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第五十七話 最期の記憶

 残り二年。

 魔王陣営の持つラプラの権限は残り二年で失効する。


 しかし霞友さんが言うには、相手はその期限をどうにかして掻い潜ろうと、

 何か策を練っているはずだという。


 どんな方法をとってくるのかは不明だが、

 記憶操作による実質無限の人材によってそれを可能にして来るだろう、

 というのが霞友の説だった。


「で……俺のスキルを使うと、

 理論上はラプラの最高権限でもなんでも手に入れる事が出来るんすよね」

「そうだ。だからこそ向こうはその能力を欲しがる。

 記憶を操り、自身に付与させるよう仕向けるだろう。しかしだ。

 仮に神代がスキルを使用した時、

 君がその“付与”を所持しておらず、また記憶すらも無い状態だったらどうか」

「……そういう事ですか。俺自身の価値を無くす……

 それが一番安全ですね。

 でも、俺の付与は間違いなく強いわけですよね。

 これをただ失うのも違うような気がするんですけど。

 このままだと今度は魔王軍を止める力もなくなってしまうわけですから」

「……そうだな。それなら坊主には一時的にそれらを失って貰い、

 そして神代のスキルをスカさせてから、

 もう一度それらを取り戻してもらう、というのはどうだ」


 面倒な話だが、そうでもしないとうまくいかない。

 単にスキルをこの世から消すだけでは、

 神代は他の方法をとることで結局ラプラによって世界を支配しようとする。

 何とかしてスキルを無駄に消費させた後、記憶を取り戻してこちらが神代を倒すしかない。

 そのための策。


 記憶とスキルを消した状態であることを悟られずに神代本人に近づき、

 そして一度しかないスキルを消費させられる状況を作る。

 怪しまれずに、なるべく自然な形で……


 これがどうにも難しく、確実性の薄い案ばかりが出ては消えてゆく。


 また俺たちは、同時並行で霞友と共にラプラの権限付与のための研究を行っていた。

 最高権限の前に、情報権限の付与で色々やってみようと試行錯誤していたが……

 どうにもうまくいかなかった。


 権限は付与できたはずなのだが、どうすればその情報を引き出せるのかが分からない。

 理論上はうまくいくはずなのに、結果が伴わない。

 苦しい日々を過ごし……


 ついぞ、その案が固まることは無かった。



 その日は、霜月家の地下室におじゃましていた。

 記憶装置とラプラへのアクセスのためにしっかりとした施設が必要になったころから、

 霞友と会うときはいつも霜月家邸宅に居る。


「霜月先生、客人がいらっしゃっております」

 そう言ってドアの前で声を掛けたのは、霜月家のお手伝いさんである茂呂くんだった。


 正直で嘘のつけない、人当たりの良い青年だ。

 自分の仕事に一生懸命で、手を抜いたり暇そうにしているところを見たことが無い。


「そうか。ソフィア……は居ないんだったな。俺が出よう」

 霞友はデスクから立ち上がると、地下研究室の扉を開ける。


 と。


「動くな……!」


 声を荒げて入ってきた男の後ろには、黒装束の集団が。

 茂呂くんは首元にナイフを突きつけられ、口を押さえられて部屋の中に入れられた。


 両手を肩の高さまで上げながら、霞友はゆっくりと後ずさる。


「随分と……大所帯だな。何かの余興か?」

「しらばっくれるな。貴様が霜月霞友、そして奥に居る貴様が……佐伯槻だな?」

 男は隣に控えている一人の黒装束に確認を取る。


「はい、偽装の類は認められません。本人で間違いないかと」

「そうか。それでは奥に居る男を連行しろ」


「連行……? お前らに何の権限があって……」

「黙れ。安全保障部に、この家の地下にラプラへと不正にアクセスを繰り返す輩が居るとタレコミがあったのだ。

 裏は取ってある。言い逃れは通用しない」


 霞友は言葉を詰まらせた。

 それに関しては完全に事実だったからだ。


「そう……か。そうだな、まだ国の人間なだけマシか。

 坊主、あまり抵抗はしなくていい」


 霞友と共に俺も後ろ手に縛られ、地面に転がされた。

 その乱雑さに、公的機関らしからぬ対応だ……と違和感を覚えていると。


「この下男はいかがいたしましょう」

 そう尋ねた黒装束に対し、

「目撃者を残すと面倒だ、おとなしくさせろ」

 鈍い音。茂呂くんの頭から、一筋の鮮血が垂れてきていた。


「おい……! お前ら、国のモンじゃないな……?!」

 霞友は目を見開いて怒鳴る。

「どうかな。同じようなものだ」

 涼しい顔をする男に、霞友は睨みつけ、魔法を行使する……が。


「結界くらいは当然張っている。魔法で抵抗は出来ない」

 嘲笑うかのようにそう吐き捨て、男は黒装束に命令を下した。


 黒装束たちはいつでも戦闘できるようにと、眼の前に魔法を浮かべる。

 一方的に不利な状況。


 どくどくと茂呂くんの頭から流れる血液に吐き気を覚えながらも、俺は考えていた。

 頭を――回せ。


 この状況は、何なんだ?

 こいつらが国の人間で無いならなんだ?

 安全保障部の名前を出して、ラプラへの不正アクセスの件を知っている。

 にもかかわらず、明らかに正規の役人ではない。

 暴力をいとわず、民間人にも平気で手をあげる……


 こいつらが魔王陣営に与する人間であることは間違いない。


 なら、こいつらの目的はなんだ?

 これが俺のスキルで無いのなら、他に何があるんだ?


 どうすれば現状を打開できる?

 どうすればこの場から逃げられる?

 どうすれば茂呂くんの命を助けられる?


 どうすれば、ソフィアを悲しませずにいられる?


 俺のスキルなら、ここに居る人間全ての意識を“無”で上書きして殺すことが出来る。

 が、それでは結局問題は解決しない。

 まんまと殺人の罪を着せられ、好きなようにされてしまうだけだ。

 スキルの結界を張っていない所を見るに、もしかしたらそれ自体が向こうの狙いなのかもしれない。


 そして今も血を流している茂呂くん。

 茂呂くんは転移者で、まだ二十歳じゃない。


 死んでも向こうの世界に帰り、そして向こうで生き続けるか、

 またこちらに戻ってくる可能性もある。

 今最も避けるべきことは、彼が死を体験することによって精神が崩壊してしまうこと。


 それは俺も同じ。

 また、ここを離れてしまっては自身の記憶を保管することはできなくなる。

 いずれ神代の前に連れていかれるとなると、

 ここでどうにかして記憶とスキルを消す必要があるが……


 今ここで記憶を消して、そのまま連行されるというのはあまりにデメリットが大きすぎる。

 向こうだって馬鹿じゃない。

 不自然な印象を与えずに、スキルを消費させるために、

 俺が今するべきことは……



「後は……頼みましたよ」

 それ以上は言わない。俺の考えは、後で伝えればいい。


 付与を発動し、自身の意識とスキルを茂呂くんに移す。

 上書きはせずにそのまま、彼の記憶と意識を地下の記憶装置に付与する。


 これで体が死んだとき、彼は死を経験せずに日本に戻れるだろう。

 そしてまたいつか此方の世界に戻ってきた時に、この記憶を戻してあげればいい。


 そのまま意識を俺の体に戻す。

 スキルを付与しなおすときに、誤って茂呂くんのスキル“正直者”まで同時に付与してしまったが、今はいちいち戻している暇はない。


 自分の体に戻った意識はそのまま休むことなくスキルを発動させる。

 意識はそのまま、スキルは霞友に、記憶は装置に付与――




 ――空白。




 ここは……


 ここは、何処だ?


 倒れこんでいた体を起こそうと、なんとか腕をついて立ち上がろうとする。

 低い天井、無機質な灰色の壁。


 室内、それもかなり狭い部屋の一室のようだ。

 壁際には本棚と計器類が隙間なく敷き詰められている。

 部屋の隅には多くの機械が積み上げられていた。


 何より目を引いたのは、部屋の出口を塞ぐように並んでいる、深くフードをかぶった黒装束の集団。


 そしてもう一人、俺の傍には白衣の男性が立っていた。

 顔に刻まれた皺からして、そう若くは無い。

 彼はこちらが起き上がろうとするのに気づき、顔をゆがめた。


 焦り、恐怖、怯え。

 どれとも判別のつかない、苦悶の表情を浮かべた男は歯を食いしばったまま目を瞑る。


 既に魔法を目の前に浮かべていた複数の黒装束は、いつでも魔法を放てるように警戒を強める。


 男は部屋の隅に視線をやった。そこには倒れている男性が一人。


 意を決したように男が片腕を挙げると、警戒するように黒装束の集団がどよめく。


 しかしその腕が振り下ろされたのは、俺の方だった。

 途端、意識が遠のいてゆく。


 最後まで目に焼き付いたのは、白衣の男の苦悶の表情だった。


 俺は殺された。あの白衣の男の手によって。

 その事実だけが、脳裏に焼き付いていた。

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