2人の王子で2人の公爵子息
執務室に響くノックの音と共に顔を上げると、そこには予想通りの人物が入ってきた。
黒髪に、認識阻害の眼鏡を掛けた赤褐色の瞳と目が合う。
「リシウス殿下ライオールはどうでした?」
リシウス殿下は俺のいる執務机に浅く腰かけると、苦笑しながら頬を掻いた。
「ああ。心配なさそうだが・・・その姿で殿下呼ばわりされても違和感しかないな。今はお前がリシウス殿下してるんだから・・・そぅだろう?ジオルド?」
俺は軽く肩をすくめると、左中指に填められた指輪を右指に填め変えた。
ゆっくりと魔力の流れが変わってゆき、眩い金色だった髪が漆黒へと染まってゆく。
「お前のその姿を見ると、私のこの姿は紛い物だとつい思い知るな」
「言ってる意味がわかりませんね。今は姿を交換してるんですから、紛い物も何もないと思いますよ?」
リシウス殿下は軽く肩をすくめると、じっと何か言いたげに見つめてきた。
「何ですか?」
「姿を交換する指輪をしていても、やはり私はお前にはなれないと思うぞ?」
「それは、認識阻害の眼鏡のせいでしょう。眼鏡を外せばまんま俺ですよ」
軽いため息混じりに返すと「いやいや」と否定の返事がさらに返ってきた。
「男の私が言うのも何だが、お前の見た目は美の神の申し子かと信じたくなるな」
「気持ち悪い事言わないでほしいですね。だいたい社交界で、いくつあなたを讃える通り名があると思ってます?最近ではリシウス殿下を密かに愛でる会、なるものがあんですよ?あなたの振りして社交界に顔を出す俺の身にもなってほしいですね」
げんなりして言うと、楽しげに笑いながらリシウス殿下は右中指の指輪を抜いた。
海のような深い青色と目が合う。
「まぁ、そもそもお前の血のように紅い瞳にはなれないしな。交換した姿をみて赤褐色の瞳には驚いた」
「俺は賢者返りですからね。瞳の色だけは魔力に起因してるのでしょう」
「世界を焼き尽くしたと言われる、炎の賢者だったか?」
この世界は、創世の賢者と言われる五人の魔法師が世界を作ったと信じられていて、その賢者の生まれ変わりとされている賢者返と言われる子供が稀に生まれる。
賢者返として生まれると、その属性の賢者の魔法と特性を引き継ぐらしいのだが、災害レベルの魔力で魔法なんて正直使うところがないうえ、俺の場合炎の賢者の証だか知らないが、この血のように紅い瞳は目立つことこの上なく、裏稼業を生業としていた俺としてはものすごく疎ましくある。どうせ引き継ぐのなら闇に紛れるような、もう少し目立たない容姿の賢者であればいいものをと何度がひっそりと思った。
つまり、はっきり言って、迷惑この上ないものだ。
賢者と言う響きに思わず自嘲がもれる。
「どうした?ジオ?」
「いえ、いくら強い魔力を持っていても、俺には炎しか使えませんし、それどころかこれのせいで人生色々あったなと、少し思い出しただけですよ」
ここにこうしているのも、ね。と思うと本当に乾いた笑いが漏れる。
俺はニヤリと嗤うとリシウス殿下を見上げた。
「そうだな・・世界を灰に出来るほどの力はあっても使えないな。というか世界を灰にされたら困る」
「殿下の魔法は水と土でしたね」
「ああ、一応この国は水の賢者の流れを組んでいるからな。私自身もやはり水の魔法の方が扱いやすい」
そう言うと今度はリシウス殿下がニヤリとした。
「まぁ、お前の場合魔法はなくても最強だがな」
「お褒めに預かり光栄ですね。護衛や身代わりも仕事のうちなんでね」
俺は伸びをしながら立ち上がると、執務机を本来の主人へ返した。
「お返ししますよ。これはリシウス第一王子殿下の仕事です」
机の上の書類を見て、リシウス殿下はあからさまに顔をしかめた。
「ライオールの様子をどうしても見たい。と言うから留守番してさしあげたんですよ?」
目を細めて口角を上げると、リシウス殿下は分かった分かったと軽く手を上げた。
「頼むから殺気を放たないでくれ。仕事が出来なくなる・・でも、そうだな、お前に無理に代わってもらったおかげで面白いものがみれた」
そう言うと、思い出したのかリシウス殿下はつくつくと笑った。
「それはよかったですね」
別に興味もないので、早々に立ち去ろうと足を向けたが、何げない一言で俺は何となく足を止めた。
「あんなに見事に転ぶ娘を私は初めて見たよ。前から少し変わった子だと思っていたが」
「一体誰の事を言っているんです?」
「使用人のリズと言う女の子だよ。二カ月前に雇った平民の女の子だ」
二カ月前だと、ちょうどリシウス殿下がこのレイアール公爵邸に移った時期と重なるなと、ぼんやり考えているとリシウス殿下はニヤリと口角をあげた。
「彼女、いつもお前の事を影から見ているぞ。それはもう、食い入るように、な」
「それは俺ではなく、リシウス殿下の容姿を、でしょう」
ため息交じりに額に手を置くと、ふぃに一人の女の顔が脳裏をよぎった。
「リズとかいう女は、茶色い髪と眼鏡のメイドですか?」
リシウス殿下はパラパラと目の前の書類を頬杖しながら「そうだ」と肯定した。
「なんだ、お前も気付いていたのか」
「メイドの存在は気付いてましたよ。ただ、悪意も殺気も感じられなかったのでほっといただけです」
そう言うと、リシウス殿下は僅かに驚いたように俺を見上げた。
「珍しいな。お前が暗殺や仕事以外で女の容姿を覚えていたなんて」
「一応公爵子息ですからね。一通り使用人の人物照会はしてますよ。名前は憶えてませんでしたが」
「私が城に戻ったら困るだろう。今から覚えておけよ?」
「あなたが、ちょろちょろ動き過ぎるんですよ。普通、末端の使用人の名前なんか知りませんよ?」
「まあ、これでも命を狙われてるからな。一人一人の使用人の動向すら気になるということだ。ここは最低限の使用人で助かる」
そう言うと、リシウス殿下は困ったように頭を掻いた。困りたいのはこっちだ。
「それで、話を戻しますが、そのリズとかいうメイドがどうしたんですか?」
「ああ、ライオールの様子を見に行ったら一緒になってな、そしたら彼女、ほどけていた靴紐で見事な転び方をしたんだ」
「・・・それは、どんな転び方したんです?」
「背面から見事な宙返りをする勢いで転んだが・・・何だ?気になる事でもあるのか?」
「いいえ。ただ何となくです・・・彼女今日俺の手袋を拾ったのですが、僅かに魔力を感じて・・それに、どこかで見たような気がして」
俺が顎に指を当てて、僅かに眉をひそめるとリシウス殿下は肩をすくめた。
「魔力持ちの平民だと、彼女の調査書にはあったぞ。お前の方でも調べて身元は確かなんだろ?」
「・・ええ。まあ、そうなんですけど」
「それに、害意や殺意はなかったのだろう?」
「・・・。」
「なら、心配するな。私には最強のお前がいるからな」
そう言って、くったくなく笑うリシウス殿下を前に、ほんの少し、胸がざわりと不快に騒いだが、俺は気付かない振りをして執務室を後にした。
「・・・リズ」
暗い廊下に出て、口の中でその名を転がしてみた。
何故だか分からないが、その名を今後呼ぶだろう。という漠然とした予感と共に、俺は闇に溶けていった。