第一話 ③ 初対面
「別に知ってるのは転移者っていう情報だけじゃないです。先輩の名前が佐伯槻で、まだぎりぎり十九歳ってことも知ってます。もう少しで20を迎えるところだったってことも」
俺が言葉を失っていると、彼女は目を覗き込むようにしながら続ける。
「今日、先輩は王城から追い出されてきたんですよね。
能力値はFランクで、転移者の中だとぶっちぎりで弱いです。
主にスキルのせいでそう判定されたんだと思います。
スキル名は“正 直 者”で、
聞かれたことに対して正直な返答をしないといけない能力。
そんなスキルのせいで王城では必要以上に酷い事を言われてきたんじゃないですか。
良く分からないままに王城から放り出されて、そのままあてもなく大通りを歩いてた、と」
なんでそんなことまで……?
あまりにそのまますぎて、だんだん恐くなってきた。
最後に彼女は、付け足すように呟く。
「後は……乗り物酔いには全然強くないのに、ちょっと気後れして変なところに座ってますよね」
おい。
それは関係ないだろ。ちょっとだけ緊張してたんだよ。悪かったな。
満足したように小さく笑みを浮かべて彼女は座り直す。
「私は霜月ソフィアです。
前と同じく、ソフィって呼んでください。
先輩が私のことを覚えてないのは分かりますけど、
私は先輩の事を知ってますし、先輩も私のことを知ってた時期があったはずです」
言いながら、彼女は肩に体を預けるようにもたれかかってきた。
ふわりと体が揺れる感覚。華やかな香りが鼻孔をくすぐる。
消音魔法の掛けられた静かな馬車の中では、
その息遣いさえも鮮明に聞こえてくるようで……
いや。
なんだかこの子、緊張してないか? 何なら俺よりも。
……それと、“知ってた時期があった”って変な日本語だな。
この子……ソフィはものすごく綺麗な容姿ではあるけども、
動きがこなれていないせいか、どこかぎこちなく子供っぽい印象を受ける。
多分今、俺に体を預ける時も、ちょっと心の中で決心してやっただろ。
なんなら手を固く握りしめていて、全然自然には見えない。
「確か……ステータスの情報とかは左目に映ってるんだったな」
俺が言うと、ソフィの体は少しビクッとはねた。
「名前とか、スキルの詳細とか能力判定とか……
そこら辺の情報は全部書いてるって説明があったなよな。
初対面の時にのぞき込んできた時はちょっとびっくりしたけど、
別に俺の事を個人的に知ってなくても、眼を見ればそのくらいは答えられるだろ」
俺の追及にソフィは固まってしまった。
文字通り、ぎこちなく体を預けてきたまま動けなくなっている。
こいつもしかして……?
あの毒舌な音声案内の言う事をちゃんと聞いておいて良かった。
ここではステータスや能力は全て数値や文章に起こされ、
それが左目に投影されるようなシステムになっているらしい。
身分証明などにも使われる、普通に便利なシステムだ。
確か、あまり人に見られると良くないから必要のないときは、
ちゃんと隠せとかなんとか言っていたような気もするが……
さっきは初対面でいきなり目を覗き込んでくるものだから、
そんなことを思い出す暇も無かった。
動けなくなってしまったソフィからは、直にその鼓動が伝わってくる。
……なんで仕掛けた側がそんなにドキドキしてんだ。
しかしまぁ、とは言えこれだけでは説明がつかない事が多々ある。
もちろん、左目に書かれていない情報の事。
「確か左目には生年月日と年齢に関する情報は書かれてない……はずだよな。
説明ではこの世界の暦と向こうの暦の区別をつけるのが面倒とか何とかで。
必要ないから記載されないって話だったんだけど」
俺の言葉を聞いて、ソフィは氷がとけたように脱力した。
先ほどから固まったまま動かないままだったソフィは、
ようやく緊張がほどけたようで一つ溜息をついて胸をなでおろす。
別に全部が嘘だって言いたいわけじゃないのだ。
もちろんそれに合理的な理由があるのなら信じようとは思うが……
「あ、でもソフィが相手の年齢を知れるとかいう良く分かんないスキルだったり、
そういう情報を誰かから買ってたりしたら話は別だな。
もしかしてそういう事か?
この世界に来たての初心な転移者を捕まえて、
なんかそれっぽいっ事を吹き込んで何か変な事させようと……」
おもむろに腕を掴まれる。
見ると、涙目になったソフィが俺の腕を掴んだまま、
懇願するように見上げて首をぶんぶんと横に振っていた。
……どうして俺は、こんなところまできて女の子を涙目にさせているのだろう。
本当に、そんなつもりは無かったのに――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車が揺れて景色が変わった。どうやら街を出たようだ。
青い芝が広がり、遠くの方に森林が見える。
道の向こうからは、ほろ掛けの馬車が近づいてきていた。
大きさからして、行商人か何かだろう。
草原の方を見渡すと、二人組が固まって何かをしているのが見えた。
「あれって……冒険者だよな?
なんか鎧着込んでるし、ぶんぶん剣振ってるし」
「……そうですね。
王都の周辺の草原には、
丁度良く駆け出しでも倒せるモンスターがいますから」
なんだかむすっとしている。
自分の言う事を信じてもらえずに拗ねているらしい。
仕方ないだろ。そう簡単にほいほいと人を信じてたまるか。
しかし“丁度良く”……か。なかなか含みを感じる言い回しだな。
「で、あの隣にいる子……たまに紅い光を出してるみたいだけど、
あれってもしかして魔法?」
思わず気になって尋ねる。
剣をふるう男の傍にいる女性が、たまに赤い光を出しているように見えるんだけど。
「あれは炎の魔法です。
火球を作り出して、それを投擲する魔法」
うお、やっぱりそうなんだ。初めて見るとテンション上がるな。
「あれってさ、頑張ったら俺でも習得できるものなのか?」
勢いこんで尋ねる。それが出来るならめちゃめちゃ楽しそうなんだけど。
「ん……まぁ、できると思います」
マジか、俄然楽しみになってきたな。
何が何やらで分からないことだらけだが、
よくよく考えてみれば夢の世界じゃないかここは。
自身を研鑽して能力を上げて強くなり、数多の魔法を使いこなして冒険をする。
憧れていたRPGの世界。剣と魔法の世界。
万々歳!
……とは、ならないんだろうな。
先ほどまでのソフィの口調からしてそんな気がする。
「あの人たち、何と戦ってるんだろうな。
なんか草が深くて見えないけど……ゴブリンとかいるのかな」
「ゴブリンに限らないと思いますけど……そうですね。
丁度草の丈に隠れるくらいの大きさで、体色が保護色になってるから見えないんだと思います」
なるほど。だからぱっと見だと見えないのか。
俺が窓に張り付いて駆け出し冒険者に見入っていると、
ソフィは一度窓から目を離してこちらに向き直ってきた。
「話は変わりますけど、大通りを歩く人の格好に見覚えは無かったですか?」
何だ急に。
しかし見覚え……か。
なんとなく、彼女の言わんとしていることがわかる気がする。
「見覚えは確かにあるな。なんかイメージ通り……って感じで。
少なくとも一発で剣士とか魔法使いって分かるくらいには」
装備を着込んで腰に剣を下げた剣士に、ローブをまとって杖を持った魔法使い。
まさに想像通りだった。
彼女は頷いた。
口の端が少し緩んだ気がする。気のせいかもしれないけど。
「イメージ通り、ですよね。
さっきの二人が戦ってるモンスターも、ギルドも、魔法もこの世界のシステムも。
おそらくこの世界これから先輩がこれから見る大抵のものが想像通りのものだと思います」
これっておかしなことですよね、とソフィは呟くように付け足した。
……確かに。
フィクションで作られたはずの世界と、
この世界がたまたま同じ仕組みで動いている……なんて、そんな偶然あるのだろうか。
でもそんなこと言ったらこの世界に転移してくること自体おかしいし、
そこに見慣れた人型の生物がいて、大気があって太陽があって重力も変わらなくて……
疑問は沢山湧いてくる。
「先輩はこの世界での冒険にちょっと心を惹かれてたみたいですけど」
ため息をついて彼女は続ける。
「今までに犬の大きさ以上の動物を、殺した経験は?」
急にバイオレンスな質問をぶっこんでくる。
「いや……そりゃないけど。……なんで?」
「まともに拳をふるったこともない人間が、
ここに来るとなぜか何の躊躇もなく剣を振るって動物を殺しだすんです。
それこそゴブリンなんか、醜悪な顔つきをしてるとはいえ人型じゃないですか」
……なるほど。言われてみれば確かにそう、かもしれない。
いつの間に俺は、嬉々として人型の動物を殺そうとしていたんだ……?