第五話 ④ 死にそうだから空気読もうか
水のトンネルは緩やかな坂道になっており、一歩進むごとに地下へと向かっているのが分かる。
足元は完全に乾いており、さっきまでここが水に満たされた池だったとは思えないほどだった。
段々と光が失われていき……ついに水の扉が閉ざされた。
閉ざされた途端、水の扉は固い壁に変化する。
ここは一方通行らしい。
初めは真っ暗な空間だと思っていたが、目が慣れてくるとうっすらと奥の扉から光が漏れているのが分かった。
狭く、薄暗い部屋。
湿っていて、カビ臭い匂いが辺りに充満している。
「ここは……どこなんですか?」
ソフィの声は心なしか不安げに聞こえる。
『コゥイガ遺跡、地下三階です。』
「地下三階……」
ソフィは怪訝な表情をしている。と思う。良く見えないけど。
「そんなに降りた感じしなかったけどな」
「ですよね、私もです。それに目当ての部屋が地下二階ですから、ここからは上に登らないとだめですね」
おい嘘だろ。
また準備が無駄になったんだが。
「地上から地下に入る道筋も、そこから地下二階に降りる道筋も全部頑張って書いたんだけどな……」
「まぁ、時短できたんですから」
結果的には喜ぶべきですよ、とソフィは気楽に答える。
俺の苦労も知らずによ。
「で、この階はどうやって抜けるんだ?」
俺の質問には答えずに、ソフィはメモ紙を渡してくる。
自分で書けという事らしい。
まぁそうしますけど。
すらすらと地図を書いていくも、横で見ていたソフィが眉を潜める。
「……変な地形ですね」
書いていて自分も思った。
地下三階はこの城の最下層で、スペースはかなり限られている。
あまり良く使われるような場所ではないみたいだ。
部屋は二つだけで、今はその片方の部屋にいるようだ。
外には長い廊下が一本あるのみで、二つの部屋と階段をつないでいる。
簡素な造りの地下室だと言えばそれまでなのだが……
しかし変なのはその廊下である。
二つの部屋と階段しかないわりに、長さが合っていない。
長さは異常で、あと両側に六部屋は作れそうだ。
隠し部屋でもあるのかと思ったが、
このスキルはそう言った隠し部屋の類は全て看破してくれるはず。
他に目立っておかしいところは無い。
「地下二階は普通の作りだったよな?」
俺が地下二階を描いている時は別に違和感を覚えなかった。
ソフィは頷く。
「どっちの部屋も狭いのに廊下だけが異様に長い……?
何のためにこんな造りにしてるんでしょうか」
見渡しても辺りには特に何もない。
振り返っても、そこには壁があるだけ。
「この裏道専用の場所とか?」
適当な事を言ってみたが、案の定ソフィは眉をひそめたままだった。
ともあれ一応、この階に居るモンスターの確認をする。
ドアを開けたらすぐそこにモンスターが居るかもしれないからな。
準備は怠ってはならない。
『地下三階には一体のみ存在します。』
一体だけか。返答を聞いて安心する。
あとはそいつが廊下に居るのかもう片方の部屋にいるかだが。
『変異種モルスケス。
深い毛に包まれた球状のモンスター。
記憶力が良く、音に敏感であるため特定の人間の出す音を区別できる。
その特性を生かして遺跡では望まぬ侵入者を排除するために配置されることが多く……』
爆音と共に、ドアが吹っ飛ばされた。
避ける判断が出来ないほどの速度で、扉が体の横を吹っ飛んでいく。
背後の壁にぶつかって壊れる音がした。
遅れて巻き起こる風を肌で感じる。
入り口には、ドアの高さいっぱいの毛むくじゃらの球。
あれが、このドアを……?
『……体高は約二メートルほど。
球のような形状をしており、体は深い毛でおおわれている。
体の大部分は筋肉で構成されており、収縮からの解放を繰り返して移動する。
直線的にしか動けない事はデメリットとされるが、その突撃の威力は凄まじく……』
命の危機。
ソフィが常々言っていた。
モンスターとは遭遇しないに越したことは無い、と力説する理由がやっと理解できた。
頭では分かっていたものの、実際にその目で見ない事には分からないようだ。
ドアをあの速度で吹っ飛ばすモンスターと戦ってなんになるって言うんだ。
何もできずに死ぬだけじゃないか。
張り詰めた空気の中、俺は身震いし……
『……高周波の音を出して周囲の地形を把握するため、多くのモンスターはその音を嫌がり近づかない傾向にある。モンスターが密集するダンジョンで、見かけるモンスターの数が不自然に減少したらそれはモルスケスが出る予兆だと言われるのはそのためである。また、変異種は原種と比べて体躯が大きく、それに従って生命力と破壊力が優れている』
一方空気を読まない俺のスキルは、うんちくを垂れ流し続けていた。
「来ます!」
似合わない大声をソフィは出す。
廊下の明かりの逆光を受けた黒い塊が一瞬縮んだかと思うと、次の瞬間には目の前へと飛んできた。
死――
その黒の塊は、目の前で一瞬動きを止めた。
ようやく脳から出た信号が体に届き、横っ飛びに避ける。
次の瞬間にはまた、背後で轟音がした。
動きを取り戻した怪物が、壁に激突したらしい。
「こっちです!」
ソフィは既に外に飛び出していた。
急いで立ち上がり、後に続く。
廊下は何処からか光が入ってきているのか、ほのかに薄暗かった。
両壁は積まれた石で補強されており、何百何千という石が廊下の壁を作っているようだった。
高さと幅はあまりなく、地下特有の息苦しさを感じる。
そしてこの目で見て、ようやくこの異様に長い廊下の意味が分かった。
――直線的に動く事を得意とするモルスケスが、確実に侵入者を殺すため。
走って階段を目指すも、すぐにまた後ろで破壊音が響いた。
振り返ってられないが、おそらく俺たちを追って廊下に出てきたのだろう。
「伏せてください!」
またも大声が響く。
咄嗟に伏せて、後ろを振り返った。
ぐ、と縮こまる予備動作の後、怪物は体中の力を解放するように跳ねる。
その速度は目で追えず、数十メートルは離れていると思っていた距離を一瞬のうちに詰められた。
目の前に飛んでくる――と、二度目の死を覚悟した瞬間
ぐにゃりと、空間が捻じ曲がる。
正確には天井と周りの壁が、廊下の中央に向かって吸い込まれるように形を変える。
飛んでくるモルスケスが徐々に見えなくなって行き、ついには完全に閉じ込めた……
が、筋肉の塊はそれをも突き破ってきた。
勢いを減衰しつつ狙いは逸らせたようだが、瓦礫をまき散らしながら廊下の奥へと飛んでいく。
「あっぶねぇ……」
心臓がばくばく言っている。
チッ、とソフィの舌打ちが聞こえた。
はしたなのうございますお嬢様。
「もう一回……」
と、険しい表情で呟く。
一本道の逃げ道を塞がれている状態なので、あと一回は必ず攻撃をいなさなければならない。
この攻撃さえ何とかすれば、二階に上がれるとも捉えれる。
逃げたところでアイツは追ってくるだろうが。
正直言って俺に出来ることは何もない。
先ほどの説明だと、恐らくイズに頼ることもできないだろう。
となると、今はソフィの魔法に頼るしかない。
向こうがわの壁にぶち当たったはずのモルスケスは、何事も無かったかのようにこちらに向き直る。
三度目の突撃。
体を縮こまらせて、飛び出す。
先ほど壁で攻撃を防がれたからか、先ほどより明らかに予備動作の溜めが長く、スピードも速い。
「焦りましたね」
いつになく冷たい口調でソフィは呟いた。
再び眼前の景色が歪んだ。
突き出した左手で目の前の瓦礫を根こそぎ集め、右壁に叩きつける。
バラバラだった瓦礫は叩きつけられたその瞬間から、壁の一部に同化していった。
怪物の巨体が到達するまでの数瞬のうちに、そこには人が隠れられるほどの小さな突起が作られていた。
衝撃を完全に防ぐ盾、というよりも運動の方向を逸らすのが目的のようだ。
さらに、ソフィは目を瞑り突起に触れる。触れた所が淡い光を放ったのが見えた。
俺たちに向かって飛んできたモルスケスはその突起にぶつかると、運動の方向を変えられるとともに……不自然なほど加速した。
そのまま後ろの方へと、壁や地面を跳ねまわりながら飛んで行く。
予想外の加速に、自身もコントロールできずにいるようだ。
俺があっけにとられているとソフィに手を掴まれた。
階段へと駆け出す。
「急いでください。
あの調子なら数十秒は跳ねまわったままだと思いますけど、すぐに追いつかれます」
ソフィは息を切らしながら言う。
咄嗟の反応と的確な対処。
魔法の使い方も相まって、戦い慣れている感じがする。
行動を一瞬停止させる魔法と、あとは空間を歪ませて壁を作る魔法を使ってたな。
火球を投げるとか雷を落とすとか、いわゆる攻撃魔法みたいなのは使っていないみたいだったが……それは利かないと判断したのだろうか。
そこら辺の判断も的確で、なんだかかっこいい……
「あと私、もう今日は魔法使えないので」
ソフィは一度後ろを振り向いて、跳ねまわる怪物を横目に続けて言った。
「後は先輩が何とかしてください」
……は?
「いやいや、無理無理無理無理……。あんな筋肉ダルマ勝てないって」
「それでも何とかするのが先輩の仕事です。今までもそうして来たんですから……」
言いながらソフィは地下二階の地図を放り投げて来る。
今までもって……
過去の俺がどんなすごい人間だったのか知らないが、流石にこんな状況どうしようも……
「本当にどうしようもなくて死ぬしかないんだったら、私も文句は言いません。
一緒に死にましょう。でも……」
一度言葉を切り、こちらを見つめる。
思いつめたような表情から一転、ソフィはふわっと破顔した。
「もうちょっとだけ生きてたいです。せっかく、先輩にまた会えたんですから」




