第六十二話 無実の囚人
少し時間が出来た。
少し、と言うには長すぎるような気もするが、
しかし丁度いい。時間ががあるのなら、会って話をしたい人がいる。
フェニキア王都、王城地下五階層牢獄に、その人はいた。
面会の手続きとかは面倒だったので、地下の構造を変えて四階から直接降りていくことにした。
あの日俺が隠れたクローゼットを眺めながら、即席の階段を降りる。
「……坊主か。久しぶりだな」
その声は掠れていた。
しばらく口をきいていなかったのだろう。一度喉を鳴らして、男はこちらに向き直った。
二年間ずっとこの部屋に閉じ込められたせいで体は痩せ細り、顔はこけていた。
髪も爪も伸びきっており、動きがぎこちない。
「久しぶり……ですね」
胡坐をかく男の前に正座で座り直す。
「なんだ、急に敬語なんか使い出して。一週間の間に何かあったか?」
「……絶対分かってて言ってますよね。やり遂げましたよ、霜月さん」
霞友はにやりと口元を歪めた。
「俺を霜月さんと呼ぶのを許した覚えはないぞ。お義父さんと呼べ」
「その呼び方、逆に求めてくる人なんていないですよ……」
眼の前に居る人は、ソフィの父である霜月霞友だ。
俺が魔法を学んだ本の著者であり、ここ二週間はこの人が残した指示書によって動いてきた。
お義父さんというのは完全に悪ふざけだ。
ソフィと婚姻を結んでいる以上は、そう呼んだ方が適切なのかもしれないけど。
「何やら外が騒がしかったようだな。何かあったのか?」
「とぼけないでください。昨夜、王都に警戒態勢が敷かれてたのはお義父さんが裏で手を回していたせいですよね?」
「……いざ本当にお義父さんと呼ばれるとそれはそれで違うな。
やはり霞友さんにしてくれ」
「それは今どうでも良いんです。どうなんですか? 俺の推察は」
霞友は一度目を逸らし、天井を見つめながら頭を掻く。
そして一つ溜息をついてから言った。
「まずは否定させてもらう、が……どうしてそう思った?
こういうのは人知れず活躍する方が格好良くて俺好みなのだがな」
「霞友さんの立場ですよ。
昨夜は“隣国が共謀して攻めて来る”というどこからかの情報のお陰で、
王都には警戒態勢が敷かれてたんですよね。
でも実際はそんなことは起こらず、代わりに魔王軍が攻めて来た。
そのおかげで被害は大幅に抑えられたわけですが――」
「そんな偶然もあるかもしれん。俺には関係のない話だ」
「違います。その情報をもたらした人物は相当に信頼されていて、
かつ魔王軍がこちらに攻め入って来る事を知っていた人物に限られます」
「なら俺は外れるな。こんな囚人が適当に言ったことなんて、誰も信用しない」
「もちろんそれはそうですけど……でも、霞友さんはよく暗号解読の仕事を任されると話していましたよね」
霞友さんはここに来て初めて顔をしかめた。
やっぱり図星のようだ。
一週間前に自分で話していたのだ。
諜報部が手に入れた暗号文が解けないとき、上の人間が知恵を借りに来ると。
「あなたはその機会を利用して、適当な嘘をでっち上げたんじゃないですか。
この日の夜、隣国が王都に攻め入って来ると。
そうすることで警戒を固めさせ、実質的に魔王軍の襲来に備えさせたわけですよね」
ひとりの囚人が何を言っても国は動かないのは確かだ。
しかしいくら何でも、諜報部の解いた暗号に書かれていた事を無視するようなことはしない。
「あーあー。聞こえない聞こえない。
俺は只の囚人。だからそんなことは知りませーん」
四十を超えたおっさんが耳を塞いで下らない茶番をやっている。
生まれ年は俺とほとんど変わらないせいか、年をとってもどこか子供だ。
「少なくとも奏瀬が昨夜俺たちを助けてくれたのは、
霞友さんの助言によるものだってのは知ってるんですよ。
あと、イズがあの空間に居たのもそうですよね」
霞友さんはため息をついて頭をがしがしと掻いた。
「まぁ……今はそんな事どうでも良いだろう。それより全て終わらせたんだな?」
「はい。魔王体制は、完全に崩壊しました。
神代の身柄は拘束しましたし、封印された勇者は戻ってきますし……」
と、ここで急に聞きたかったことを思い出した。
「そうだ、千鶴さんの事ですよ。
あの人、初代勇者だったんですね。名前も本当は白鳥って言うみたいですけど」
白の鳥、百の鳥、千の鶴。
くだらない洒落だが、これを霞友が付けたと言われると納得が行く。
「そうだな。あいつは俺の妻だ。
ずっとあいつが帰って来る事だけを考え願い続けていたが……
六年前のあの日、ひょっこりと転移して帰ってきたのだ。
しかし記憶を完全に失っていてな。
……考えてみれば、坊主とソフィアの関係と全く同じだ」
「千鶴さんの事は魔王城まで連れてったんですか?」
皮肉交じりに言うと、霞友は真顔で答えた。
「まさか。そんなことをするのはソフィアだけだ。
俺の場合は逆に……見つけたその時からすぐに認識阻害をかけ、
身元がバレるのを全力で防いだ。
そして安全な場所……ラプラを隠すための結界を張った建物に、
酒場を開いてそこで働いてもらったりもしたしな」
なるほど、ラプラを隠すための認識阻害の結界を、
千鶴さんの安全を守るために利用したのか。
色々な違和感が解決していく。が、疑問は残る。
「それは……やっぱり、
千鶴さんが初代勇者だとバレるとマズいからですか?」
「というより……初代勇者ほどの実力者が、
使い物にならないポンコツになっているという状況がマズいのだな。
不敗無敵の勇者がああでは、人々の不安を煽ることになるだろう」
実の妻をああとか言ってやるなよ……とは思ったが、確かにそうかもしれない。
実際転移してきて最初の頃は孤児院の炊き出しで食いつないでいたらしいし……
孤児院と言えば。
「そういえば、どうして千鶴さんってこの世界の事に詳しかったんですか?
あの人が言うには孤児院で聞いたとかなんとか言ってたんですが……」
「それは俺も気になって調べた。
その孤児院というのがソフィアの居た場所でツテがあったのだが、
聞いたところによると、ハイドも同じ孤児院出身だったようなのだ」
なるほど、やはり二人の関係は孤児院からだったのか。
しかしこの話にハイドが関係しているのか……?
「ハイドは自身の世話になった孤児院に多額の支援をしているらしい。
たまに顔を出してそこの子供たちと遊ぶこともするらしいのだが……
そこでする、魔王城でのお話が子供たちに人気らしいのだな」
魔王城の話を孤児院で?
「おとぎ話的な感覚で、ガチの魔王城内部の話垂れ流してるってことですか。
で、その話を子供から伝え聞いて……それを千鶴さんは信じたってことになりますけど」
「そうだな。子供たちの話す、また聞きのおとぎ話から真実を導き出したらしい。
あまり目立つことをして欲しくないこちらとしては頭を抱えたがな」
千鶴さんのスキルは、自身に不都合になる嘘を看破できるというモノらしい。
なら魔素水の件は何なんだ、と思ったが……
結局あれもまた繁盛に繋がったので、不都合にならないと判定されたのだろう。
スキル、未来を読みすぎ。
「色々……苦労したんですね。
でもギリギリ最後まで正体は隠せたみたいですし……よかったんじゃないですか」
「結果的にはな。記憶の解放もうまくいって……先の大戦では大暴れしたそうじゃないか」
「みたいですね。まだ会ってないんですけど、みんな初代勇者の話でもちきりでしたよ」
霞友は誇らしげだった。
愛する妻が褒められているというのは気分が良いのだろう。
なんか、良いな。そういうの。
「そうだ、ハイドの事もですよ。あの子って……いや、すみません。質問ばっかりで」
「良いんだ。気になる事は訊くと良い」
霞友は頷いて言葉を促した。
「そうですか。じゃあ、ハイドについて……。
ずっと気になってたんですけど、何かピンチから切り抜ける時、
大体あいつの影があるような気がするんです」
「そうだな。確かに、彼女の協力なしでこの計画は成し得なかった。
それに、その殆どはあの子の独断だ」
多少裏で協力をしていたことは確からしい……が、
全てがそうだったわけでは無いという。
「ハイドのスキル“次元干渉”は、その文字通り次元に関するスキルだ。
三次元空間を逸脱した行動を行うことが出来る……まぁ世界のバグのようなスキルだな」
他次元軸に沿って移動することで、三次元空間を無視して行動することが出来るスキル。
壁を抜けたり、どこからともなく物を取り出したりといった事はやはり、一つのスキルによるものだったらしい。
霞友の調べによると、ハイドのスキルは継承によって引き継がれたものだという。
ハイドの父にあたる人物は、
数十年前にそのスキルを悪用して様々な盗みを働く有名なコソ泥だった。
自堕落な生活を送る一方で盗みは続け、そしてある時魔王城に手を出した。
その時にスキルに目を付けた神代は、記憶を操作し自身に協力するよう強制することにした。
いつの日か地球とゲートを繋げたいと考えていた神代にとって、
その男のスキルはどうしても欲しかったらしい。
そうしてただのコソ泥だった男に破格の待遇を与え、手元に置いておくことに成功した。
男は降ってわいた幸福に喜ぶも、神代と交わした“子供を作ってはいけない”という約束だけは納得できず、欲望に負けて破ってしまう。
金の羽振りがいい男に、町の娼婦は体を預けて子供を孕ませてしまったのだ。
問題は、彼自身のスキルがその子供に継承されてしまったことにある。
何とか男は隠そうとするも、当然長い事隠しきることは出来ずにバレてしまう。
利用価値の無くなった男はその後悲惨な人生を送ることになるのだが……
それは別のお話。
「その男の子供が、ハイドという訳だ。
男が下手に隠蔽を図ったせいで神代も子供を特定できずに困ったらしいな。
一方娼婦は当然子供を養えるわけもなく、ハイドは孤児院に預けられることになった」
そこからはもう、想像がつく。
子供の頃は孤児院で育ち、そして自立する時期になったら外の世界に出て……
奇しくも父と同じく泥棒に足を踏み入れてしまったのだろう。
「そしてある日、神代は世間を騒がせている泥棒にあの男との共通点を見出すわけだな。
そうして彼女を魔王城で保護し、ゲート計画の一部になってもらうためにまた洗脳を施した」
「突出した能力を持つと、逆に苦労するんですね」
「そうだな。得てして世の中というものははみ出し者にスポットが当たるものだ」
「それで……この話とあいつの暗躍はどうつながるんですか?」
「あぁ、すまん。少し話の筋から逸れたな。
薄汚いコソ泥の事を話したかったわけじゃないんだ。問題は次元干渉の方」
次元干渉はそのスキルの性質上、他次元に沿って移動するときに、
意図せず時空を飛び越えた観測をすることがあるらしい。
ハイドがたまに未来を見据えた行動をするのはそのせいだという。
「あの子も、見てしまったものに責任を持って、出来る限りの行動をしているんだろうな。
助けられているのは俺達だけじゃない。
彼女に何かを盗まれた人間は、皆未来を変える機会を与えられている」
そっか。
彼女が自称する義賊って確か……
有り金全て盗んでいく代わりに、いつかその人の役に立つものを置いていくという。
ソフィは三枚のスクロールを余すことなく使い、そして今がある。
俺にはICレコーダーが与えられていた。
「そうだったんですね。だから幹部連中の記憶解放も、ティネの事も……」
「いや、記憶解放に関しては俺が指示してやった事だ」
「……やっぱりやってるじゃないですか」
「あ、いや……でも、実際に行動をしたのはハイドだからな。俺は関係ない」
それは無理がある。
しかしまた大きな謎が解けた。
これまで謎が多すぎたので、ようやく答えが聞けてすっきりした。
けど、ここまでの話聞いてるとなんか……
「俺ってずっと神輿に乗せられてただけなんだな……って、つくづく思いますね」
「どういうことだ?」
「だから……結局、大きな波に流されているだけって言うか……。
自分の意思で考えて動いているようで、動かされてただけなんだなって」
なんだかうまく言い表せないが、これは常々感じていたことだ。
ここにはすでに出来上がっている世界があって、自分はそのうちの一人でしかない。
確かに俺は全知と全能の力を手に入れたが、それは俺一人の力じゃない。
ここまで凄いことを成し遂げたのも、結局俺が活躍できるように裏で色々とやっていた人が居るからにすぎないのだ。
自分の手で成し遂げた事とは程遠く、俺はただ敷かれたレールに乗っていただけ。
そんな感覚。
俺の下手くそな説明を黙ったまま聞いてくれた後に、霞友は口を開いた。
「それは……おかしな話だな。
坊主がこの二週間の間、ずっと神輿に乗ってここまで来たのは否定しないが……
あんたは、その神輿の設計図を書き上げた本人だぞ」
神輿の……設計図?
困惑する俺の顔を見て霞友は続ける。
「覚えていないのか? 記憶を取り戻したのに?」
何の話か分からない。
俺が首を振ると、霞友は少し考える素振りを見せる。
そしてしばらくの後、ようやく合点が行ったように顔を上げた。
「そうか。だから坊主はそのことを覚えてないんだな?」
「……何がですか。間違いなく記憶は全部取り戻してるんですよ。
覚えてないなんてことは……」
「いや、坊主にはその記憶は無いはずだ。
その前に……二年前のあの日の事を話す必要がありそうだな」
話は短かった。
俺の記憶にあるのは、死にかけている茂呂くんの記憶を装置に保存した事。
そして意識を一時的に失わせて、死の衝撃に耐えられるようにしたこと。
その後、俺はスキルを霞友に、記憶を装置に付与したところで……
後は途切れている。
「その時坊主からは、スキルだけじゃなく少しの記憶も付与されていたんだ。
ソフィアから指示書の話は聞いているだろ? あれは、その記憶に従って書いたものだ」
付与された記憶は霞友が持って居る。だから俺は覚えていない、という事らしい。
その時、霞友は付与された記憶の指示通り魔力の直接行使で俺を殺した。
そうすることで、再び転移してきた時にごく自然に神代に接触することが出来る。
記憶もスキルも持ってない、利用価値のない状況で神代の前に出る。
そこで記憶操作のスキルを空振りさせ、そこから反撃できるように。
もちろん、それが成功しなかったとき用のシナリオも考えてあったらしいが。
「坊主を殺すときは、本当に苦しかった。
けど、それしか方法が無いんだから仕方がないよな」
「……それが俺の意思だった、ってことですよね」
霞友は頷く。
「殺した後は心置きなく周りの奴らを家ごと爆破してやった。
そうして世間の注目を集めることで、あいつらに秘密裏に処理されることを防げるからな」
そして出来た少しの時間で急いで指示書を書き、燃やして灰にし、それを瓶に入れてソフィが気づくように魔力を込めてやったという。
この話は前も聞いた。その灰をデュオさんの治癒で戻して今に至るはずだ。
「まぁ、ここまで含めての行動は全て坊主、あんたの指示通りだ。
今日にいたるまでの二週間、イレギュラーも多かっただろうが、大筋は予定通り進んだろ。
その計画の立案者がすっとぼけた顔してるんだから怖い話だ」
俺が……俺が、これまでの事を全て予想して計画を……?
「考えたのは、坊主だ」
“考えるのは、先輩です”
ソフィの言葉と重なった。
「誇れ。これは全て、あんたが成し遂げた事だ。
街に死体の匂いが漂っていないのも、外を歩けば子供の声がするのも、通りに笑い声が響いているのも全て、な」
どう答えれば良いのか、とっさには分からない。
恥ずかしいような、それでいてしびれるような感覚があった。
「こちらからも聞きたいことは有るが……それは今は良いだろう。
しかし、まだ白鳥に会っていないと言ったな。ソフィアには? 流石に……」
「まだ……会ってないです。
というか、姿が見当たらなくて、調べたら酒場に籠ってるみたいで……」
「行ってあげなさい」
霞友の声は優しかった。
初めて、この人の“父”の部分を見た気がした。
「そう……ですよね、あっちから来ないってことは。
でも、独りになりたいのかなとも思って」
「その可能性もあるな。しかし、それでも一度顔を見せた方が良い」
霞友は笑顔だった。
二年もの間、無実ながらも牢に閉じ込められ続けていたはずなのに。
こんな状況で、人間はこうも優しくなれるものなのか。
「……分かりました。行ってきます」
言うと、男はゆっくりと腕を上げ肩に手を置いてくる。
肉は殆ど無く、大人の手の重さじゃなかった。
「ああ、行ってらっしゃい」




