第二十三話 ③ 取引のための牛歩
「不死鳥の加護って……
律さんのスキルと同じってことか?」
同じスキルを、先代勇者も持っていた……?
「同じというか、そのものというか……。
先代がお腹を痛めて生んだその子には、
自身のスキルである不死鳥の加護が継承されていたんです」
いつもながら、情報量が多い。
その話によると、律は先代勇者の娘ってことになる。
先代とは言うが、直接血のつながりがあるパターンだったのか。
「スキルの継承は、その子供が生まれた時に起こるごく普通の現象です。
どちらかの親がスキルを失い、その子に受け継がれるって言う現象ですね。
これは転移者のように、強力なスキルを持つ親同士が結婚した時によく見られます」
なるほど。聞いた感じだとまさに継承だな。
ただ……それと失踪に何の関係があるんだ?
「通常継承によってスキルが失われる時に、
何か他の障害が起きることはありません。
しかし、問題は継承されるスキルが不死鳥の加護だったってことみたいです」
ソフィは続けて言う。
「不死鳥の加護は死んだとしても能力のおかげで生き返ることができる。
つまり、先代勇者は加護のおかげで生きている状況だったんです。
それが娘に継承された時、彼女の持っていた加護は効力を失います。
そうすると……どうなるか」
なるほど。だんだん話が見えてきた。
「ってことは、加護がなくなった時、
何度も死んだはずの肉体はそのままではいられない……とか?」
適当に言った俺の推察はあっていたようだ。ソフィが頷く。
「話では、女の子――姉様を生んだ後に先代は、
『あるべき場所へ帰る』と言い残して姿を消したとされています」
……なんか神話みたいでロマンチックだが、本当にそんな会話があったのだろうか。
しかしどこか、いかにも勝者の作った歴史のようで、美談にされている感が否めない。
が、とにかくその時に彼女は死んだということは確からしい。
◇ ◇ ◇
気が付けば遠くにあった魔王城は目の前まで来ていた。
二人で話しながら来ていたため気が付かなかったが、すぐ向こうに人影が見えた。
敵かもしれない。
と一瞬思ったが、あの服装は……
「デュオさんか。びっくりした」
ソフィは手を振っている。
向こうはこちらに気づいたようだ。その場でうやうやしくおじぎをした。
俺たちはデュオのもとに歩いて近づいていく。
「並んで歩いているところを見ていると、やはりお似合いですね」
にこやかに笑いながら、デュオは俺たちにそう言ってきた。
「お似合い……でしょうか。やっぱりそう見えますか?」
ソフィは何やらまんざらでもなさそうにこちらを見上げてくる。
絶対ただの勘違いだ。
おそらくデュオは、俺たちが今朝買った新しい服のことを言っているのだろうが……
まぁ別にわざわざ訂正することでもないか。
俺は話題を変える。
「一人みたいですけど、律さんは? 一緒じゃないんすね」
「姫様はこの中ですよ」
こともなげにデュオは言う。
この中って……魔王城にか?
「勇者は魔王に挑むのが仕事ですので」
俺の言いたいことを察したデュオは付け足した。
それは……そうなんだけどさ。
「たぶん姉様も本気で攻略するつもりはないと思います。
前回の挑戦から時間がたってるから、腕試し気分でしょう」
ソフィは言う。
腕試し気分ね……
だからと言って納得はできないが、律さんにとってはそういうものなのだろう。
「魔王城の中のモンスターは復活するまで時間がかかりますので、
下階層のものをあらかじめ一掃しておくことは有効なんです」
デュオ曰く今やっていることは、
本腰を入れて攻略するときのための下準備のようなものだそうだ。
「それで、デュオさんは一緒に入らないのか?」
「いえ、私がいても足手まといになるだけですので……」
頬を掻きながらデュオさんは言う。
足手まとい……か。
謙遜の言葉なら納得できるが、実際に一人佇んでいるところを見るにそうではないのだろうな。
デュオさんの超人的な強さは何度か見ているが、その彼にそう言わしめるほどの能力を、律さんは持っているのだろう。
ソフィはそのまま立ち止まって、デュオさんと話を始めた。
昨日の感じではすぐに別れてガルドに向かうつもりなのかと思っていたが、意外にもゆったりとここに留まるつもりのようだ。
万が一律さんが戻ってきたら、また気まずくなるだろうに……
という危惧はすぐに現実のものになった。
律さんが魔王城から戻ってきたのだ。
風と共に空から降ってきた黒髪の女性。
今しがたまで城内で戦っていたらしく、服装は多少乱れていた。
不機嫌そうに顔をしかめ、かかとを触るようにしながらデュオさんに話しかける。
「駄目だった。スクロール程度の魔術だといくらあっても足りないみたい」
「そうですか。やはり簡単にはいきませんね」
言いながら手を差し伸べると、律さんは手をにぎって立ったまま靴を履き直す。
「……何の話?」
俺が小声でソフィに尋ねると、デュオさんが先に口を開いた。
「以前から苦戦している四階層……つまり最終階の守護獣ソルネラです。
律様と相性の悪い怪物でして、私どもの目下の目標であり……
そして同時に、最終目標でもあります」
駄目だった、というのはそのボスの話らしい。
たしかに、数日前にソフィからそんな話を聞いたかもしれない。
確か勇者はそのボスがどうしても倒せなくて苦戦しているみたいな話だった。
それさえ倒せば魔王城は落ちたも同然だとも言っていたな。
「こっちは端から期待していなかったから今は良いの。
四階層までの雑魚は掃討しておいたから十分やれることはやったし。
今はガルドの方優先しなきゃなんだから、早く」
相変わらず律さんは俺たちの方を見ようとしない。
そこにいないものとして扱うことにしたらしい。
傍若無人な律さんの態度に、デュオさんは代わりに頭を下げる。
「すみません、律様は張り切っておられまして。
今回のガルド遠征には期待を寄せていらっしゃるのです」
「いやいや、別に気にしないでください。忙しいのは分かってるんで」
そんなこんなで彼らとは別れる……かと、思いきや。
背を向けて既に歩き出していた律さんに、急に声を掛けたのはソフィだった。
「そのことなんですけど。取引しませんか、姉様?」
「……なに?」
ぶっきらぼうに律さんは答える。
振り返った律さんの表情は渋々といった風だった。
「姉様がガルドに遠征してきた理由は知っています。
四階層の守護獣、ソルネラを攻略するために必要な武器の情報を手に入れたからですよね」
律さんは相変わらず顔をしかめたまま。
「情報は確か、ガルド集中墓地区の石碑に、
それらしき武器の存在が仄めかされている……
という程度のものだったと思います。
現状それ以上の情報はないということですが……
存在を確かめたくらいでは何にもならないんじゃないですか」
冷静に話すソフィに対して、律さんは眉を潜めたまま反論する。
「……そうかもしれないけど、たとえ小さくても手掛かりは手掛かりでしょ。
大事な一歩であることは変わりないんだから。
もしそれが真実なら、私は魔王城を攻略できる手がかりを見つけたも同じなわけだし」
「でももし、その武器の存在を確かめるだけじゃなくて、
その武器の眠る場所、入手方法、それまでに至る道全ての情報を、
手に入れる事が出来るしたらどうですか。欲しくありませんか」
魔王城攻略のカギとなる武器の……情報?
俺は思わず律さんから目を離してソフィの方を見ていた。
それってもしかして……
「欲しいに決まってるでしょ。
でもそんな都合のいい話が無いから、こうやって私達は地道に……」
「あるな。それにそう難しい話じゃない……です」
思わず口を挟んでいた。
律さんの視線が自分に向けられるのを感じた。
「別に今すぐ信じてもらう必要はありません。
しかし……魔王城の眼の前で話すというのも少し危ないですね。
詳しい話は、ガルド街中に入ってからでいいんじゃないですか」
……そういうことか。
どうりでここまでゆっくりと歩いてきていたわけだ。
ソフィのパスに、俺は少しだけ大げさに芝居を打つ。
「いや、でも参ったな。
俺達二人はどっちも銀等級以上じゃないからガルドには入れない。
入るには、パーティの過半数が銀等級以上である必要があるから……」
取引は想像以上にスムーズに行われた。
それほど勇者にとってこの件は大事な問題だったらしい。
わざわざそんなことしなくても……と律さんは小さく呟いていた。
かわいい妹には聞こえていない様子だったが、
なんとなく、俺もそんな気はしていた。




