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13.新しい顔を得た

(駄目だ……ゲームのことは何でも思い出せるのに、肝心な自分の名前が出てこないよ……)


こうなったらもう、今ここで何か思い付いた名前を名乗るしかない。

トラウマメイカーの女のメイカーからとって、メイカ。

うん、それだったら人名っぽいし、現代日本でもヨーロッパ風異世界でもやっていけそう。

どちらの世界にもいそうな名前だ。


「……メイカ。私はメイカよ」


咄嗟に答えた名前が私の頭の中を通過する。

それは右から左に流れる楽譜のように脳内で反響するとパチンと耳元で弾けて。

ドレッサーの鏡に映っていた顔に変化が起きた。


(……! えっ? これ、私……?)


──顔がある!


ついさっきまでぼんやりとした輪郭だけだったのに。

目も鼻も口もついているのがはっきりと見える。

自分に名前を付けた途端、今までのっぺらぼうだった私の顔に中身が現れたのだ。


明るい赤みがかったブラウンの髪は肩まであり、瞳はもっと明るい茶色。

少し気が強そうな表情が似合うつり目気味、睫毛はふさふさ。

口は小さめで、眉は整っていてなめらか。

装飾は少ない小綺麗でシンプルな私服。

胸は出ていてお尻は上がっているからプロポーションも思っていたより悪くない。


うら若き乙女を落ち着けた二十代前半の女性が鏡のなかで私が動くのと同じ動作をしてくる。

メイカという名前を得たトラウマメイカーは、他の登場人物たちと同様に容姿を手に入れたらしい。

信じられないけれど、モデル無しのモブだった私に専用の外見がついたのだ。


「……そう。メイカさん……ですか。メイカさんはどうして僕を連れてきてくれたんですか?」


(私、本当にメイカって名前になっちゃったんだ……)


コルフェも自然に私を呼ぶ。

まるで最初からそうだったように、なんの疑いもなく。

幼い推しに名前で呼ばれて感動したけれど、彼の台詞にじぃーんとしている場合じゃないや。

不自然に顔のパーツを触りまくっていた手を下ろし、改めてコルフェに向き直る。


「僕を人質にとっても神父さまはその、身代金とか、そういうのには応じないと思いますよ……僕、神父さまの本当の子供じゃない、から……」


「ううん。あなたを何かに利用しようなんて私は思ってないよ。ただ、あなたが可哀想な目にあっているのがほっとけなくて」


敬語を使おうとしているけれど不馴れな様子が愛しいコルフェ。

私は彼の話を聞きながらも自分の言葉で本心を告げた。


「それで、思わず連れてきちゃったの」


「…………」


彼が私を見上げながら不思議そうな表情をするのは今日で二度め。

短く頷いて何か考えているようなしぐさの後、


「……ありがとう、メイカさん。僕、ほんとは……神父さまのこと、怖くて……逃げ出せなくて……」


彼は微かに呟くような声でそう言って私に抱き着いてきた。

近い。ものすごい近い。

推しからの積極的な急接近も本日二回目です。

しかも一回目からまだそんなに経ってません。


心臓が跳ねて飛び出しそうになる私をよそに、小さなコルフェは私にしがみついて泣き出してしまう。

よっぽど溜め込んでいたみたい。

優しく彼の濡れた頭を撫でる。


「うん。わかってる。知ってるよ。もう大丈夫だよ。コルフェは今まで一人で頑張ったね。これからは私が守ってあげるから」


弱々しい幼い推しにすがり泣かれ、つい守ってあげるなんて大それた台詞を吐いてしまった。

これからのことなんて私にもわからないのに。

でも、モブだった自分にも名前が付いて顔が現れたように、この先も私の手でどうにか切り開いていけるかもしれない。


上手くいくかは別だけれど、漠然としていた中に、新しい未来への可能性……希望が見え始めていた。





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