麗しの君
春だ。
人生に春が訪れている。
たとえ世の中の季節が絶賛冬真っ只中だとしても、木枯らしが吹きすさむ寒空の下、鼻を赤く染めて真昼だというのに今だに溶けない霜の上を踏みしめようが、私の人生は、今!間違いなく!春爛漫の嵐が吹き荒れている!
「・・・君は・・いや・・礼を言う」
一瞬の間の後そう言うやリシウス殿下は、私に背を向け颯爽と公爵邸へと向かわれた。
うっわ・・。うわうわぅわあぁぁぁ!
目が合っちゃったよ。ついでに声聞いちゃったよ。
このオキアス王国第一王子であり、麗しの君!リシウス・ド・オキアス殿下と恐れ多くも会話をしたのだ。大事なことだからもう一度言う・・会話を!したのだ!
ことが起こったのは数刻前のこと…
馬で公務に出かけられた殿下が、颯爽と馬からお降りになられ、手袋を外された際に片方の手袋が、するりと落ちたのだ。
それをすかさず、私が拾ったのだ。殿下が落ちた手袋を拾い上げる前に、それはもぅ、目にも止まらぬ速さで!素早く。だって、殿下に土埃が着いたらどーするの。あの美しい御手が汚れるなんて。
「くっっ!なれるものなら殿下の手袋になりたい!」
あの白く長い美しい手!まさに神の手!手だけではない、白く陶器のような肌は滑らかに、深い海の底を思わせる瞳は神秘的で、輝く黄金の髪はまさに金塊のごとし眩さ!
何よりも、微笑んでいる時でさえ氷のような冷たい眼差し!!あー。凍てつきたい。
つまり、だ。神だ。この世に神がいる!
尊過ぎて泣けてくる。
「・・・姉さま」
焦茶色の髪をお下げにし、箒片手に悶え震えていると後ろからやや呆れた声がかけられた。
振り向くと、僅かに金色の瞳を細めた騎士服の少年と目が合う。
「あら!シャトーじゃない!ねっね、今の見た?見てた?殿下と話したのよ!もっかい言うわ!会話を!したの!」
今にも箒に頬擦りしそうな勢いの私に、表情筋の使い方を忘れてしまったような無表情な少年は、こてんと首を傾けた。
「・・・メガネ曇っている・・・」
そう言うと、微かに首を傾けたせいで肩で切り揃えられていた淡い金髪が耳からさらりと零れ落ちた。
あらやだ、かわいい。
寒さと興奮でうっかり白くなったメガネを外し、相変わらず表情は乏しいが、我が妹ながら美人だわーなんて目尻を下げかけるとシャトーはそれはそれは小さなため息をついた。
「姉さま・・人前でメガネを外してはダメ」
「大丈夫よ。今はシャトーと私しかいないし」
そう言うと改めて我が妹の顔をみる。
淡い金色の髪と同じく金色を溶かし込んだ瞳。肌は白くすべらかで、ただ、ほんの少し感情表現が苦手で、いつも読めない表情をしているが、それすらも人形のような美しさが彼女を引き立てている。
うん。迷う事ない美少女。
あれ?今は男装してるから美少年?