1.
落ちる寸前の真っ赤な夕日。
血のようなその光に染め上げられた一室に、まだ小さな俺がいる。
すぐに、夢だと気づいた。
夢の自分とは異なる意識で周囲を見渡せば、そこはガラクタで満ち満ちている。
錆びた自転車。半ば焼けた木魚。何とも知れない木彫り。上段の半分がない二段ベッド。いつまでも水気を帯びたままの注連縄。ボタンがひとつしかないリモコン。
見間違えようもない。祖父さんちの離れだ。
母屋から数歩の距離に建てられた三畳ほどの小屋には、祖父さんが趣味で集めた骨董やその友人からの預かり物たちが、いつだってこうしてひしめいていた。
ガキの目には宝の山としか映らない光景で、だから子供時分の俺は祖父さんの家を訪うたびに、大人の目を盗んでこの離れに入り浸ったものだった。
朱い光の中、夢の俺が目をつけたのは一台のポータブルラジオだった。
女性受けを狙ったものだろう。かつてはピンクに愛らしく塗装されていたと思しきそれは、全体に赤茶けた錆を噴いて見る影もない。
まるで残骸のようなありさまだったが、けれどラジオは辛うじて機能していた。
ぷつん、と電源を入れれば息を吹き返し、「ざあああああ」とノイズを発する。
勿論、当時の俺はダイヤルチューニングなんて理解してない。選局なんてすることもなく、無心にオンオフを繰り返して遊んでいた。
入れる、切る。
喋る、黙る。
生きる、死ぬ。
そんな作用が、指ひとつで生じるのが面白かったのだろう。
気まぐれで未知と繋がるような、恣意で世界を生んで消し去るような、まさしく子供じみた全能感に浸っていたのかもしれない。
数十秒砂嵐に耳を傾けては、飽きて消す。落ちた沈黙に物足りなくなったら、また鳴らす。
飽きることなく続けるうち、不意にラジオが、
「ざあああ」
と言った。
それは無機質な葉擦れめいたこれまでの音たちとは違う。明確に、何らかの意思を含有する響きをしていた。
今は雑音としてしか認識できない。けれどもうちょっと波長が合ったら、言葉として聞き取れる。このままでは聞き取れてしまう。そんな直感があった。
――見つかった。
反射的にそう思った。何か悪いものと繋がってしまった。
けれど逃げるどころか、ラジオの電源を切ることさえできなかった。
どんなに小さな身動ぎだろうと、今、ぎりぎりのところで保たれている何かをぶち壊すのに十分な気がしてならなかったからだ。
だから何もせず、何もできず。
瞬きも呼吸も忘れ、俺はひたすらに身を竦ませる。
「ざああああああ」
当然、耳も塞げない。ただ繰り言を続けるラジオを、魅入られたように見つめるばかりだ。
すると、ふっと幻視が起きた。不意に誰かの顔が浮かんだ。
見えたのは、相貌の全体ではない。それはゆっくりと動く、口元のアップだ。開くたび、にちゃりと上下の唇を唾液の糸が繋ぐ。その奥にあるのは一本の歯もない、紫に腐乱した歯茎だ。
「ざああああああ」
聞きたくない。わかりたくない。
けれど――ああ、何か言っている。