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第四話 ① 変な同居人さん

「ここで……あってんのかな」


 淡く光を放つメモ帳の走り書きと目の前の建物を見比べる。

 既に辺りは暗く、中からうっすらと光が漏れているのが分かる。


 ダンジョンから城下町に帰ってきた俺たちは一旦二手に分かれることになった。

 ソフィはギルドに野暮用があるらしく、先に帰っててと言われたのだ。


 城下町の大通りから何本か入ったところに、ひっそりと開かれている酒場。

 ここにソフィは間借りして住まわせてもらっているらしい。


 曰く、同居人は俺の事を知っているから安心して良いよ、とのことだった。

 

 俺は何を安心すればいいんだ。

 向こうは俺の事を知っていても、俺はその人の事なんて全く知らないというのに。


 酒場は簡素な外装で、隣の家とあまり変わらない造りをしている。

 ドアの上にぶら下がっている看板のおかげで、かろうじて酒場だと分かるくらいだ。

 もし俺がここの住人だったら一生ここに足を踏み入れることは無かっただろうな……と思ってしまう。


 恐らく今の時間が稼ぎ時のはずなのだが、中に客がいる気配はない。

 これは正直言ってありがたい。

 接客中なのに話しかけて事情を説明するとか、絶対に気まずいだろうし。


 意を決して、俺はドアに手を掛けようと……したのだが。


「準備……中?」


 ドアの前に準備中の札が掛けてあった。

 読みなれない言語のせいで、今まで気が付かなかった。

 

 道理で客がいないわけだ……と思ったが、俺は入れるんだろうか。

 別にここには客としてきたわけでは無いし……

 でも準備で忙しいのなら無理に入るのも申し訳ないし。


 どうしたものか。



 なんて思いながらドアの前でうろうろとしていると、後ろから声がした。


「あら、いらっしゃい。お客さん?」

 

 声の主は女性だった。長い黒髪に、澄んだ瞳を持った綺麗な人。

 女性の中では少し背が高い方なんじゃないだろうか。

 凛とした声も相まって、明るくしっかりした印象を受ける。


 両手には大きな箱を抱えているようだったが、中身が軽いのか少しもつらそうな気配はない。


「ごめんなさいね、いまちょっと準備できてなくて……良ければ中で待っててもらえる?」


 彼女は俺の返事を待たずに、そのまま俺の背中を押してきた。

 

 両手が塞がっているので扉を開けて欲しいらしい。

 なかには誰もいないはずだが、鍵はかかっていなかった。

 随分と不用心だな。


 ベルの音と共に店の中に足を踏み入れる。


 店内は、外装から想像していたものとあまり大差ない、普通の酒場という感じだった。

 カウンター席がいくつかと、テーブルが二つ。

 この大きさの店ならこんなものだろう、という感じだ。


 カウンターの内側に階段があるが、これは恐らく二階席ではなく、ソフィたちが住む居住スペースになっているのだろう。

 

「急いで準備するから……好きなところ座ってて。

 お水はそこにあるから自分でお願いね」


 カウンターの上を指さし、彼女はテーブルの一つにドンと音を立てて箱を置く。

 愛想のよい笑顔でそう言うと、彼女はそのままぱたぱたと奥の厨房へと消えて行った。


 ……完全に俺の事を説明するタイミングを逃した。


 同居人は俺の事を知っているって話はどこへ行ったんだ。

 “知ってる”にも種類がある、という事だろうか。


 一度顔をあわせたことがある程度なのか、それとも懇意にしていたのか。

 今の反応を見るに、少なくとも後者ではないみたいだ。

 ばっちり顔を見てるのに何も気づいていない風だったからな。


 戻ってきたらどう説明しよう……などと考えながら、お冷を貰おうと席を立つ。

 コップを手に取り、水差しに手をかける。

 随分軽いな……と思ったのは当然で、中には肝心のお水が入っていなかった。


 ……まぁ別に、のど渇いてなかったし。


 みじめな言い訳をしつつ、また席に着く。


 と、同居人さんが奥からはさみのようなものを手に持って戻ってきた。

 いつの間にか胸の前にエプロンを付けている。黄色の花柄のものだ。

 店にはいつも、それを付けて出ているのだろうか。


 ……正直あまりセンスがない。

 しかし素材が良いせいであまり不格好になりすぎないという所に、世の不平等を感じる。

 これが俗に言う “ただし美少女に限る” というやつか。


「ごめんね。今日の買い出し、うちの子が当番なのに……

 昼過ぎに買い物に行ったっきり帰ってこないのよ。

 どこに行ってるのかしら、変なことしてないと良いんだけど」


 言いながら、今しがた持ってきたハサミで箱の包装を開け始める。

 

 ……なんか心当たりがあるな。

 

 その子、さっきまでダンジョンででっかい犬に乗って遊んでましたよ。

 とでも報告すればいいのか。それより先に自分の事を話すのが先か。


 同居人さんは箱の封を切り、中に手を突っ込んでいる。

 食材でも入ってるんだろうか。

 

 などと思いながら見ていると、その中から取り出されたのは……箱だった。

 こんな所でも、悪しき過剰包装の文化が引き継がれているとは。

 今や自然の敵となった熱帯雨林を許すな。


「あの……ソフィなら多分もう少しで帰ってくると思いますよ。

 ギルドにちょっとだけ用事があるって言ってたので」


 意を決して声を掛けてみる。


 予想通り、同居人さんは手を止めて顔を上げた。少し驚いているようだ。

 そしてまじまじと顔を見つめると、


「あら、そうなの……?」


 と少し戸惑う様子を見せる。


 大丈夫かな。

 見知らぬ人に、自分も知らない同居人の情報を教えられるってなかなかにホラーな気がする。

 たとえは悪いが、誘拐犯の台詞みたいだ。


 しかし同居人さんは考えた末に、


「あ……! あなた佐伯君じゃない?」


 と、手を叩いた。


 凄い、分かるんだ。

 それと昔の俺、名字で呼ばれてたのか、なんか小恥ずかしい。

 

「そうです。今日の昼ここに来て……さっきまでソフィと一緒にいたんですよね」

「あぁ、そうなんだ。ていうかあの子、自分の事ソフィって呼ばせてるのね」


 え、何その情報。前は違ったのか?


「めちゃめちゃ久しぶりじゃない?話には良く出てたから覚えてるけど……二年ぶりとか?」


 荷物の開封作業を再開しながら、同居人さんは続ける。


「あぁ、そうなんですか。自分じゃ良く分からなくて……」

 仕方ないとはいえ、なんだか申し訳ない。


「あ、そうそう……何も覚えてないんだよね、それは聞いてる。じゃあわたしのことも忘れてるのかな?」


 面と向かって聞かれると申し訳ないな。

 でも正直に答えるしかない。俺は首を振る。


「そっか、そうよね。わたしのことは千鶴って呼んで頂戴。初対面じゃないからなんか変だけど、今日からよろしく」


 千鶴さんか。

 今まで出会ったこの世界の住人の名前、どちらも漢字なのだけど……これはそういう事なのか?


「千鶴さん……でいいですか。こちらこそよろしくお願いします」


 なんだか堅苦しくなってしまったが、俺の挨拶を聞いて千鶴さんは笑顔で頷いた。

 明るくて活動的な笑顔だ。だんだんと黄色の花柄エプロンが馴染んで見えて来た。


 一方千鶴さん作業は未だ終わらないようで、手元の箱の中からは次々と箱が出てきていた。

 過剰包装にしてもやりすぎだろ。いつまで出てくるんだそれ。


「そっかぁ……二年ぶりだもんねぇ……ソフィア、泣いてたでしょ」


 しみじみと、千鶴さんはかみしめるように言う。

 ……泣いてた?


 いや、そんなことは無い……と言おうとするとなぜか口が勝手に動いて。


『いや、泣いてはいないと思いますけど』


 謎の校閲が入った。多分真実と異なる事を言おうとしてしまったのだろう。

 考えて見れば、最初の馬車でちょっと涙目になってたな。

 でもそれは俺が泣かせてしまっただけで、多分千鶴さんはそのことを言いたいわけじゃないはず。


 俺の返答が意外だったのか、千鶴さんは作業の手を止めてこちらを見やってきた。


「ほんと?じゃ我慢してたってこと?」


 そういう様子も無かったが。 

 そもそもソフィって感情の起伏が薄いイメージで、あまり泣いているところが想像できないのだけど。

 

 あまり賛同は出来ないが、一応曖昧に頷いておく。

 これは許された。


「そうね……なにも知らない佐伯君の前でいきなり泣いても困らせちゃうって考えたのかしら。

 多分佐伯君と別れた今、感情を発散してるころだと思うわよ」


 千鶴さんはいたずらっぽく笑う。

 冗談なのか、はたまた本気なのか。


 まぁでも、帰ってきたらソフィの目元を見てみるとするか。

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