第四話 ③ やっぱりちょっとオカシイひとだった
あきれ顔、というのはこの事を指すのだろう。
ため息をつくソフィに、千鶴さんは眉を吊り上げる。
「……変な事って何よ。
わたしはこの世界の真実を、親切にも教えてあげようとしてるだけじゃない。
皆がこうやって幸せに生きてられるのは、
魔王軍を運営している人の裏の努力があってこそなんだから。
それを知らずに魔王は悪だ! なんて一方的に決めつけて……」
あまつさえ魔王側を支持するような主張を始める千鶴さん。
今も各地では戦争が絶えないというのに、そんなこと言って大丈夫なのか……?
「だから、その世界の真実とやらが信用ならないんです。
いつも言ってるはずなんですけど。
外ではあんまりそういう事言って回らないでくださいって」
そうたしなめるソフィに、千鶴さんは憤慨する。
「真実を教えてあげて何が悪いのよ。
魔王軍の幹部は皆、悪逆非道だなんだみたいな話が良く噂されるけど、
皆本当は心優しい人ばっかりで協力しながら運営をしてるの。
中にはまだ若い子もいるそうよ?
世間のそしりを一身に受けながら世のために頑張って……。
そんなことも知らずに皆魔王を倒そうって躍起になってるけど、
これじゃまた不況に戻るだけなのよ」
何を根拠にそんなことを言っているのか知らないが、
魔王軍のイメージが随分とファンシーだ。
それと結局は魔王を倒すのは良くないという論調にしたいらしい。
「分かりましたから。
信じるのは勝手ですけど、
他の人に広めようとするのは止めてくださいって何度も言ってると思うんです」
呆れたような口調で言うソフィに千鶴さんは。
「わたし一人信じたところで世界は変わらないじゃない。
この真実をより多くの人に広めないと、皆はずっと鳥籠の中なのよ」
どう見ても危険なやつだ。
なんだろう。
千鶴さんはそういう宗教か何かにハマっているのだろうか。
歴史上悪魔崇拝が流行った前例もある事だし、
そういう、魔王側を持ち上げる宗教もこの世界にはあるのかもしれない。
魔王が倒された後に不況になる事で、魔王が居た時代の方が豊かだったー、
という不満が溜まる。そうすると今度は魔王側を支持する人が出てくのだろう。
勇者は戦犯で、今の魔王の支配を長く続けることこそが人類にとって良い事だ!みたいな。
いつの世も既得権益に反感を持つ人が集まると、変な事を考える人が出てくるものだ。
「そんなことでは世界は変わりません。……で、何ですかその箱」
ソフィはテーブルの上に置かれた巨大な箱に気づいたのか、話題を変えた。
「あ、これ?今日、ソフィアがどっか行っちゃったじゃない?
それでわたしが代わりに買い物に行ったのよ。
で、そこでいいもの見つけたの。“魔素水”って言うんだけどこれは……」
「……いくら取られたんですか」
うきうきで語り出そうとする千鶴さんを、遮るようにソフィは言う。
「取られたって何よ。
これは月ごとの契約でお安くなるって言われたから、それにしてもらってね。
本来このひと瓶で30シルなんだけど、
一か月分の30瓶で900シルの所なんと、半額の450シルで……」
「ただの水にですか?」
「いや、だからこれはただの水じゃなくて魔素水って言って、
特別な製法で水の中に魔素を溶かし込んでて……」
はぁ……とソフィはため息をついて、荷物を机の上に置く。
良く分からないが、千鶴さんがカモられてる事だけは分かった。
どんどん千鶴さんに対する信用が失われていくな。
「……まぁ、そうですね。
赤ちゃんリテラシーの千鶴さんを一人で放っておいた私が悪かったんです。
相場の十倍はぼったくられてるけど、別にただの水ですからね。
飲めないことは無い。瓶はおしゃれだし、使いようによっては……」
自分に言い聞かせるように、ソフィはぶつぶつと言っている。
おいたわしや。
「あ、言い忘れてたけど450シルって言うのは初月割りで、
来月からは通常価格の900シルに戻るって言われてるから」
あっけらかんとした口調で千鶴さんはそう付け足す。
……この人、空気を読むとかは出来ないタイプなのだろうか。
「あと、瓶は洗って乾かして、この箱にきちんと戻しておかないと追加料金が……」
「あの」
聞いたことのないドスの効いた声で、ソフィは言う。
傍から見てる俺の背筋も凍った。
「何があってもこの契約は取り消してもらいますから」
殺気のこもったソフィの声に押され、千鶴さんはしゅんとなってしまった。
そういえば、と思い出す。
ソフィの目元を見てみなさい、みたいな話があったな。
けど見ても良く分からない。
かすかに赤みがかって見えるのは泣いた跡なのか、
怒って頭に血が上ったせいなのか判別がつかない。
余計なことしてくれちゃって。
と、俺がソフィの事をじろじろ見ていることに気が付いたのか、こちらに話しかけて来た。
「……すみません、見苦しい所を見せてしまって」
まぁ……確かに見苦しいな。
身内がそういうのにハマりやすいって大変そうだ。
「千鶴さんに変な事吹き込まれてたみたいですけど、全部忘れて大丈夫です」
「いや、わたしは嘘なんか言ってないわよ。
早くみんなの目を覚ましてあげようとしてるだけなんだから。
皆が盲目的に魔王を敵と見なすことの危険性について、
警鐘を鳴らすのがわたしたちの使命で……」
やっと千鶴さんが“そういう人”だと分かって安心した。
魔王軍と王国は通じてるだの、架空の魔王を立てるだの……
根も葉もない話を信じかけていた俺が馬鹿みたいだ。
そもそもあんなに話しておいて根拠を一つも提示されていない。
解釈を延々と聞かされていただけだ。
「食材は買ってきたので、早く厨房に入ってください。私お腹空いてるんです」
「あら、そうなの。……佐伯君は?」
意見を求められたが、これは頂いてもいいやつなのだろうか。
「お金無いのは分かってるけど、今は心配しないでください。大丈夫だから」
じゃあ、お言葉に甘えて。
お願いをすると、千鶴さんは喜んで承諾してくれた。
「疲れました……」
ソフィは手元にあった椅子に、ぐったりと座り込む。
そのままテーブルに突っ伏してしまった。
お疲れのようだしお水でも出してやろうと思ったが……そういえば水は切れてるんだったな。
「水差しが空っぽみたいなんだけど、この魔素水?を入れても良いのか」
もう一つのテーブルを占拠する箱を指さして言う。
「あ、ごめん。私が」
ソフィが立ち上がろうとするのを片手で制す。
箱の中から瓶を一つ引き抜き、水差しの置いてあるカウンターまで持って行く。
そのまま水差しに移し替えようと……したのだが。
これはどうやって開けるんだ?
瓶の口には樹脂のようなものが詰められており、
当然ペットボトルキャップのように捻って開けることが出来ない。
コルクならオープナーがあるだろうし、王冠なら栓抜きがあるだろうし……
でもこのタイプの物は見た事が無い。
恐らく現代にいたるまでに淘汰されてしまった古い様式のものなのだろう。
お前の天下は長く続かないからな、と樹脂の栓を軽く小突く。
「それやるの、初めてですか?」
テーブルに両肘をついたまま、ソフィはこちらを見ている。
「どうやってやるんだ?」
「そこ……カウンターのどこかにナイフがあるので」
……ナイフ?
「それ。それで口を切り落とすんです」
想像以上に原始的だった。こんなのシャンパン開ける時くらいしか見た事ないぞ。
「……いや、ダメだろ。確かこれ、洗って綺麗に戻さないと追加料金とられるんじゃないかったか?」
「大丈夫です。勝手に直りますから」
いやガラスにそんな凄い能力はないだろ。
無いよな? それともあるのか?
ぽんっ、という音はしなかった。
別に炭酸が入ってるわけでもないので当たり前だが。
瓶の先の方ごと切り落とされ、床にガラスが転がる。
やっぱり原始的だ。
ナイフで切れた切り口が怖くて水を入れるのが慎重になってしまったが、何とか水差しに移し替える。
瓶と切り落とした口はくっつけてカウンターに置いといて、と言われたのでそうしておく。
確かに切り口は綺麗にくっついたが、こんなんで本当に直るのだろうか。
「話さなきゃいけない事は沢山あるんですけどね……」
ようやくコップに水が入り、一息つく。
相場の十倍の値段らしいからな。味わって飲まないと。
「流石にもう分かってるとは思いますけど、
ここは先輩が今朝までいた日本、ひいては地球じゃないんです」
「そうらしいな。俺としてはもうそれが意味わかんないんだけど」
百歩譲って地球と酷似した環境の星が存在していることを認めたとしよう。
宇宙は広いから。
でもそこに人間と見分けがつかないほどそっくりな生物が存在するという奇跡。
これを認めるとなると、カオス理論を鼻で笑えるほどの再現性が、
生物の進化の過程に存在することになる。
流石に考えられない。
魔法が存在するというのも物理法則に反するし、何らかの理論で説明がついたとしても、
その形が人間の空想に酷似しているというのも偶然にしては出来過ぎだ。
「そこら辺のこと知りたかったら、古代魔術史について学ぶと良いと思いますよ。
そこに至るまでに時間を無駄にした……って言ってましたから。先輩が」
「……俺が?」
「そう、先輩がです。
私の知る限りの説明だと納得が行かなかったみたいで、
暇さえあれば王立院に行って文献あさってたましたよね。
いつだか、ようやく文献を見つけたらしくて……逆だったんだ!
みたいな事言ってうきうきで説明してましたけど、よく覚えてないです。
というか良く聞いてなかったです」
そこは聞いたれよ。過去の俺がかわいそうだろうが。
しかし……今の話を総合するに恐らく、
“この世界が我々の想像するファンタジー世界に似ている理由”には
何らかの学術的な結論が出ているらしい。文献に乗っているくらいだからな。
この世界が一見RPGの世界のようだというのは、
ソフィ曰くそれが意図的に政策によって最近作られたせいであるというが……
しかし世界そのもの……つまり、人間や獣人、そこに生息するモンスターや植物に至るまでを作りだすなんてことは流石に出来ないだろう。
流行りのVRゲームの中、みたいな設定もないだろう。
そんなんだったら真面目にこの世界の事を考えるだけ無駄だ。
となると……どういう事なんだ?
何が逆なんだろう。
「で、先輩は二年前……というか私からして二年前に、この世界に転移して来てるんです。
つまり先輩は二度目の転移者なんです。その記憶は残ってないみたいですけど」
それも眉唾ものなんだよな。
今は記憶が無いだけとか、そんなこと言ったら何でもありじゃないのか。
「そもそもなんで、俺の記憶は消されてるんだ?」
俺の疑問にソフィは顔をしかめる。
「消されてるって……記憶を消したのは先輩自身の意思ですよ?
勝手に人のせいにしてるみたいですけど」
……は?
記憶を消したのは、俺自身の意思……?




