第四話 ⑤ 不可能試練
十二年かかるところを、一週間で。
肌感覚としてその大変さを知っているわけでは無いが、それでも簡単な話じゃなさそう。
「なんで時間に追われてるのかも良く分かってないんだけど……
まぁ無理な話じゃないか?
十二年かかるものを一週間でって、
頑張ってどうにかなるようなものじゃないだろ」
ソフィは首を振る。
無理なんかじゃない、と強く否定したいようだ。
そうは言ってもなぁ……
「他に方法は無いのか? 事情は分かったけど、
つまりは遠くにある町の大学に行って人に会うだけなんだろ。
それにしては大掛かりすぎるっていうか……」
うーんとソフィは唸る。
「まぁ、無い事はないですけど……これもこれで相当大変です。
分かって欲しいのは、先輩の思ってる以上にガルド領が危険な所だって事です。
どの方法をとるにしても、相当な労力は必要ですし……
私の見立てでは、先輩に銀等級を取ってもらうって方法が一番現実味あると思ってます」
そういうものか……?
他の方法と比べて現実味が一番あるとしても、無理なものは無理な気がするけど。
「分かった。じゃあ一旦それは飲み込むとして、
その他の方法ってのは?」
「先輩に銀等級になってもらう他に、方法は大きく分けて三つです。
一つが、私達二人の他に銀等級以上の冒険者を二人雇う事です。
これには結構なお金が必要になります。
これをするくらいなら、二つ目の案の方が安上がりだと思います」
へぇ。聞いた感じ結構良さそうな案だけどな。
どれくらいの金額が必要になるのかは知らないが、お金でなんとかなるなら分かりやすい。
少なくとも十二年かかる道のりよりかは、近く感じるのだけど。
「二つ目は、商人のライセンスを手に入れる方法です。
冒険者としてじゃなくて、商人としてガルドに入るってことになりますね。
お金を役所に払うだけで許可証を発行してくれるので、やることは単純です。
それに、多分冒険者を二人雇うよりかは安上がりになると思います」
ただ、身の安全は保障されませんけど、とソフィは付け足した。
確かに。
自身を強化したり、強い冒険者を雇ったりする方法と違って、
この方法だと、殆ど無防備な状態でその危険地域に足を踏み入れることになる。
しかしこの案も全然悪くない。
「要は規定金額を役所に払えば許可証を貰えるってことか
で、必要なお金ってのはもう分かってるのか?」
ソフィは手元のメモを開き、しばらく探してから口を開いた。
流石、ちゃんと調べてあるらしい。
「えっと……時期によって変化するらしいんですけど、
大体50万ティーネが相場になってます」
……なるほど、分からん。
「それって、大体いくらくらいなんだ?
相場とか、ちょっと難しいとは思うんだけど」
うーんとソフィは唸る。
「大体、人ひとりが割と余裕をもって
一年間生活できるくらい……でしょうか」
それは……かなりの大金だな。
今の日本で一年暮らすなら、100万じゃ全然利かないはずだ。
物価の違いがあるので簡単には言えないが、
まぁ少なく見積もってもそれくらいの価値はあるという事になる。
「想像はつくと思いますけど、これってとんでもない大金で。
とても一週間じゃ集められない金額なんです。
だから運が良ければこれも不可能ではないけど……
くらいに思っておいて欲しいです」
具体的なイメージが付くと、
確かに一週間ではどうにもならない金額だというのも頷ける。
しかし一週間で12年分をすっ飛ばして銀等級になるというのも、
同じくらいどうにもならないそうなんだけど。
「……で、三つ目ってのは?」
とりあえずは文句を飲み込み、ようやく最後に残った案を尋ねる。
「これは一番単純ながら、逆に一番可能性の低い案ですね。
この一週間の間に……魔王が勝手に死んでくれることです」
……はぁ。
「……魔王が死んでくれれば、俺は記憶を取り戻さなくても良くなるってことか?」
「はい。勝手に魔王が居なくなってくれるならそれに越したことはないです。
そしたらもう急ぐことは無いですから、
二人で田舎に引っ越してゆっくり畑でもやりましょうか」
……良く分からない。
今の話し方だと
“俺の記憶を取り戻すこと”と、
“魔王体制を崩壊させること”
に関係があるように聞こえるのだけど。
……もしかして、知らないうちに相当スケールのデカい事をしようとしてないか?
俺としては、全然そんなことしたくないんだけど。
俺はとりあえず食い扶持が無いからソフィについて行ってみようとしているだけで、そんな世界の構造を変えようなんて大それたことは考えてない。
「さっきも言った通り、
空からお金が降って来でもしたらそれで商人のライセンスを取りましょう。
でも、基本は一つ目の案で行くつもりです」
上級冒険者として認められるほど強くなることと、大金を手に入れる事。
事情の分からない俺からすると、一週間という短期間では後者の方がまだ可能性がありそうに見えるのだけど。
俺の顔を見てそんな反論をされることを察知したのか、ソフィは続けた。
「銀等級に上がるには、かなりの強敵に挑む必要がありますし、
相当な数のモンスターを討伐しなくちゃいけません。
だけどそれさえクリアすれば上に上がれるんです。
才能がモノを言う世界ですから、結果さえ出せばだれも文句は言いません」
とはいえ、俺には才能なんか無いわけで。
逃げ腰になりそうな俺を追い詰めるように、ソフィは続ける。
「でも、先輩には幸いすべてを知る力があります。
先輩にはそれを駆使して、一週間以内に銀等級まで上り詰めてもらいます」
そこまで言い切ると、ソフィは机の上に置いてあった水をこくりと飲みほした。
「やっぱりこれ、おいしいですね……」
呟きながら水差しを手に取り、お代わりを注ぐ。
自分のコップが満たされると、
先輩もいりますか? と、ソフィは水差しを少し持ち上げて訊いてくる。
素直に貰うことにした。
ソフィほど喋ってはいないが、なんだかいろいろな情報を処理したせいで喉が渇く。
この魔素水とやら、ぼったくりだなんだと騒いでいた割にちゃんと美味い。
相場の十倍するとはいえ、これなら払ってもいいかも……と思えるくらい。
「おまたせー!」
と、奥から声がした。
見ると、千鶴さんが丁度厨房から出てくるところだった。
手にはプレートを二つ持っていて、その上には料理らしきものが乗っている。
「二人の再開記念ってことでちょっと豪華にしてみたんだけど……どう? これ」
プレートの上は四つほどお皿が乗っている。
大きなステーキと綺麗に盛り付けられたサラダ、丸いパンと小皿に乗った豆。
重労働の後のお腹が欲しいものが揃っている。
めちゃくちゃいい匂いしてるし、最高か?
「羊肉が余ってたから、ステーキにしちゃった。今日はお客さんも来ないみたいだし……」
笑顔で言う千鶴さん。
あれ?でも……
「お客さん来ないって……玄関のやつ準備中のままになってませんでした?」
俺の言葉を聞いて千鶴さんは、嘘……と声には出さずに口だけを動かした。
そのままドアの方へと向かい、すぐに戻ってくる。
「まぁ……今日くらいは良いでしょ。邪魔が入ってもあれだし」
完全に開き直っている。
とはいえ、そのおかげでこのステーキにありつけるのだから正直ありがたい。
「ほら、冷める前に食べちゃって」
言ってすぐに、千鶴さんは厨房の方へと引っ込んで行った。
「千鶴さんは良いのでしょうか」
ぽつりとソフィが呟く。
同じことを思ってた。
それにどこか、ちょっとそわそわしていたような……
まぁでも俺が気にすることじゃないか。
せっかくの豪勢な食事だ。ゆっくり味わうとしよう。




