第六話 ⑤ そういえば居たなそんなやつ
「こんなに美味いのに、なんでもっと人が来ないんだろうな……」
あっという間に空になった皿を目の前に、そんな感想が漏れる。
お腹が空いていたというのもあるが、今まで俺が現代のレストランで食べてきたボロネーゼと比べても断然おいしい。
「……ほんとです。
贔屓目なしに見ても千鶴さんの料理って凄く上手なので、
そもそも存在も知らない人が多いだけなんだと思います。
立地も外装も、あまり良いとは言えませんし」
そうだよな……
昨日初めてこの酒場に入った時に、言われなきゃ絶対入らないって思ったもんな。
でもそれだけにもったいない。
こんだけ美味かったら料理だけで天下取れそうなものだが。
「一番は千鶴さん本人に、野心みたいなものが無い事が起因してるんでしょうね。
細々とやって、生活できてればそれでいいって思ってるでしょうし」
まぁ……そうか。
確かに、それでも結構楽しそうにやっているようだし、もっと店を売り出すぞ!みたいな感じではないもんな。
そういえばさっき、イズにもっとご飯を食べさせたいから頑張る、みたいなことは言っていたな。
そんな動機で頑張るというのもどうなんだ。
もっと自分の料理を世の人に食べてもらいたい、というのなら分かるのだけど……もっと生ごみを出したい、というモチベーションで頑張る料理人なんて嫌だ。
「あと、そういう意味ではフックが無いって言うか……
これが特に美味しい、みたいなのが無いという話は千鶴さん本人から聞いたことあります。
全部のメニューはどこにでもあるもので、その全部を同じくらい完璧に作るので」
なるほど……。
特にそこについて気になった事は無かったが、確かに看板メニューみたいなものは無いようだ。
この店はこれが特に美味いんだよね、みたいなのがあった方が話題になりやすいのかな。
とはいえ、それにしても客入りが極端に少ない気がする。
他の要因は特に思いつかないが……なんというか、ここまで目立った欠点のない居心地の良い酒場が有名にならないというのは不自然なような。
流石に贔屓目なのかな、これは。
と、ソフィは俺の皿が空になったのを見て。
「そろそろ契約書が出来るころだと思うので、お願いできますか?
あとはサインして書類を受け取るだけだと思います」
そっか、忘れてた。
今日から俺が泊まる宿の契約がまだ残っていたんだった。
おねがいします、とソフィはそう言って口元を緩める。
まだゆっくり食べているみたいだし、行ってくることにしようか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あまり会いたくない顔だった。
「佐伯君……だったね。昨日ぶりじゃないか、会えて嬉しいよ」
爽やかな笑顔で男はそう言う。
恐らく王国騎士の制服なのだろう。綺麗な服に身を包み、腰には美しい刀身のレイピアを携えている。
俺と同じタイミングで召喚された転移者……奏瀬だ。
『俺はあまり会いたくなかったけどな。昨日ぶりじゃん』
あら。スキルが発動してしまった。
「随分なご挨拶……だけど、それは君のスキルのせいだったね。
いや、気にしないでくれ。僕は理解しているから大丈夫だ。苦労している事だろう、気の毒に」
おお、ありがたいことに理解を示してくれている。
少し強張った笑みを浮かべながら、奏瀬は続ける。
「ところで、君は今……どこに所属しているのかな?
僕と君で待遇の差があるというのは心苦しくてね……。昨日からずっと心配だったんだよ」
俺が言うのもなんだけど、こいつもなかなかだな。俺の見た所、これがコイツの素らしい。
本当に悪気無くこういうことを平気で言う。
「所属……みたいな事はしてないけど」
「そうなのか。じゃあ……寝泊まりは出来ているのか?
生活が出来ないのであればいつでも僕に……
ちょっと? 佐伯君? なんでそんなに目を合わせて……」
――――――――――
奏瀬
Lv 29
HP 253/153
MP 122/122
ATK 156
DEF 132
MAN 98
STR 129
DEX 146
SKILL 『修羅域』
――――――――――
凄いな。流石はSランク冒険者。
まだ一日しか経っていないというのに、文字通り桁が違うステータスをお持ちだ。
『今の所はお陰様で生きていけそうだから、ご心配なく。
いざとなれば酒場に寝泊まりさせてもらうつもりでいるし』
「酒場……というと、そこで働いているのか。
どこにあるんだ? 僕にも今度、おじゃまさせてくれたら嬉しいのだけど」
……面倒だから質問をしないでくれ。答えなくちゃいけなくなる。
『北ブロックの三番地、通りから入って三件目。でも来るなら俺の居ないときにしてくれ』
相変わらず余計な事を言うスキルだな。
これが本心なのだから、俺にも責任はあるのだろうけど。
「そ、そうか……。相変わらずだが、君も大変そうだな。
それだと初対面の人と話すのに苦労するだろう」
……いや?
『別に困ったことは無いな。お前と話すときだけだと思うぞ、こんなに素直になれるのは』
「台詞だけ訊くとどこかロマンチックなのがまた……。実際は罵詈雑言の嵐だというのにな」
呆れたように奏瀬は頬を掻く。
『ほんと、お前といると本当の自分をさらけ出せるよ』
「そうか……君が喜んでくれるならそれで」
『あと、あんまり俺も暇じゃないから。
今から用事があって人待たせてるから、さっさとそこどいて欲しいんだけど』
相変わらず正直な言葉しか出てこないな。
「あぁ、それは……すまなかったね……」
なんかちょっと可哀そうだな。
建前を失うと、こうもコミュニケーションは直球になるものなのか。
俺は足早にその場を離れようとする。と、後ろからまた声がした。
「本当に、困っていたら僕に頼ってくれていいのだからね?」
『なんか負けた気がするからあんまり頼りたくないんだよな』
俺が言うと、奏瀬は困ったように眉を寄せて笑みを浮かべた。
「また君はそうやって……」
『冗談。国家滅亡の危機にでもなったら頼らせてもらうから』
ド失礼なことを言っても全然怒らない。
やっぱり完璧人間は違うな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
書類と宿の鍵を受け取った俺は、酒場へと戻ってきていた。
そのまま自分の宿へと向かっても良かったのだが、流石にソフィを待たせすぎるのも良くないと思いそのまま戻ることにしたのだ。
扉にはまた準備中の札が掛けられていた。
ここは昼を過ぎると一度店が閉まる。
そして夜になるともう一度開くようになっている。
営業時間が短いのも、客の足が向かない理由かもしれない。
閉まっている時に通りかかっても、あまり人の印象には残りづらいだろう。
なんて考えながらドアを開けると――
「だから言ったじゃないですか!
そういう大金が絡む契約は一人で勝手にやらずに私に相談してくださいって……」
地べたに正座する千鶴さんと、それを見下ろすソフィ。
一瞬何事かと思ったら……
そう言えば千鶴さん、結局魔素水の契約解除できなかったんだっけ。
「で、でも……ソフィアが忙しそうにしてたから……わたしが迷惑をかけた分はちゃんと自分で始末をつけないとと思って……」
若干涙目になりながら弁明をする千鶴さんに。
「……それでなんとかなってないから怒ってるんです。
大体向こうだってそんな簡単に契約を取り消してくれるわけないじゃないですか。ただでさえ騙されやすいんですから……」
怒り心頭のソフィに俺は割って入る。
「ま、まぁ……千鶴さんだって悪気があったわけじゃないんだろ?
それにほら、今からでも一緒にそこに行ってもう一度交渉しにいけばいいだけなんだからさ」
降ってわいた大金のおかげで、多少なら余裕があるんだから……ここはそんなに怒らないで。
俺がかばう姿勢を見せたおかげで千鶴さんの顔はぱぁっと明るくなった。
が、ソフィは怪訝な表情をする。
「……千鶴さんが何をやらかしたか分かってて言ってるんですか?」
ソフィの落ち着いた声が不気味だ。
一応分かってはいるつもりだが……
「魔素水の定期購買の契約が止められなかったって話だろ?
丁度余裕が出来た事だし、ここはひとつ穏便に……」
「さらに五年分の契約まで結んだんだそうです」
え。
「54900シルの所、なんと特別価格50000シルで良いって言われたし……
それに自動でお水を注いでくれる魔道具も付けてくれるって言うのよ?どう考えたってお得じゃない」
千鶴さんは胸を張って主張する。
完全にカモの言うことだ。
「……こうやって二度も同じ場所で契約してしまうと、
完全に合意したものとみなされて取り消しは難しくなるんです。
恐らく向こうは、千鶴さんが一人で来たのを見て舌なめずりして喜んでたと思いますよ」
うわぁ、ひどい手口。
もう契約解除は望めないのか。
でもまぁ、今の俺達には百万ティーネという大金が入る予定があるわけだし今回は……
「……ちなみにシルって言う単位はティーネの下の単位じゃないですよ」
あれ。
なんだか響き的にシルバーに似てるから、二番目の価値って感じがしてたのだけど。
「シルって言うのはこの国が昔統合した国で使われてたものの名残で……
何ならレートはシルの方が高いんです。
100ティーネで20シルが相場と言われてるので……ざっと25万ティーネをぼったくられたってことです」
25万って言うと……
「それって、もしかして第二案の件は……」
「もちろん白紙に戻りました。罰金とこの契約金で、手元にはほとんど残らないので」
oh……
それは何というか……
「……上で休んでる。説教が終わったら呼んでくれ」
「ちょっと?! 助けてくれるんじゃないの?
ごめんなさい、私頑張るから! 今日から心入れ替えて、頑張って稼ぐからぁ!」
次は……確か、カウェグラ遺跡に行くんだったな。
火薬やらなんやら、色々準備しないといけないな。一応地図も見直して……
なにやらぴーぴーわめいている千鶴さんを残して、俺は耳を塞ぎながら二階へと向かった――




