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第五十六話 記憶 白衣の男

 ソフィアは魔法を失った。

 それ自体はあまり喜ぶべきことではない。

 勿論勇者一行から脱退は彼女にとって喜ばしい事だが、

 同時に冒険者としての食い扶持を失ったことにもなる。


 つまり、そのままでは生きていけないのだった。


 そのくらいの責任は取るつもりだった。

 勇者一行に選ばれるほどの実力者に対しておこがましい事ではあるけど、

 俺はソフィアと一緒に冒険をすることになった。


 思えばこのころは、ただ無邪気に冒険をしていた。

 現実を離れて、ずっとこんな生活をしているのも悪くない。


 なにせここは夢のファンタジー世界で、俺には戦いの才能が有り、

 努力した分だけ報われるのだから。

 そう思って冒険を続ける日々が大きく変わるきっかけは、ある男との出会いだった。



 その日はぼんやりと酒場で朝食を取っていた。

 そこにソフィアは居ない。


 というより彼は、わざわざソフィアの居ない隙を狙ってこちらにコンタクトを取ってきたらしい。

 何のためにそんな、と最初こそ不思議に思っていたが。

 その疑問はすぐに解決した。


「へぇー、坊主がソフィアの許婚かぁ……」


 茶色の長髪を後ろでまとめた、白衣に身を包んだいかにも研究者といったいでたちの男。

 白衣には所々に染みがついており、ほつれた服の糸が見え隠れしている。


 年齢はとう四十歳を超えているはずだが、どこか若々しく見える。

 このタイプにしては珍しく、煙草臭さが無い。


 転移者の異常な喫煙率の低さは違和感を覚えるほどだ。

 システムを知ってからは納得したけれど。


「あんま俺にはいい男には見えないけどなぁ。

 ソフィアはこんなののどこが良いんだ?」


 興味津々といった様子で俺を観察した末に出た、あまりに不躾な感想。

 初対面の相手に言う事ではない、というのは置いとくとして。

 あまりに突飛なことをいうものだから、否定をする云々以前に理解すら出来なかった。



 後にいろいろ整理して知った事だが、

 ソフィアは自身の勇者一行脱退について、

 表向きには“結婚のため”という理由を公表することになったらしい。


 仮にも勇者一行に加わった魔法使いが魔法を封じられてしまったとなれば、

 色々と面倒なことになる。

 それこそ犯人探しが始まり、俺がやり玉に挙げられる可能性もある。

 こういう措置を取ったのは俺を気遣ってくれたから……というのは分かるんだけど。


 問題はその結婚の相手だ。

 当の本人である婿からすると寝耳に水。嫁からは何も聞いていない。

 それにソフィアはまだ15か16くらいのはずだ。日本で手を出したら普通に犯罪になる年頃。


 ソフィアの父である霞友は、絶対に佐伯には会うなと常々釘を刺されていたという。

 恐らく本人の同意も得ずに婚姻を結んだことがバレるのを嫌ったのだろう。

 だから霞友はソフィアの居ない隙を狙って俺に会いに来たのだろうが……



「まぁいいや。坊主が良い人だってのはソフィアから散々聞かされてるしな。

 そんなことはどうでも良いんだよ。

 この機会に、あんたに折り入って頼みたいことがあってさ」


 肩を叩きながらずけずけとまくしたてる男は、そこで声を落とした。

 嫌がるソフィアに内緒で俺に会いに来たことには、何か別の目的があるらしい。


「この世界、妙に既視感(・・・)があると思わないか?」


 思えばそれが、全ての始まりだった。

 ただの怪しい宗教勧誘のようで、話を聞き終えるころにはむしろ嘘であってくれと背筋を震わせた。 


 転移者のイメージするファンタジー世界にあまりに似通っているこの世界。

 これは単なる偶然ではなく、意図的に作られたものである。

 そう彼は主張した。


 作られた箱庭の中でゲーム感覚のまま戦場に立ち、そして命を落とす転移者。

 その裏でぶくぶくと肥え太る権威者に、魔王軍によって命を脅かされる人々。


 こんな腐敗に満ちた世界を、どうにかして正常に戻したい。

「そこで坊主、あんたの持つ“付与”がカギになって来る。

 ソフィアの土産話を聞くにだが……そいつはとんでもない可能性を秘めてるはずだ」


 俺の持つ“付与”がこの世界を救うカギになっているかもしれない。

 そんな話だった。




 ソフィアの居ない隙を狙うと言っても、

 ほとんど常にソフィアと一緒に行動している俺にとって、

 霜月とコンタクトを取る機会というのはかなり限られていた。


 それでも何とかして俺たちはソフィアに気づかれないよう、

 隙を縫って何度も会って話を進めた。


 ソフィアのために俺は相変わらず彼女の夫という事にして話を合わせていたが、

 あまりそっちの話が話題に上がることは無かった。

 限られた時間でやらなければならないので、無駄な話をする暇がないのが幸いしたようだった。


「やはり、スキルの付与対象には、記憶(・・)意識(・・)までも含まれるみたいだな。

 意識を移して体を乗り継いでいけば、それは実質的な不死とも言える。

 それに、意識の上書きは不可避の殺害にも使える。

 いかにも悪人が利用したがりそうな効果だ」


 悪人が利用する、というところでひとつピンとくることがあった。

 最近になって、妙に魔王陣営の刺客に出会うことが多くなってきている事だ。


 初めはソフィアの持つ時計を狙っていた刺客共も、

 最近ではむしろ俺の方を注意しているような気がしていた。

 アレは気のせいじゃ無かったらしい。


「……意識の上書きですか、考えたこと無かったです。

 てことはやっぱり魔王軍の幹部はそれに気づいていて……?」

「そう考えるのが妥当だろう。

 そして問題は、そのスキル自体他者に付与することが出来る点にある」


 もし仮に、相手の事を操る事の出来るスキルの持ち主に対峙した時。

 こちらの体が乗っ取られて、そのスキルを相手に付与してしまう可能性がある。


 霞友曰く、向こうにはそれを可能にするスキルを持つ人間がいるらしい。

 記憶操作の能力を持つ相手にとって、

 このスキルを相手に渡す約束をしていたという事にするのはそう難しい事ではない。


「こんなスキルが向こうの手に渡ったら面倒なことになる。

 特にラプラの最高権限付与まで漕ぎつけられたら……それはもう世界の終わりだ」


 “付与”があれば、全能の力ラプラを手に入れる事は容易になる。

 が、今すぐ俺がそれを手に入れても意味が無い。

 その後で相手に記憶操作をされてしまったら全て奪われてしまうからだ。


 どうにかして相手に記憶操作のスキルを空振りさせる。

 それからこちらがラプラの最高権限を手に入れ、この世界を立て直す。


 問題は相手にスキルの空振りをさせる方法とその計画。

 考えるのは、俺達の仕事だった。

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