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第三話 ③ そこまで言うほど可愛いか?

「冒険って、こんな、アスレチックみたいなことも、しなきゃいけないのか、よ……」


 息も絶え絶えに、一つ一つコンテナをよじ登りながら進んでいく。

 能力値Fランクの人間にはあまりに過酷過ぎる運動だった。


「くっそ……あいつが、ちょっと背中に乗せて、くれさえすれば、こんなこと……」


 とっくのとうに頂上に上り詰めたソフィと犬野郎をなるべく見ないようにしながら、俺は一歩一歩コンテナのタワーを上っていくことになってしまった。


 最初の方こそ頑張れーとか言いながら手を振ってくれていたが、

 あまりに長いものだからもう下を見るのも飽きたのか、引っ込んでしまっていた。

 ふざけんなよ。



 登り切って満身創痍の俺を出迎えたのは、すやすやと寝息を立てて丸くなるイズだった。

 大きさはいつの間にか元に戻っている。

 背中に乗せる人をえり好みしておいて、良いご身分だなこのちくせうは。


 登り切った達成感と、この目の前の毛玉に対する憎悪が入り乱れる中、

 俺は体力の限界を感じて倒れこむ。


「こいつ……なんなんだろうな」

 手足のしびれが元に戻るまで動こうにも動けない俺は、イズを愛でるソフィに話しかけた。

 こいつというのは勿論、イズの事だ。


「多分この子は、この時代の生物じゃないんだと思います。

 体が腐ってるのに生きてたり、

 それでもモンスターとして認識されてなかったりする所を見るにですけど」


 この時代の生き物じゃない?


「あと……ほら、これです。

 さっきイズがくれた果物ですけど……少なくとも私は見たことないです。

 多分今はもう栽培していないか、絶滅しちゃってる種なんだと思います」


 ソフィは手のひらの上で、ころころと黒ずんだ果実を転がす。


「じゃあイズは、その果物が盛んに栽培されてた時代の……

 古代の生物ってことになるのか?」

「多分そうなんでしょうね。

 この遺跡がまだ人類によって運営されてた頃からこの場所にいて、

 その時代からずっと生き続けて来たんだと思います」


 ここには他に生命はいないみたいですし、とつけたす。


「ってことは……めちゃくちゃ長寿だな」


「多分想像もつかないほど長い年月、ここにずっと一人でいたんだと思います。

 食べ物はそれこそ腐るほどありますけど」


 すうすうと寝息を立てるイズ。

 そう聞くと憐憫の感情もわいてこないことは無いが、

 俺を何度も背中から落とした恨みはそんなもんじゃ消えない。


「多分だけど、この首輪も古代魔術だよな?」

「おそらく。

 現代魔術だとまぁ……

 せいぜい無生物を少し大きくしたり小さくしたりするくらいしかできませんから。

 生物の大きさを変えられるのは……相当に便利でしょうね。

 戦闘において、質量は正義ですから」


 そうだよな……そんな技術があるのなら今頃魔王なんか城ごと潰せてそうなものだ。

 でも、今俺たちはそれを手に入れているわけで。


「じゃあ、もしかしてこの首輪を使えばどんな相手でも倒せるってことか?」


「そんなに単純じゃないと思いますけど。

 見れば分かると思いますが、この子……肉とか骨とかがボロボロで、

 強い衝撃とかには耐えられないと思うんです。

 唯一右手だけはそこそこ綺麗なので、そこを使ってコンテナを潰してたみたいですけど」


 そっか。そう簡単にはいかないよな。


「じゃあ、俺が付ければいいんじゃないか?」

「いいですね。

 服とかは多分一緒に大きくなってくれないでしょうから、

 おそらく全裸になると思いますけど。

 そのまま魔王城を襲いに行きましょうか」


 おい。

 それじゃ魔王を倒しても、他の人間にキモがられるだろ。


「あと、イズは首輪を外そうとすると怒るみたいです。

 まぁいつか気を許してくれたら色々活用してみたいですけど」


 いつか気を許す……?


「で、一つお願いがあるんです」


 ソフィは言いながら、すやすやと眠る犬の首輪に触れる。


 先ほどの事があったので俺はびびって身をのけぞらせたが、杞憂だったようだ。

 今度は、見る見るうちに体が縮んでいく。

 手に乗るくらいの大きさになったところで、ソフィはそっと持ち上げる。


「今からこの子を連れて帰るんですが……

 イズの事は、家の人に内緒にしといてくれませんか?」


 ソフィは人差し指を立てて言う。

 やっぱり飼う気でいたのか。

 名前を付け始めたころからそんな気はしていたけども。


 家の人……というと、ソフィの家族の事なのかな。


「ペットを飼うなら、ちゃんと話はした方が良いんじゃないか?」


 月並みだが、そういうのは内緒にすると後々面倒なことになる事が多い。


「今私、酒場を営んでる人の家に居候をしてて……」

「じゃ無理だろ。飲食なんだから」


 何考えてんだこの子は。

 ソフィが言葉を言い終える前に、思わずつっこんでしまった。


「清潔にしてれば大丈夫とか……無いかなぁ」


 すやすやと眠る犬は皮膚がボロボロで肉と骨が見えている。

 どう見ても清潔とは程遠いだろうが。


「先輩だってかわいそうって思いますよね?

 この子、何千年もこの何にもない場所にこもりっきりだったんですよ?

 そのせいでこんな見た目になっちゃって……」


 “こんな見た目”というのは流石に認識しているらしい。

 その上でかわいいと思っているのか。

 やはり良く分からない。


「どうだろうな。

 そいつにとって、外に出ることが良い事だとは限らないんじゃないのか?」

 トイレの蜘蛛の思考実験じゃないけども。


「それは……そうですけど。でも、かわいいんです。飼いたいんです」


 ぐっすりと眠るイズを、ソフィは指先でなでる。


 そこまで直接的に言われると……勝手にしてくれとしか言いようがなくなる。

 この子のためだなんだのと言っているうちは正論で殴り続けるつもりだったが、

 自分がそうしたいというのであれば止めようがない。

 辺りを見渡して、ここを離れることにする。



「絶対に内緒にしてくださいね?」


 人差し指を突き出して、ソフィは念を押してくる。

 ごめんなさい、酒場を営んでるソフィの同居人さん。


 話がこじれない事を願うしかない。

 問題は、こういう嫌な予感が経験上外れたことが無いということだ。

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