第六話 ④ 生ゴミ製造機さんたち
「ゴミ捨てありがとうね。イズ、喜んでたでしょ」
千鶴さんは手元の火加減を調節しながら、目を離さずにこちらに礼を言ってきた。
「いえ、大した事じゃないですから。
……でも、結構減ってましたね。あれ全部イズが食べたんですか?」
後ろ手に扉を閉めながら言う。
昨日見た時は箱一杯になっていた生ごみたちが、一晩で底をつきそうになっていた。
あいつは見た目に寄らず大食漢らしい。
「そうみたいなの。
ちょっとこのままじゃ、お腹空かせちゃうんじゃないかって思ってるくらいで……
うちももっと頑張ってお客さん増やさないといけないのよね」
お客さんを生ごみ製造機か何かだと勘違いしている千鶴さん。
仕事に精を出すことは良い事だし、生き物を大切にすることもいい事のはずなのだけど。
「あと、立てかけてあった木材ってもしかして……イズの小屋の素材ですか?」
俺の質問に、千鶴さんはよくぞ聞いてくれたとばかりに目を輝かす。
「そう!そうなのよ。ちょっと日曜大工に挑戦しようかなって思ってね。
昔からやってみたかったのよ、自作の犬小屋作るのって……なんかロマンあるじゃない?」
まぁ……確かに。その気持ちは分からんでもない。
「イズ、喜んでくれるといいですね」
そんな言葉に、千鶴さんは嬉しそうに頷いた。
この人を見ていると、つくづく人生を楽しんでるなぁと感心してしまう。
「それと……ソフィアがちょっと不機嫌みたいだけど……佐伯君なにかしたの?」
話題が変わった。
買い物と、今日から俺が泊まる宿決めを済ませた俺たちは、契約書やらなんやらが出来るのを待つ時間に一旦、千鶴さんのいる酒場に戻ってきていた。
結構時間は経っているにもかかわらず、ソフィはあまり口を開こうとしない。
どうも千鶴さんは、これを聞きたくて俺にゴミ捨ての用事を頼んできたようだ。
「あの子がわたし以外の事で怒ってるの見たこと無いのよね……。結構どうしようもないものに関してはすっぱり諦める子だから」
言いながらフライパンをあおる。
それはそれでどうなんだ。
少なくとも千鶴さんはどうしようもないものに分類されていないという事なのだろうか。
とはいえ原因は俺も良く分からない。
「……どうなんですかね。
なんでかは分からないんですけど、市場に向かう途中からずっとあんな感じで……」
そう……と千鶴さんは呟く。
一度火加減を見るように屈み、不安そうな表情を見せた。
やはり同居人というだけあって心配なのだろう。
色々抜けたところはあるけど、こういうところを見るとちゃんとソフィと仲がいいんだなとほっこりする。
二年間も一緒に暮らしているとそういう絆みたいなものが芽生えてくるみたいで……
「結局魔素水の定期購買の契約、取り消せなかったのよ。
そのことをどうやって話そうか迷ってて……でも、あれじゃちょっと間が悪いわよね。
……ってちょっと? ねぇ! 帰らないで! このままじゃわたし怒られるの!」
千鶴さんはソフィの心配ではなく自分の心配をしていたらしい。
ちょっと感心していたのに損した気分だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「一応お客さん、来てるんだな。昨日は一人もいなかったから、変なイメージついてて……なんか意外」
追いすがる千鶴さんを置いて厨房から出てきた俺は、なるべく軽い調子でソフィに話しかける。
「まぁ……このくらいはいつもいます。準備中の札を返し忘れなかったら、の話ですけど」
店内を見渡すと、カウンター席に一人と、二つあるテーブル席の片方だけが埋まっていた。
俺らを覗いて三人の客が入っている。
皆各々の料理にがっついていて店内は静かなので、あまり大きな声で話すのは憚られる。
手元には水の入ったコップがあった。ソフィが入れてくれたらしい。
ありがとう、と一言断ってからあおる。
「美味いなぁ……」
何度飲んでも美味いものは美味いらしい。つい口に出てしまった。
ソフィが口を開こうとしないので、自然と店内が静かになる。
昼過ぎのやわらかい空気に、フォークと皿がぶつかるかちかちという音が響く。
何もしないというのも暇なので、こちらから話しかけることにした。
「そういえば……市場では言わなかったけど、
火薬買うときも宿をとる時も、値切りしてたな。
ちょっとこっちの感覚では珍しいんだけど、向こうの対応も普通で……なんか新鮮だった」
ソフィは頷く。
また静かになる前に、俺は話を続けた。
「ほら、そういうアイテムって値段が均一になってるーみたいな話をしてたからさ。
どこで買っても同じなら買い物が楽でいいなって思ってたんだけど……そういう訳じゃないんだな」
「……そうですね。
基本的に外向きの値段と実際の値段の二つがあるので、そこを探らないといけないです。
基本的に日本から来た転移者たちはそういう文化とか知らないので、
かなりの割高で買うことになるんですが……
彼らは得てしてお金持ちなので値切れると知っていてもやらない人が殆どみたいです」
そういうものか。
流石に物価というものはあるらしい。
いちいち値札を変える必要が無いという意味では合理的な仕組みとも……流石に言えないか。
「でも……関西とかはそういうの大丈夫そうなもんだけどな。……いや、これは偏見か」
俺の言葉にソフィは首を傾げた。
関西、という言葉が分からなかったのだろうが。
となると、もしかして転移者には地域の偏りがあるのかもしれない。
少なくとも関西中心に転移してきているわけでは無い、ということが言える……のか?
そんなガバガバ推理は置いといて。
「ソフィって生まれはこっちなんだよな。
たまに何かをゲームに例えてたりしてたから混乱してたんだけど」
「あぁ……そこら辺は……」
一度言葉を切り、厨房の方をちらりと見た。
もしかして、千鶴さんに聞かれるとまずい話か。
「まぁ、大丈夫でしょう。
実は子供の頃、お父さんの私物のゲームをやらせてもらってたことがあるんです。
今思えばそれも教育の一環だったんだと思うのですが」
教育の一環と言うと……日本語の習得とかそういう事だろうか。
それとも世界の仕組みを知るために必要だったのか。
確かにゲームそのものを知らなければ、この世界の異常さに気づくことはないだろうな。
「でも……ゲームなんてどこで手に入るんだ?ここで一から作るわけにもいかないだろ」
「んー……。ここは一旦、分かんないってことにしておいてください」
なんだそれ。分かんないってことにする?
知っているけど言えないということだろうか。
他に客もいることだし、あまり深くは詮索しないでおく。
未だ料理は来ない。注文はさっきしたばかりなので当たり前と言えば当たり前だけど。
すぐにできるものでは無いので当たり前だが、こうも無言の時間が続くと息苦しくなってくる。ソフィが不機嫌だとこうも苦しいものなのか。
一度コップをあおってから話題を変えた。
「それにしても……凄かったな。コゥイガ遺跡の地下で、モルスケスから逃げるときにソフィが使ってた魔法……あれなんなんだ?空間を捻じ曲げてるみたいだったけど」
命の危機だったからか、鮮明に思い出せる。
あの後魔法はもう使えないと言われた時は焦りに焦ったが、しかしその直前まではめちゃくちゃかっこよかった。
「あぁ、あれですか。魔法……と呼ぶにはおこがましいですが。役に立てたなら良かったです」
……?
どういうことだ?
「あれは魔法じゃないのか? ソフィのスキルだったとか……」
「いえ、スキルじゃないです。魔法じゃないと言ったのは……じゃがいもは果物じゃないって言ってるのと同じです」
……ますます分からない。
うまいこと言ったでしょ、みたいな顔してるのも良く分からない。
「私は今、攻撃魔法全般が使えない状態にあるんです。薄々気づいてたかもしれないですが」
自分の手のひらを見つめるようにしながら、ソフィは言う。
確かに、それは戦っている時にちょっと思った。
なんで敵がいるのに炎を出したり、雷を落とすみたいな事をしないんだろうって。
「あの時はあえて使わないのかなって思ってたけど……本当は使えなかったのか」
ソフィは頷く。
「どう見ても魔法使いみたいな格好してるのに?」
うん、ソフィは続けて頷いた。
いや、うんじゃないが。
魔法が使えない魔法使いってそれ……ただのお荷物なのでは?
という本音がスキルによって暴露されなかった事に、ひそかに安堵する。
そんなことしたら事実陳列罪で捕まる。
それと……もう一つ気になった事がある。
ソフィは、『私今、攻撃魔法全般が使えないんだ』って言ったはずだ。
その“今”というのが引っかかる。まるで“今”じゃない時には使えていたかのような言い草。
これってもしかして、等級位剥奪の件と何か関係が……?
「おまたせー!」
千鶴さんだった。
どーぞ、と言いながら両手に持ったプレートを一つずつテーブルの上に置いていく。
「めっちゃ美味そ……」
トマトソースのたっぷり絡んだボロネーゼ。
てっぺんにかかっている緑とチーズの色合いもばっちりで、見ただけでお腹が空いてくる。
付け合わせのサラダも彩が良く、生ハムのようなものも添えられていた。
綺麗に盛り付けられており、これだけでテンションが上がる。
「まだお昼だけど……疲れてるみたいだからちょっとだけ多めにしておいたわ。ゆっくり食べてね」
優しい言葉のはずなのだが、その裏にはソフィのご機嫌伺いがあると思うとちょっと滑稽だ。
魔素水の件、上手くいくと良いけど。




