第五十九話 ② 無制限の権限
一方的な虐殺をするというのも憚られる。
魔物全てを地面に埋め込んで圧殺する、空間を水で満たし溺殺する、空間温度を数千度まで上げて焼殺する、空中に巨大な質量の岩を生み出して動かし撲殺する、辺りに毒を充満させて毒殺する……
いくらでも手段はあるが、今はそんなことはしない。
こいつらに罪は無い。
さっさと戦闘不能にさせて親玉に出てきていただくのが良いだろう。
「やはり追って来るか。
これは貴公をターゲットに指定されているとみて間違いなかろう。
先程の地雷魚は、貴公の居場所を探るために放たれたもののようだは」
猫は呟きながら、足元に群がる魔物と廃人の群れを見下ろしていた。
生成した宙に浮かぶ足場の上に俺たちは立っている。
「魔物はともかくとして、廃人って普通に人間なんだよな……
殺すわけにもいかないし、面倒臭い所だけど」
既に無数の光がこちらへ向かって伸びてきていた。
瞳孔が縮むのを感じるほどの暴力的な光量に、思わず腕で光を遮る。
そんなもので遮られてたまるかと言わんばかりに迫る光。
廃人軍の後衛部隊によるものだろう。
街中でやられていたらかなり面倒なことになっていたけど。
「でも……ここなら大丈夫」
権限によって、“魔力場の操作”を要請する。
掲げた手を突き出し、力を込めた。
目の前まで迫ってきていた目を焼き尽くすまでの無数の魔法は、到達する間際に方向を変える。
空中で渦を巻くように浮かび上がり、
打ち込まれた魔法は全て宙に浮かんだ巨大な球に吸収されて行った。
色とりどりの魔力が混じりあい、次第に球が白へと近づいて行く。
もう一つの太陽、どころか。
こちらが本物だと言わんばかりに煌々と戦場を照らす。
「魔物共が全てまとまってきてくれるというのは、逆に助かる話だな」
鼻を鳴らす猫に俺は頷くと、“魔力場の発散”を要請する。
同時に掲げた手を振り下ろした。
白色球は一瞬のうちに空に広がり、そのまま襲い掛かる魔物達に覆いかぶさった。
廃人が繰り出した魔法によるエネルギー障壁のドーム。
木々は焼かれ地を焦がし、光が周囲に分散する。
逃げようとしても黒焦げになるのが関の山だ。
「このまま全部を潰してやってもいいんだけど……
まぁ、こいつらに罪は無いしな。
神代から魔物の操作権限を取り返したら解放してやるから……」
「危ない。後ろだ」
またしても忠告。
咄嗟に振り向き、障壁を繰り出す。が、そこに誰も居ない。
にもかかわらず、その障壁が破壊された。
空気を切る音に身を竦めながら攻撃を避ける。
辺りを迷宮に作り替え、なんとかして障害物を増やした。
「姿が見えないタイプか……そういうスキルを持ったやつもいるか。そりゃ」
全く姿は見えないが、しかし敵は少なくない。
ドームに閉じ込めるときに取り逃がしたものらしい。
“重力の加重”を要請し、空を飛ぶ見えない魔物どもを地に落とす。
地に生えいていた木々は倒れ、幹は悲鳴を上げて潰れて行く。
「透明なやつには……まぁ、こうだよな」
“天候の変更”を要請する。
次の瞬間には、空から黒の雨が降り注ぐ。
視界の全てが黒に染まった所で雨をやませ、視認性のために地面を白色に変更にする。
視認さえできればこちらのモノ。
その一体一体の座標を指定し、生み出した檻にぶち込む。次々と檻が地面に食い込んでいった。
重量は重く設定しておき、飛べないようにしたところで重力を元に戻した。
「後は、あやつらもだな」
猫は地面を見下ろしていた。
魔力ドームから逃れた、魔法耐性の強い奴ら。グラスデアラの姿も見える。
あれくらいタフだと、魔法に包まれたドームからも逃げられるらしい。
魔物達は一網打尽にしてやられるかと、戦場のあちこちに散らばってこちらに攻撃を加えてきていた。
目の前で爆風が起こり、それだけで振り落とされそうにある。
空中に生み出した迷宮の壁が防いでくれてはいるものの、しかし良い火力だ。
面倒だ。もう一度まとめてやるしかない。
戦場の中心部に大きな穴を作り出し、そこから同心円状に範囲を指定する。
風が巻き起こり、空中から滝のように水が流れ始めた。
突如として平坦な戦場に、竜巻と渦潮が生み出される。
後ろを向けばそこは平穏な青空。目の前には天変地異が。
魔王城を見た時に感じた、圧倒的な質量と体積に感じる畏怖の念が思い起こされる。
暴風と激流が蹂躙する世界で、全てが混沌となって混ざり合う。
生命の根源とも言える空気と水。
その二つの要素によって起こされたとは到底思えないほどの力。
生成した粘度の高い液体に体を沈めた魔物達は抗う事を諦めた。
巨体を持つ魔物もその全てが、圧倒的な力を前にして悟ったように中央へと流されて行く。
「もう、逃げられないな」
窒息死を防ぐために液体を消す。
渦の中心に固まった生体を全て確認し、
そこに一部の隙間もない収容箱を生成した。
その素材は、魔王城の壁に使われていた破壊不能のもの。
移動することも不可能なので、魔物全てが範囲内に収まっていないと使えなかった。
箱は黒く、不気味なほどに静かで動かない。
一瞬前まで目の前に広がっていた災害を、その箱が食べてしまったかのような。
世界が滅びても永遠にそこに存在し続けるのではないか、とさえ思わせる佇まいだった。
それから気休めとして収容箱内部に鎮静化の魔法をかけてやる。
これで乱暴なことをして傷つけあうのを防げると良いけど。
「……そこまでやらなくてもいい。それより早く神代を探せ」
一連の事を見ていた猫に急かされる。
「それとだな。今のラプラの使い方を見るにだが、常識にとらわれ過ぎだ」
ため息交じりに猫は言う。
「え……今のでもまだ駄目すか」
「駄目とは言わんが……神代と対峙するにあたって、あれくらいで満足していてもらっては困る。
もっと頭を使え。考えてみろ」
俺としては結構凄いことしてるつもりだったんだけどな。
これでも猫の気には召さないらしい。
「そうは言っても神代って別に、ただ記憶がいじれるだけの一般人だよな?
もう俺に記憶操作は効かないし、
戦闘面だと今倒した魔物達より強いなんてことは無いと思うんだけど」
「それはそうだが、おそらくはそれだけではないはずだ」
「それだけじゃないって……」
黒い風が吹いた。
目の前には、神代の姿。
すぐ十歩先に姿を現した神代は即座に魔法を放つ、
が、地面が滑らかに盛り上がり障壁となってそれを防いだ。
「流石に本人じゃ……無いな」
ラプラによって、それがダミーであることはすぐに分かった。
“付与”による即死攻撃の出来る俺の前には、流石にそうやすやすとは姿を現さない。
地面を変形させ、神代を両側から潰す。
ダミーから血は流れなかった。
「ついに手に入れましたか。最高権限を」
声の方を見るなり地面を伸ばして潰すと、また他の方向から声がする。
「ここまで来るともう、貴方を直接殺すしかないようですね」
潰しても潰してもキリが無い。
警戒はしつつも、神代に問いかける。
「……殺したってお前の望む世界になるわけじゃないぞ。
もう諦めたらどうだ?」
「それはどうでしょうね。
貴方が死んでくれれば、そのスキルは私のものになります。
それさえあれば権限は手に入れたも同然ですよ」
神代は頬に笑みを浮かべて言った。
問題なのは、あれがはったりではなさそうだということ。
あいつにとって民間人を殺すというのは相当なペナルティになる。
それ以上に得られるものが無い限りは、俺を殺そうとはしないはずだ。
俺自身、ラプラのお陰でいろいろなことはやれるが、
そのステータスは中級冒険者に毛が生えた程度。
攻撃から身を守る手段は多くても、食らったが最後簡単に死んでしまう。
「小手調べと行きましょうか」
言って神代は姿を消す。
何を。身構えた時には既に、視界が光に包まれていた。
炎というよりも、光そのものが世界を満たすように。
咄嗟に魔力場を曲げようとするも、その魔法自体の大きさのせいで完全に防ぎきれない。
風を起こし、辺りに冷気を満たし、障壁を作ってなお、高熱によってダメージを食らう。
「先ほど食らって死んでしまった攻撃を、“記憶”して“解放”させて頂きました。
撃つ方はこんなにも愉快なのですねぇ」
言いながら続けて放つ。
冗談じゃない。
なんだこのバカげた威力は。
どれだけ着弾点から離れても、その莫大なエネルギーによって吹き飛ばされる。
それを際限なく撃てるというのだから、どんなにやっても間に合わない。
既に魔物を封じた箱は見えなくなっていた。
絶対に安全とはいえ、アレを監視下に置いておかないとまずい。
「これを王都に向けて放つ、というのも楽しそうですねぇ」
ダミーは嗤い、手を王都に向ける。
そして何の躊躇もなく、それを放った。
「馬鹿ッ……!」
魔法の軌道上に分厚い壁を生成し、周囲に衝撃吸収の場を作る。
空中で壁は粉々になり、瓦礫が地面へと降り注いだ。
今のでも確実に犠牲は出ただろう。
「興味深いですねぇ……
今あなたが攻撃を防がなければ
私は民間人を殺したことになり、ラプラの権限を失うというのに。
そのチャンスを逃すだけでなく、前線の兵士にけがを負わせるとは。
罪深い行動です」
愉悦の表情で嗤うダミーに、全力で生成した地面が襲い掛かる。
が、次の瞬間にはそれが複数体に増えていた。
防戦一方、どころではない。
生きているのが不思議なくらい、その力はすさまじい。
それぞれが、同時に魔法を放つようになったのだ。
俺に向けて、そして王都の方へ。
どうにかして環境を変化させて防御をするも、同時攻撃には――
「何をしている。さっさとキンシにしないか」
「……は?」
光が迫る中、猫が何かを言っていた。
キンシ……?きんし……禁止?
「禁止だ。魔力行使行動の禁止」
「そんなこと……できるのか?」
魔力行使行動の……禁止。これを、要請する。
これで……合ってるのか?
音が消える。
戦場からは魔法だけでなく、ダミーの姿も消えていた。
天地開闢以来、この場での魔力行動は禁じられていた。そんな景色だった。
「さっさとやれと言っただろう。これをしない限りは永遠に向こうのターンが続くだけだ」
ため息交じりに猫は叱る。
「いや……そんなの知らなかったし……」
「考えろと言った。それが貴公の仕事だ」
考えてどうにかなるものじゃないだろ、と反論するも、
猫は呆れ顔でこちらを見上げてくる。
「……あーもう、分かったよ。やりゃあ良いんだろ?」
猫は確かに、“全ては可能だ”と言った。
それが本当なら、これもできるはずだよな……!
「“特定人物の位置”の要請。対象は神代、座標設定はここ。
今すぐ目の前に連れてこい」




