことか。もしかしてあの人と俺って結構共通点があるのか?


「転移者ってことは、千鶴さんも何かしらスキルを持ってるはずだよな。

 それでも冒険者になってないってことは、俺と同じで弱かったってことなのか?」


「いえ。本人曰く、スキルなんて持ってないって話でした」


 ……?


「そんなこと……有り得るのか?誰であれこの世界に来た人間は皆発現するはずだよな」


「もちろん前例は無いですね。

 ですから、自覚が無いだけで何かしら持ってるとは思うのですが……」

 左目が読み取れない以上、どうしようもない訳か。


「一応ギルドで正式に鑑定を頼んだこともあったのですが……そこでもうまくいかなかったんです。スキルはおろかステータスも、名前も分からないみたいで」


 ……名前も。

 不思議、と言うには少し重い話だな。


「何か……そういう認識を阻害する魔法がかけられてるのかね」

 

「まさに、そういうことだと思います。確証はないですが。

 魔術がかかった痕跡が無いので確かめようが無いのが面倒で、

 可能性があるとしたら、古代魔術関係になると思います」


 でた。古代魔術って本当に最強なんだな。


 これを引き合いに出されたらどうすることもできない。

 使ったもん勝ちのチートみたいなものだ。


 というか。

「名前も分からないって言ったよな。……もしかして千鶴さんの名前って本当の名前じゃないとか?」


「そうです。“千鶴”は、私の父が呼んでた名前ですね。

 転移して来た時にはもう自分の名前すら忘れてたらしく、

 色んな人に勝手に名前つけられてたみたいです。

 私はよく父からその名前を聞いていたのでそう呼んでるだけで」


 記憶喪失って……そこまで深刻な奴なのか。


 少なくとも俺は、前この世界に来た事があるという記憶が無いだけで、日本で生活していた記憶は殆ど覚えている。

 ましてや名前を忘れているとなると相当なんじゃないか?

 

 千鶴さんが言うには、この世界に来た当初は色々と仕事を探したが何をやってもダメだったらしい。

 当然生活費を稼げないのでまともに生きていけず、よく教会に行ってご飯を貰っていたと言っていたな。


 ……そこからどうやってソフィのお父さんから店を貰うに至ったのだろう。

 普通良く分かんない記憶喪失の変人に店を渡したりするか?

 この世界に来てから、分からない事だけがどんどん増えていくな。


 話しながらも俺たちの足は止まっていない。着々と目的地へと向かっていた。

 冒険の一番楽しい部分のはずの、未知のドキドキは全て不要だと言わんばかりに切り捨てて俺たちは進んでいく。


 事務的だが、楽しくないかと言われるとそういうわけでもない。

 罠を先に発見すると「いわれてみれば確かに地面の色が違う」とか「あそこに石投げてみようぜ」だとか意外と暇をつぶせたりする。


 これらに引っかかって亡くなった先人たちのことを考えて、途中からは自重するようになったが。


 迷路のようなダンジョンも、当然一度も迷うことはなかった。


 命がかかっている危険な場所だというのに、ソシャゲの周回プレイのような気分で11階層についてしまった。

 なんだか申し訳なくなるほど順調だった。

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