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死が、首と胴を別つまで  作者: 谷メンマ
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第一話 僕の名前は

これは別の次元、別の世界のお話。

この世界には、大きく分けて四つの身分が存在する。

一つ目は、王侯貴族。そして二つ目は平民。

三つ目は、やはり奴隷が来る。


地球が誕生してから数十億年、何度も知的生命体が現れては滅んできた。

しかしこの三つの階級だけは、いつの時代においても、どれだけ繰り返そうとも是正されることはなかった。


支配する側と、される側。


しかしそこにもし、その絶対的な構造から脱した特異種が混じったとしたら。


誰しもが生まれた時から身のうちに持っている、目には見えない力。

それはある時代では精神力と説明され、また別の時代では魔力と表現され。


ある人は、それを運命と呼んだ。


そしてそれらの力を自在に操る人間たちを、誰が呼んだか”宿霊者スカラー”。


そしてこの物語は、そんな不思議な力を従え、己の道を切り開くために戦う人間たちの物語だ。



『新編・ラーマーヤナ』



開幕。





「こらラム、あんたまたサボったね!?ほんとに使えない子だわ!」


表の畑から、おばさんの金切り声が聞こえる。

なんでああも、やかんみたいにカンカンなのかは分からないけれど——要件は、なんとなく察せされる。


心の底から込み上げてくるため息を押し殺しながら、僕は体全体で木製の扉を押し開けた。



ここは、コーサラ国南側のさらに南端、中央からは未発達地帯と揶揄されるど田舎”バシュタット”。


そしてそんなバシュタットでも僕——ラム=アリが住んでいるのは、借地での農業を生業とする小作人、半分奴隷のような扱いを受ける彼らが、すし詰めに住まわされる貧困地域。


大抵の小作人は、この地で一生を過ごす。

中央から派遣された領主から取り立てられる悪辣な年貢と、巡回の官吏から振るわれる不当な暴力。


一度体を壊せば、当然医者にかかる金などあるわけがない。

それでも生きるために働き続け、最期はみんなボロ雑巾のようになって死ぬ。


それが、この国の小作人に定められた運命だ。


こんな悪夢のような運命から逃れるための道は、犯罪に手を染めることを除けば主に二つ。


一つ目が、頭脳や腕っ節を認められて中央に士官することだ。


コーサラ国の内地と僻地の格差は酷いもので、辺境地帯が明日の食べ物にも窮しているのに対し、中央にはその分の揺り戻しとして湯水のように金が溜まっている。


とにかくどんな形であれ、王都圏で手に職を付ければ食いっぱぐれることは無いらしい。


僕は今年で十四歳。

年齢だけで言えば、官吏登用のための試験を受けられるようになる年だ。


しかしこの僕には、ハナからそんな道なんて無い。

なぜなら——。



「ちょっとラム!あんたって子は、拾ってやった恩を仇で返すつもり!?……あら来てたのかい。まったく、腕だけじゃなく耳も聞こえなくなっちまったかと思ったよ!」



おばさんの心ない言葉に項垂れた僕の目に、年相応に未発達な両腕の肘から先、力無くだらりと垂れ下がった両腕が目に入る。


僕には、肘から先の腕の感覚がない。

これは、生まれつきのものではないらしい。

どうやら幼い頃、戦火に巻き込まれた時に付けられた傷で、神経が大きく傷付けられたのだという。


……こんな体では当然、中央の官吏などなれはしない。


それなら、もう一つの道は。



「ほらラム、この大俵を山間の納屋まで運んどくれ。……あんたの力を使えば、これくらいはちょちょいのちょいだろ」


「…うん、ナムリおばさん。……ラム=アリの名の下に命ずる。…”偽りの右腕”」


ナムリおばさんの横に置かれた俵へと視線を移し、精神を集中させる。


イメージするんだ。


この腕が、今まさに動き出す瞬間を。


2、3秒間を置いてから、大人一人分はあろうかという大俵が宙へと浮かび上がった。

底面から支えているのは、青なのか紫なのか、どちらとも言えない不思議な色をした誰かの右腕。


ナムリおばさん曰く、僕からは表面は結晶のようにザラついて見えるその腕が、彼女には見えないらしい。


彼女だけではなく、村人の誰に聞いても答えは同じ。

俵が、ひとりでに動き出したようにしか見えないという。


「……じゃあ、行ってきます。ナムリおばさん」


「…ああ、行っといで。……分かってると思うけどね、ラム。納屋の二階には、絶対に行くんじゃないよ」



僕の育ての親であるナムリおばさんの家は、この付近の小作農地では相談役としてそれなりの待遇を得ている。

しかし、所詮は小作人である。

現在向かっている納屋にしても、家から離れた山中に築かれた、簡素な木造の二階建て。


ただし、おばさんに引き取られてから十数年。

納屋の二階には、一度も立ち入らせてもらえていない。

二階の話をすると、いつも釣り上がっているおばさんの目がいっそう険しくなるのだ。


噂では、おばさんの隠し財産があるのだとか。

まあ、そもそも持って逃げる腕もない僕には関係のないことだけれど。


だらだらと適当な考え事をしながら歩いていると、木々の間に寂れた納屋が見えてきた。


一呼吸おいて空を見上げると、太陽はすでに西の山地へとその身を沈めており、森には夜の匂いが漂いつつある。


鍵のかかっていない扉をどうにか足で開き、いつもの場所に大俵を置いた僕は、ふぅと一つ息をついて”偽りの右腕”を解除した。



宿霊者としての僕の能力、”偽りの右腕”。

どれだけ重い物を持たせても、僕自身に重さは伝わらない優れものだ。


ただ小一時間も出し続けると、高確率で鼻血が出るのがタマにキズと言ったところである。



何はともあれ、やっと帰れる。

そうして納屋の外へと足を進めた、その時だった。


「——マ。……ーマ」


誰かに呼ばれた気がした。


いったい誰が、何のためにこの場所で。


いやそもそも、この納屋の一階には僕一人しかいない。

それに、—声の感じからして大人の男だろう—声の主が隠れることができるようなスペースなんて、一階にはどこにもないのだ。


とすると、残っている可能性は。


「……二階に、誰かいるの…?」


遠慮がちにかけたその言葉に、答えるものはいない。


聞き間違いだろうか。

いや、あれは間違いなく人の声だ。


誰かが納屋の二階にいて、僕のことを呼んだのだ。


ゴクリと息を呑んだ僕は、意を決して階段に足をかけると。

入ってはいけないと言われていた納屋の二階へと、足を踏み入れた。



一歩一歩、踏み締めるたびにギシギシと音のなるような、年季の入った板張りの床を進んでいくと。


奥に見えてきたのは、木製の化粧台の上にぽつんと置かれた銀時計。


こんな田舎にそんなものがあるのにも驚いたが、さらに近づいて手に取ってみるうちに。

その表蓋にあつらえられたとある装飾に気づき、僕は思わずあっと声を上げた。


太陽と獅子の紋章。


コーサラ国王家の家紋、つまりはコーサラ国の紋章である。


単なる模造品かとも考えたが、その考えは僕自身の中にある”この国の常識”によってすぐに打ち消される。


この太陽と獅子の紋章は、コーサラ国王家の顔であり誇りと呼ぶべきもの。

これを彼らの許可無く使用することや、こういった物品に刻印することは、国法により固く禁じられている。


それを破った場合の刑罰は、問答無用で火刑。


この国で、よりによって王族の持ち物を偽造しようなどという愚か者はいないだろう。


それじゃあこれは、本物の王印時計……?


とても信じられないその事実に、夢でも見ているかのようにフワフワした感覚の中。


僕はほぼ無意識のうちに、”偽りの右腕”を呼び出していた。


どういうわけか、そうした方が良いと——そうすべきだと、誰かに言われた気がしたから。


そして、”偽りの右腕”がくるりと銀時計を裏返して見せた、まさにその時。

何か今までとは違う感覚と共に、銀時計がパカリと開いた。


「あっ、開いちゃった……うっ、えっ……!?」


その、瞬間。


閃光。風圧。衝撃。鈍痛。


処理の追いつかない僕の脳みそを置き去りに、さまざまな現象が同時に起こった。


その中でも、衝撃で倒れた戸棚や強打した背中の痛みなど、気にならないほどの”異常事態”が僕の前に現れたんだ。


「……お久しぶりにございます、ご主人様。…おっと。私のことは、たしか忘れているのでしたね。……主よ。私のことは、ルディナとお呼びください」


風圧で立ち込めた埃が晴れた時、僕の前に立っていたのは一人の……というにはあまりにも小さく、1匹と数えるにはあまりに人間らしい、そんな生物。


呆気に取られる僕を前に、その小さな男——ルディナは、サラリととてつもないことを口走った。


そしてこの僕とルディナの出会いは、僕の——それにこの国の運命を、大きく変えていくものとなるんだ。



「我が主——ラーマ皇太子よ。……私が現れたことで、あなた様の力は戻りました!…さあ、国取りを始めようではありませんか!!」




























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