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第五十九話 ③ 神代

 目の前に召喚されたのは、眼を大きく見開く男。

 驚愕。しているのは俺もだが。


 その表情はすぐに憎悪に歪み、瞬時に加速して懐に入り込んでくる。

 何のスキルかは分からないが、物凄い速度だ。


 体の周りに何百何千という刃を生成し、その全てが一斉に襲い掛かって来る。

 一方で生み出した砲台が爆撃を繰り返し、高密度の熱と共に空気が揺れる。

 同時に空気の色が変わり、辺りは毒で満たされ体を蝕み始めた。


 過剰なまでの攻撃にも関わらず、生死を確認するようなことはしない。

 そのまま両手を突き出し、捻りつぶすようにして力を込める。

 何万倍という倍率の重力をかけ、絶対逃げられないようにと辺りにバリアを張った。

 負荷の牢獄で、永遠に攻撃を続ける。


 が。


「無駄だ。ここは生物にダメージが与えられない、安全圏ってことした(・・)から」


 等の攻撃対象には全くダメージが通っていない。


 神代は息を飲んだ。

 ズルいのは自覚している。

 俺自身そんなことが出来るのかと半信半疑だったくらいだ。

 でも管理者権限を操る以上はそれくらい出来るらしい。


 神代は歯を食いしばり、片手を振るう。

 と、唐突に息苦しさを感じる。どころか、肺を満たす空気が……消滅していた。

 攻撃ではなく、その場の空気を弄ることで……


 理解するよりも先に、空間は正常化される。

 息をついたところを再びスキルによる衝撃波が起こる。も、ダメージは通らない。

 派手な爆発だけが視覚的に恐怖を与えて来る。


 体を引いて宙に浮く。

 魔物を封じた箱の様子を見に行かないといけない。


 それに追随するように神代が飛んでくる。

 生み出した槍を片手に空中で急加速……するも、鈍い音を立てて急に止まった。


「……なんだあれは」

「不可視の壁を置いといた。危ないから後で回収しないとな」


 ナーガ迷宮で苦しめられた見えない床の応用だ。

 変形してトゲのような形にしようかとも思ったが、グロそうなのでやめた。


「何をするつもりなのかは知らないが……何故神代を殺さない?

 付与を持つ今なら、相手の意識を上書きして一撃だろう」

「いやまぁ……そうなんだけどさ。

 でもいくら悪人だったとしても、素人が勝手に私刑を行うことはおかしいだろ」


 言うと猫はため息をつく。


「倫理的に正しい事ではあるが、今も戦争は続いている。

 あやつを倒さなければその分だけ、人々の苦しみは続く」

「いや、今はもう誰も苦しんでない。大丈夫」


 指さした先を見て、猫はしぶしぶ頷いた。

「……そうだったな」


 先ほどと変わらず、破壊不能の魔物の箱は戦場に鎮座していた。

 ここから見渡す限りどこにも戦闘が行われている形跡はない。


「それに……今はちょっと、神代と話しておかないといけない事があるから」


 城壁には空いた穴に無数の扉が謎にはめ込まれており、

 その外は草木の一本も見当たらない灰の世界だった。


 振り向くと、空に神代の姿があった。


 追いついてきた神代は再び手に力を込める……が、

 突如足が空を切って落下する。

 浮遊する能力を失ったのだ。


「魔法もスキルも無しだ。ついでに生物にダメージは与えられないし、

 何か異常があればこの空間は正常化される。何をやっても無駄」


 忠告に耳を貸さずに、神代は一瞬で距離を詰める。

 その拳は地面を撃ち……そして、何も起きない。

「オブジェクトは移動不可にした。他のものを利用しようとするのも駄目だ」


 神代は歯を食いしばり、そのまま殴りかかって来る。

 しかしスキルでバフもりもりの状態と比べて、いささか速度が落ちている。


 一度距離を取ってから天候を操り雷を落としてやる。

 今の神代に避けられるはずもなく、そのエネルギーを存分に食らった。

 神代は動かなくなる。


「……もういいか? こっちとしてはさっさと諦めて欲しいんだけど」

 問いかけながらも遠くから、会話ができる程度の治癒を施す。


 神代は歯を食いしばり立ち上がろうとするも、

 体に力が入らず手は滑り、もう一度倒れこんだ。


 もういっそ行動そのものを封じさせてもらった。

 生命維持と会話だけは出来るようにしてあるけど。


「……なかなかに、使い勝手が良いようですね」

 神代は、ようやく口を開いた。


「そうだな、使ってる自分でもびっくりするくらいには。だからお前に勝ち目はない」

「そんなことは無い……と言いたいところですが、しかし否定は出来ないようです」


 神代は首を動かして手のひらを見つめた。

 この区域では、魔力を伴う行動を全て禁じている。

 魔法だけ封じてると、ルールの穴を抜けてくる輩が居るからな。ソフィみたいに。


「それで? その力を持って居ながら、何故今すぐにでも私を殺そうとしないのですか?」

「それは吾輩も聞いた。何やら綺麗事を聞かされただけだが」

 足元の猫はあくび交じりに同意する。


「いや……別に綺麗事を言ってるつもりは無いんだけどな。

 最終的には生きて返すわけには行かないのは分かるだろ?」

「貴方からすればそうでしょうね。

 しかし今ここで私を殺さないと、逃げるかもしれませんよ?」

「……逃げられると思ってんのかよ。

 こちとら位置情報は勿論、顔を見なくてもお前の事を殺せるんだぞ」


 俺の忠告に神代は、それもそうですねと肩を竦めた。


「聞いておきたいのは、律さんの事だ。

 あの人はもう、戻ってこられないのか?」

「勿論です。彼らは既に特異点を過ぎました。

 そして彼女らを連れもどす最後の手段であったティーネは私の手で殺しましたからね」


 思わず目を見開く。ティネが……?

 この情報の真偽は分からないが……

 しかし、あのことに言及をしていない。やはり、気が付いていないみたいだ。


「そうか。まぁいいや、次な」

 煮えかえるはらわたを鎮めながら、挑発的な神代の眼を見つめる。


「お前の忠実な部下に、モルテって奴がいたよな。

 それこそ律さんとデュオさんの二人を連れてワープしていった奴。

 アイツも……廃人になったのをお前が何とかして正常な人間に戻したのか?」

「彼は……二度目の転移者であることは確かですが。

 しかし元から記憶がないようでした。

 精神は……完全にではないですが多少壊れていまして、

 普通の生活は送れそうになかったのです。

 ですから、私のもとで働いてもらうことにしました。能力も優秀でしたしね」


「そうか、やっぱり。で、モルテのあの焼けただれた顔ってのは転移してきた時から?」

 俺の質問に、神代は小さく顎を引いて頷いた。


「あぁそう。じゃあ……やっぱり大丈夫そうだな。ありがとう」

 猫は怪訝な表情で見上げて来る。特に説明はしない。

 今はそれよりもやることがある。


「お前はさ、何でこんなことを企てたんだ?

 結局はこうやって……みっともなく這いつくばってるけどさ、

 本当はこの世界を支配したかったんだろ?」


 魔王城で聞いた話だけでは、どうにも納得が行かなかった。

 世界を支配したい。そんな漠然とした思いだけで、人はこうも狂えるものだろうか。

 その根底にある何か、それを聞いておきたかった。

 それ次第では、色々と考える事がある。


「どうしてこんなことを……ですか。

 つくづくセオリーに従った問答ですね」


 神代はそう言って小さく笑った。

 猫は足元で座り込み、話を聞く体制になった。


「これは……全て人類のための行為です。

 私が私利私欲のために行動をしたことは、人生の中で一度たりともありません」

 


 神城は語りだす。

 長い話になりそうだ。



「私は……幼い頃より死という概念を恐れていました。

 死という体験そのものが怖い、という訳ではありません。

 より正確に言うと、自身が生きていない状態がいつか必ず来る、という事実が恐ろしかったのです」


 俺は口を挟まずにいた。

 彼の眼はどこか遠くを見つめ、そして語り掛けていた。


「どんな努力をしても、どんな人生を歩もうとも、最後には私という存在は消えてなくなる。

 そんなことを知った私は恐ろしくてなりませんでした。

 いかに幸せな時間があったとしても、どれだけの富を築き子に恵まれようとも、最後にはそれを知覚することのできない状態に陥るのですから」


 その時が近いということは分かっているはずだ。

 にも関わらず、神城の口調は落ち着いている。


「そんな答えに行きついた幼い私は眠れぬ夜を過ごしました。

 その解決法と言えば、寝て忘れる以外にありませんでした。

 ……貴方がたもあるのではないですか?

 自身の死について考え、眠れぬ夜を過ごしたというのは」


 俺は頷くも、猫は首を横に振った。

 そこは空気読めよとは思うものの、黙って話の続きを促す。


「人生に意味など無いのだとしたら、

 この世に生きている沢山の人間はどうしてこうも平気な顔をして生きていられるのだろう。

 そう思って周りの人間に質問をしてみた事もあります。

 なぜあなたは全てが無駄であるのにも関わらず、

 生き続ける選択を取っているのかと。

 しかしその問いに対して納得のいく答えを出す人間は居ませんでした。

 彼らは私と同じく、死を意識しないようにしているか、

 または表層部分の答えだけで自分を納得させているだけでした」


 神代は憎々しげにつぶやく。

 これらの話は恐らく、神代が日本に居る間の話のはずだ。

 世界の支配を志す原因は、この世界に来てからの事ではないのだろうか。


「死があるからこそ生きることは美しいだの、

 結果ではなく生きている時間の過程そのものが大切だだの、

 子孫を残すことで自分の一部は生き続けるだの……全て問題のすり替えに過ぎません。

 少なくとも、私は手放しに納得できませんでした」


 言って神代はこちらを見上げる。

 こちらの意見を求めているらしい。


「俺は……個人的に最後の説を推してるんだけど。

 人間が生物である以上、生きる目的って生殖して自分の子孫を残す事なんだろ?」


 俺が言うと、神代は応える。

「ええ、もちろんその通りです。

 ですが、この答えは問題の先送りに他なりません。

 人類はこの先どのくらいの時間を生きられるか、という問いに対して考えたことは有りますか?」


 人類としての寿命……というと、どうなるんだ?

 ホモサピエンスが現れたのは今からせいぜい数十万年前だろうけど……

 これからどのくらいの時間生存し続けるのかと言われると……微妙かもしれない。


「答えは勿論、誰にもわかりません。

 が、人類が滅亡してしまう時がいつか来るとすれば、先ほどの理論は破綻します。

 なぜなら、生きる意味である子孫もいつか全て滅んでしまうからです」


「……いや、人類がこの先永遠に生き続けるかもしれないだろ」

「そうですね、その可能性を考えるとしましょう。

 例えば地球上の人間が全員協力してなるべく人類の寿命を延ばしたとします。

 なんとかして核戦争を防ぎ、環境破壊を止め、

 再生資源で全人類のエネルギーを賄えるようになり、

 地球に衝突する巨大隕石を退ける事も出来るようになったと。

 そこまで人類が科学を発展させたとしても、問題は起こります。

 我々が住む地球は数十億年後には間違いなく太陽に呑み込まれていますよね」


 正直な所数十億年も人類が生き延びれるとは到底思えないが、しかしそれは問題外だ。

 それを認めるとなると、結局生きる意味の否定に帰結する。


 それだけ長ければいいじゃないか、ともならない。

 結局いつの日か我々が生きた証が全て太陽に呑み込まれてしまうとなれば、そこに意味を見出すのは流石に難しい。

 情報は失われ、人類の文明は“あっても無くても変わらないただの物質”に成り下がるわけで。


「じゃあ……惑星移住とかになるんじゃないか?

 何とかしてテラフォーミングだのなんだのして……」


「良いでしょう。多大な科学への努力が重なり、それも可能になったとします。

 しかし……これまでは地球の寿命という話をしましたが、

 当然我々の住む天の川銀河にも寿命は有ります。

 そして銀河団にも、そして宇宙にも寿命はあるんです。

 宇宙の最後がどうなるかは学説が分かれるところではありますが……

 少なくとも、宇宙が終わっても人間だけが何故か生きている、という状況だけは絶対に有り得ません」


 宇宙が消えて無になっても、そこに意味はあった。

 なんて楽天的な事は流石に言えない。

 神代の言う通り、突き詰めて考えれば人類の先にあるのは無だけだ。


 俺が生きた意味、なんてのは端からあってないようなものだが、

 俺としてはアインシュタインなんかが成し遂げたような歴史的な偉業すら全て無駄だったと言われるのは流石にツラい。

 奇跡によって生まれた天才が人生をかけたもの、

 発見された美しい数式も、生み出された真理的な芸術も、積み重なった歴史も。


 その全てが結局は無になるのだとしたら、

 なんと虚しいことか。


「じゃあ……何か。結局の所何をしても最後には滅ぶんだから、そこに意味なんて無いってことか?」


「そうとも限らんな」


 言ったのは猫だった。

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