魔王登場
「・・・そうか」
そう言うと、リシウス殿下はゆっくりと立ち上がった。
あー。後光が見えるのはきっと私のフィルターだよね?それとも何か?世界に祝福でもされてんの?
とにかく!眩しいの一言しかない。
「ずいぶんと魔力が高いな・・平民にしては高すぎるくらいだ」
「っ・・!!」
メーデー!!メーデー!!会話の雲行きが怪しすぎる!
内心パニックな私に構う事なく、リシウス殿下は私を冷たく見下ろした。
こんな時でも、ブリザードのような瞳に凍てつきたいと思ってしまう自分を一度誰か殴って欲しい。
冷たい視線をじっと私に見据えたまま、リシウス殿下は僅かに目を細めた。
「・・・リズ、とか言ったか?前に、どこかで会っているか?」
心臓が痛みを伴うほど、一度大きく跳ねた。
あれ?これは・・本当にまずいのでは?
緩やかに、冷たい風が二人の間をすり抜ける。
「・・いっ、いえ。私に高貴な方の知り合いはいませんから・・」
「・・・」
なおも無言で見下ろすリシウス殿下の視線に震えと冷や汗が背中を走る。
「しっ、失礼します!!」
これ、本当にヤバいやつだ。顔面造形美こわっ!
視線で腰が砕かれる。死ぬわ!
私は目にも止まらぬ速さで立ち上がると、脱兎のごとく駆け出した。
そんな走り行く私を見つめ「足音がしない?」と、リシウス殿下が目を細めている事なんて、気づきもしなかった。
びっくりしたー。
あんな顔面尊いの凶器、間近で見たら死ぬわ!殺す気か?殺す気だな?というか、私生きてる?実は死んでないよね?
裏庭のさらに人気のない、掃除用具やらなんやらを突っ込んである小屋の裏で、壁に手をついてぜいぜいする。
一つ学んだわ。
推しは供給多過だとしんどい。
「やっぱり、推しはひっそり見るに限るわぁ」
「何をひっそりみるんだい?」
死んだ!本当に今の衝撃は確実に死んだ。
錆きった蝶番みたいにぎしぎしと、それはもうゆっくりと振り向くと、魔王ことアーノルド兄さまがニコニコといい笑顔でこちらを眺めていた。
なんで?
何でいるの?えっ?どーして?
えっ?ちょっと本当に待って欲しい。
どーして、こう次から次へとトラブルが湧いてくるわけ!?厄日か?厄日なのか?
高い壺とか買ったら厄を回避出来るのか?
何このライフポイント0で魔王に立ち向かえ的なシチュエーション。
「普通、勇者が魔王を倒す時だって万全で望むでしょう?」
「・・リズ?さっきから何言ってるんだい?誰が魔王だって?」
「・・・」
兄さまですよ。と、間違ってもここで言ってはいけない。
私は黙ってアーノルド兄さまを見つめる事にした。
「リズ、高い壺を買っても悪い事は起きるからね?」
そこ!?そこから私声出してたの!?やだ、自分こわっ!
「何だその顔。やっぱりそんな事考えてたんだね?」
「はい?」
「うん。何となくだけど、カマ掛けてみただけ」
そう言うと、兄さまはにっこりとそれはそれは美しい笑を浮かべた。
これが令嬢方を虜にする貴公子の微笑みかぁ・・一部では微笑みに倒れたご令嬢もいたとかいないとか。
私も違う意味で倒れそうだ。
ねぇ、壺の下りの辺り、普通カマ当たる?
意識を若干飛ばしかけたが、果敢にも魔王に話かけた私を誰か褒めて欲しい。
「兄さま。どうしてここに?」
「ん?もちろんトレスヴェイン家の嫡男として、また宮廷魔法師として殿下及びレイアール公爵へ機嫌伺いだよ?」
「いやいや。機嫌伺うだけでこんな所にいないですよね?普通」
私がジト目で兄さまを見ると、兄さまは悪びれた様子もなく
「いやー。立派な庭園だったからねぇ、ついフラフラと見ていたら迷ってしまってねぇ。だから僕は今絶賛迷子中なんだよ」
と、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
「・・・」
嘘だ。この魔王がそんな可愛いわけがない。
さらにジト目が深まる私に、本日何度目かの緊急事態が起きた。
「それより。さっきねぇ、ベルタ公爵令嬢とすれ違ったよ」
「・・・」
「そしたらねぇ、すれ違い様に彼女の髪に小さな木の葉が数枚刺さっていたんだよ」
「・・・」
「おかしいだろ?彼女の髪に刺さっていたんだよ?そんな風吹いてなかったのにね?リズ?」
「なっ・・ナンデデショウネ?」
「まるで彼女の周りだけ、突風でも吹いたのかな?」
「・・・ハハハ・・ハ、ハ・・」
もはや何から突っ込んでいいのか分からない私は、目を泳がせて笑ってやり過ごすしかなかった。
ただ一つ、言うとすれば・・
魔王本気でこっわっ!!
震える私をよそに、兄さま少しだけため息をついた。
「だから、シャトーに忠告させたのに。しかし、まぁ、今回は多目にみよう」
私は直立不動で次の言葉を待つ。
動いたらやられる。
「ベルタ嬢に殿下と今は仲を深めてもらうわけにはいかないかなねぇ」
「えっ?どう言う事?」
「彼女が中立派の上位貴族だからだよ」
「・・と言いますと?」
「ベルタ嬢が、殿下と婚姻を結んだらどぅなると思う?」
「殿下にベルタ家と言う強力な後ろ盾が出来る?」
「そうだね。ベルタ家は今は中立派だけど、第一王子と婚姻となると第一王子派に傾かざる得ないだろう?そうなると、ベルタ家は財界に顔が効くからねぇ。ベルタ家の影響下にある中立派の貴族がこぞって第一王子派に傾くとなると、今まで中立派が中和していた状況が、一気に第一王子派か第二王子派かの派閥が顕著になってしまうんだよ」
何それ。もうなんか争いの予感しかきないわぁ。
兄さまは残念な子に言い聞かせるように、目を細めた。
「それにね、正当な王を標す金印がない今、誰が王座についてもおかしくないんだよ。リズ?」
「へっ?何それ?」
続きを促しても、兄さまはにっこりと微笑んで人差し指を唇に当てた。
「はい。今日はここまで」
「え゛っ!!?」
何それ。それ何の思わせぶり?
「それにしてもあの殿下は随分と身軽なんだねぇ」
「・・・」
いやいや。だからどこから見てたの?兄さま?
油断も隙もなさすぎて、もやはホラーなんですけど。
「まっ、そう言う訳で、リズ。僕はそろそろ迷子を終わりにするけど、ベルタ嬢と殿下が仲良くなるのも邪魔するんだよ?」
うわぁ。何か人の恋路邪魔するのヤだなぁ。
それに、あのスカーレット嬢気性が激しいからちょっと苦手なんだよなぁ・・・。
私があからさまに嫌な顔をすると、魔王はこれ以上ないほどの麗しい笑を浮かべた。
「リズ?そんな嫌な顔するもんじゃないよ?それにね、分かっているのかい?もしも、金印も見つからず内戦の気配がしたら、両者の旗である両殿下のどちらかにご退場願わなければならないんだよ?」
風もないのに、緩やかに体温が下がってゆくのが分かる。
「もしも、ご退場願うのが第一王子殿下だった時・・」
「・・・」
瞬きの間くらいなはずなのに、数時間にも思えるほど、濃厚な冷たい時間が流れている気がした。
兄さまは、その麗しい微笑みを崩す事なく、まるで天気の話でもするかのように私に言った。
「その時のお前の役目は・・・リシウス殿下を殺す事だからね?」