トレスヴェイン家
鼻息で白くなったメガネを拭いて掛け直すと、何か言いたげな金色の瞳と目が合った。
「・・・姉さま・・」
「いーやーぁ!お説教なら聞きたくないわ!」
私は、両手で耳を抑えると、くるりと背を向けた。
なまじ感情表現がないぶん、高確率で心に突き刺さるのだ。
ましてや、この子はオブラートと言う言葉を知らない。
どこ置いてきたの?オブラート。
シャトーはしばらくじっと見つめていたが、やがて諦めたように小さなため息をついた。
「分かった。姉さまがそぅ望むなら何も言わない」
「シャトー好き!」
私はご機嫌でシャトーに抱きつくと、我が妹は小さく「私も」と呟いた。
可愛すぎる。
「ところで、シャトーどぅしてここにいるの?」
「兄さまに言われて」」
「アーノルド兄さまが?」
「そう・・」
「姉さまはたまに見張らないと暴走するって」
「・・・」
「さっきも、手袋拾うのに風魔法使った」
「・・・」
「姉さまはもっと自覚した方がいい」
そう言うと金色の瞳はじっと私を見つめた。
「それから・・・手袋になるのは物理的にムリだと思う」
お願い。そんな可哀想な子を見る目で見ないでマイシスター。
「姉さまは・・」
「あー!そっ、そー言えばそっちはどーなの?シャトー?何か分かったの?」
シャトーは軽くため息を漏らすと「何も」と呟いた。
「トレスヴェイン家でも、掴めないなんて、敵もさるものねぇ」
私はそうぼやくと、先程集めた枯れ葉を風魔法を使って巻き上げると肥溜めへと運んだ。
トレスヴェイン侯爵家
魔法の恩恵を受けているこの国で、高位貴族にも関わらず領地を持たず、古くより優秀な魔法師を輩出して王家に仕えてきた一族である。現に、アーノルドは王宮に勤めており、次期宮廷筆頭魔法師と誉高い。
ところが、なのだ。
それは表向きの肩書きで、しかしてその正体は、王家直属の暗部だったりする。
私は詳しくは知らないけれど、どうやらその歴史は古く、由緒正しい王家の番犬らしい。
由緒正しい暗部ってのも何か穏やかではない気がするけど、そこは大人な事情ってことで、深く触れない。
暗部なんて血生臭い由緒知ったとこで、うわーって引きそうだし。
とにかく、だ。そんな歴史ある侯爵家であり、王家の覚えめでたいトレスヴェイン侯爵家の長女である私、リズことリザーシャ・トレスヴェインは自他共に認められる、正真正銘のご令嬢。だったりする。
メイド服に身を包み、箒片手に推しである殿下をただによによ眺めているだけではないのだ。
そう、何を隠そう!今回リシウス殿下の護衛というれっきとしたお仕事を暗部として私には課せられているのだ。
決して!断じて!あわよくば声掛けてもらえるかなー?とか、私物に触れられないかなーとか、邪な気持ちはないのだ。