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聖女エマ【1】


 ムンドス大陸中央部に位置し、肥沃な大地と豊富な鉱山資源に恵まれたインぺリウム王国。

 四方を列強諸国に囲まれながら、規模としては小国に当たるインぺリウム王国が五百年以上存続してきたのには明確な理由がある。


 ――それは、奇跡の力を宿した聖女なる者の存在だ。


 半球状に国を完全に覆う強固な結界を構築、維持することの出来る聖女が居る限り、インぺリウム王国への侵攻は不可能。それがここ五百年の常識であり、その証拠にインぺリウム王国は他国から『神聖なる支配者の王国』と呼ばれ、一目を置かれているのだ。


 なお、聖女には非常に分かりやすい特徴がある。

 黒髪黒目――この世界では聖女以外あり得ない稀色とされている。


 何故かインぺリウム王国にしか生まれないという黒髪黒目は、その特徴から発見され次第すぐに神殿の保護下に入ることが出来る。ちなみに性別は決まって女子だ。故に聖女。

 そして先代聖女の力が結界を維持出来なくなり天寿を全うすると、継承の儀を経て新たな黒髪黒目の少女が正式な聖女となるのだ。


 今代聖女の就任はちょうど三年前。

 インぺリウム王国を守護する十七歳の聖女エマ――何を隠そう、それこそがこの私なのである。


「……祝宴、ですか?」


 インぺリウム王国の王都に本拠を構える中央神殿の最奥部。

 私は自らの居室と白く輝く大理石で覆われた祈りの間とを繋ぐ廊下を歩きながら、隣に並ぶ長身を見上げた。すると彼はいつもみたいに陽だまりのような柔らかい笑みを浮かべ、私に頷き返す。


「ええ、そうです。貴女が即位して間もなく三年――その功績を讃える祝宴を是非に、と」


 淡い金の長髪に甘やかな顔立ちが眩しいこの人の名前はフィクタ・クレディントス。

 この中央神殿の次期神官長候補であり、聖女である私の世話役筆頭である。

 神殿内でもかなり地位の高い人であると同時に、三年前の即位の時から一日たりとも私の傍を離れたことがないほど今となっては近しく親しい存在であるフィクタ様の言葉に、私は思わず眉を顰めてしまった。


「……それってもしかしなくても、王家主催ですよね?」

「ええ、勿論」

「やっぱり……」


 元の出自が平民であるところの私としては、盛大に祝われることは勿論、やんごとなき王家の方々と顔を合わせることにも抵抗がある。というか普通に気が重い。

 はぁ、と大きく溜め息を吐けば、隣からはフィクタ様の忍び笑いが漏れ聞こえてきた。


「相変わらず王家が苦手なのですね、貴女は」

「……別に王家が苦手な訳ではありません。堅苦しいのが好きではないだけで」

「何も憂うことはありませんよ? この国で……いいえ、この世界で。貴女よりも尊い方は居ないのですから」


 当然のようにそう言ってのけるフィクタ様へ、私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 確かに聖女というのは替えの利かない重要な存在だ。先代聖女が身罷って三年。現在は私以外の黒髪黒目の女児が見つかっていないため、私に何かあれば国の存続問題にすら発展する。


 けれど、私自身はどうも私を凄い存在だとは思えない。

 確かに結界を維持しているのは私の力だけど、感覚的には簡単な日課をこなしているだけなのだ。

 そう、つまりはこんな風に――


聖なる光よ、此処へ(Sancta Lux)


 既に三年ほど通い続けている祈りの間の中央祭壇で、私はいつものように両手を胸の前で組むと祈りの言葉を口にした。途端に室内は黄金の光に満たされ、祭壇の上部に設けられている聖杯から黄金の光を帯びた聖水が滾々と湧き出してくる。

 祭壇の周りは人工的な池になっていて、聖杯から溢れた聖水によりその水嵩が少しだけ増した。


「……ああ、いつ見ても神々しい……それでこそ私の聖女だ……!」


 背後に控えるフィクタ様の陶然と呟く声が聞こえてくる。飽きもせずこの光景に感動しているのだろうけど、個人的にはむず痒い気持ちになるので止めて欲しいのが本音。流石に無粋なので面と向かってはとても言えないけど。


 とまぁ、時間にしておよそ一時間ほどのお祈りの時間。

 これが私の――聖女の日課である。

 この聖杯から作り出された聖水の池が枯れない限りは国を守護する結界は消えないらしい。なんとも便利でお手軽なものだ。


「本日もお疲れ様でした。毎日欠かさずに祈りを捧げてくださっているおかげで、結界の強度も過去に類を見ない程に安定していると報告を受けていますよ」


 祈りを終えて祭壇を降りる私を出迎えつつ、フィクタ様が嬉々とした声を掛けてくる。だけど別に言うほど疲れてないし、褒められても実感はあまり湧いてこない。それはたぶん、私自身が神殿からほとんど出ることがないからだろう。聖女という役割上、外に出れないのは仕方のないことだけれど――この目で自分の為した功績を確認していないからこそ、どこか他人事のような気がしてしまうのだ。


 そんな私の心情はさておき、何かとお世話になってるフィクタ様たちの役には立っているようだし、国が平和ならそれに越したことはない。単調な日々ゆえに張り合いは特にないけれど、私は私なりに今の生活に納得している。

 たとえこれから先、死ぬまで国に奉仕することを義務付けられていたとしても。

 聖女に選ばれたことは名誉なことなのだから喜んで受け入れるべきなのだ、うん。

 そんなわけで私はフィクタ様の新緑みたいな瞳を見上げながら、意図的にニッコリと微笑んでみせた。


「それは良かったです。これからも立派に聖女の務めを果たせるように頑張りますね」


 こう言えば目の前の人はもっと喜んでくれる。

 それが分かっているから望まれることを口にする。

 そして予想通りフィクタ様の瞳が糸になるくらい細められるのに満足して、私は祈りの間を出るために歩を進めた。


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