第五話 ③ 相変わらず風情はない
城壁の内側にモンスターは見当たらない。
壁と城を眺めながら平和な散歩をする。
スキルの示す、大きく濁った池と松はすぐに見つかったのだけど……
見渡す限り松、松、松。
濁った大きな池を中心に、ぼーぼーに茂った草地と松の林が広がる。
「一本松って聞いてるんですけど」
昔は一本松だったのかもしれないが……今では一本どころではなく、互いに栄養を奪い合うようにして松が乱立している。
池は想像していたものよりもはるかに広く、一周するのに十分はかかりそうだ。
「……で、どれだよ」
そんな広い池の周りに生えまくっている松。
この中から目的の松を探すとなると、結構手間だ。
普通に考えて、一番古い木が目的のものだと思うのだけど。
でもどれが一番古いとか、見ただけで分かるのか?
太さ?高さ?明らかに若い木なら見分けはつくが、古い木というと……
「まあ、そういう面倒なのはいいのでスキルを使います」
俺の思考を遮るようにそう言い、ソフィは手帳を開く。
さらさらと、辺りを見渡しながら簡易的な地図を書き始めた。
つくづく……手心がない。
一本松があった場所を書けと言われると、勝手に手が動く。
ぽち、と点が地図上にうたれた。
「城がこっち側で、池がここだから……ここでしょうか」
池からの位置と方角を照らし合わせて、場所を特定する。
最初は丈の高い草で良く見えなかったが、朽ちてボロボロになった切り株がそこに埋まっているのが分かる。
スキルを使わずに総当たりしていたら絶対にたどり着けなかっただろうな。
「で、こっからは草むしりタイムか?」
「そう……なのでしょうか。どうすればいい?」
ソフィの口調から俺に話しかけてるのか、スキルに対して質問してるのかの区別がつくようになってきた。
『該当する地点を掘ると球状の黒い岩が発見できます。これを池の中に投じると、入り口が開かれます。』
ほう。掘るのか。
「ってことは、結局草むしりは避けられないみたいだな」
「そう……ですね」
というものの、二人とも動こうとしない。
正直作業が大変すぎる。
膝丈に達するほどに伸びている草をむしって、そこからさらに土を掘るとか勘弁してほしい。
軍手もスコップもなしに土を掘るというのは、口で言うほど簡単な作業ではないのだ。
「……勝手に草むしりして、土を掘ってくれる魔法とかない?」
「そんなもの無いです」
切り捨てるように言った後、ソフィは何かを思い出したようにあ、と呟いた。
ローブのポケットをごそごそとやる。
中から出てきたのは、白いロン毛の犬……イズだった。
手のひらにちょこんと乗っかり、口で息をしている。ポケットの中は暑かったのか。
「なるほど、動物に労働を肩代わりさせるのか」
文明発展の第一歩だ。
「それは言い方が悪いです。お手伝いと言ってください」
物は言いようだな、と思ったが口に出すのはやめておいた。
ソフィが人差し指でイズの首輪をなでるようにすると、だんだんと体が大きくなっていく。
これやってるときのイズ、なんか気持ち良さそうなんだよな。
ソフィは、イズが中型犬くらいの大きさになったタイミングで撫でるのを一度止め……
わしゃわしゃと体を撫でまわした。我慢できなかったらしい。
イズはイズで、嬉しそうに尻尾を振りながらはしゃいでいた。
……遊んでんじゃないんだぞ。
と、俺の非難の視線を感じ取ったのか、ソフィは名残惜しそうに離れてから土を掘るよう命令をする。
ソフィ曰くこれは“お願い”らしいが。
「イズの事、連れて来てたんだな」
前足を交互にばたばたと動かして土を掘るイズを見つめながら、ソフィに話しかける。
「はい、持ち運びは苦じゃなさそうだったので。あれ……千鶴さんにゴミ箱でイズを飼うように入れ知恵したのサエキ君ですよね」
見抜かれてる。
そのことはあとで説明をしようとしていたのだが、その必要はなかったみたいだ。
「今頃千鶴さん心配してないか?」
「大丈夫です、千鶴さんとはちゃんと話付けてきましたから」
なるほど、二人でもう話したのね。
「これからはお客さんに気づかれないようにこっそり飼うつもりです。あと、なにかと助けてくれそうだから冒険の時は連れてくことにしました」
なにかと便利そうだから、の間違いじゃないのか。
というかやけに根回しが早い。
千鶴さんと話す時間なんて本当に早朝くらいしかなかったように思うが。
……もしかして。
「ここまで読んで、わざとトートバックに入れっぱなしにしてたのか?」
俺の質問にソフィは聞こえないふりをする。
まさかとは思っていたが、なかなかに小ズルい事を考えるな。
最初は千鶴さんに内緒で飼う、なんて言っていたのに……いつの間にか立場を逆転させている。
「お、偉いですね。ありがとうございます」
見ると、イズはいつの間にか例の黒い球状の岩を口にくわえていた。
もう掘り終わったのか。早いな。
そのままソフィはイズの首をなで、また手のひらサイズに縮める。
何やら手のひらでこちょこちょとやっている……と思ったら、どうやら体についた土を拭いているようだ。
「それ……体についた土までは小さくならないんだな」
イズのサイズに対して、明らかに大きな土の塊がごろごろとついている。
「確かにそうですね。首輪のついた対象物に限る……ってことなのでしょうか」
しばらくぽろぽろと土を地面に落としていたが、満足したように頷いてそっとポケットの中に戻す。
やっぱり便利だな。
「それを池に入れるんだっけか」
ソフィの手には、黒い球状の岩が握られている。
「そうです。うまくいくと良いんですが……」
言いながらソフィは、岩をそっと池に沈めた。
転がり落ちる様子は最初の方こそ視認できたが、濁っているせいでその後どうなったのか良く見えない。
……
…………
静かだ。
「何も……」
起きないな、と続けようとした矢先、水面に一つ波紋が生まれた。
思わず一歩後ずさる。ソフィは動じていない様子だ。漢らしい。
池の表面が細かく揺れたかと思うと、水が渦を巻き始める。
それはどんどんと勢いを増し、大きな竜巻に成長して行った。
見えない壁に囲まれているかのように外側の水は浮いてゆき、中心に空洞が出来ていく。
勢いを増した渦はだんだんと角度をつけ、まるで大きな水のトンネルのような形になる。
そして、道が現れた。
「入れ……ってことでしょうか」
ソフィはつぶやいて、俺の背中を押してくる。
言動が一致してない。
そう思うなら先歩いてくれよ。
と思いながらも、足を踏み出す。 不思議と音はしなかった。




