01話 殺戮者シリウス
第1章 冒険の始まりは苦労の始まり
「おにーちゃーん、早く起きてー!」
まだ幼い声が少々ホコリ臭い部屋に響く。目を開けると外はすっかり日が登っていた。横には弟のロウがいた。
カーテンを下ろしているにも関わらず、ボロボロなので光が漏れまくり、その意味を成していない。
「ん~~」
僕はあくびをして両腕を伸ばす。
「ほら!もうご飯できてるよ!早くしないとママに怒られちゃう!」
「わかったわかった今行くから。」
そう僕が言うと弟は駆け足でダイニングテーブルに戻る。僕もその後をゆっくり追いかけた。
「あらおはよう。さっさとご飯食べちゃいなさい。」
母は優しい笑顔で言った。ふと視線をテーブルに向けると、そこにはパンとスープ、そして山盛りの果物がバケットに入っていた。
「いただきまーす!」
僕が元気よくそういうと母がこう言った。
「シン、忘れてないとは思うけど今日は職業鑑定する日よ。1時間後に出発なんだから準備しておくのよ。」
「あ!」
すっかり忘れていたのを思い出す。
この世界では16の歳を迎えると、町役場に行って職業を鑑定する義務がある。だいたい人口の6割が平民、3割が冒険者、そして残りの1割は上級職に着くことができる。
「あなたは冒険者を目指してるんだからしっかりと早寝早起きして健康な生活を送らないとダメよ?」
的確だ。あまりに正論すぎてなにも言い返せない。
ともあれ僕は冒険者志望なんだ。そう、祖父との約束があるからね。
バタバタしているうちに出発予定時刻が来てしまった。急いでドアを開け、出ようとした時ふと思い出す。
「あ、危ない危ない。忘れるとこだった」
小さな家が崩れるのではと心配する勢いで急いで角の部屋に入る。そこには祖父の遺品が綺麗に片付けられていた。そして僕は真ん中の入れ物から古びた短刀を手にした。
祖父が生前僕に剣術を教えていた頃、いつも言っていた。
「この短刀はな、わしの1番の宝物なんじゃ。あの世界にいた時のな・・・」
きっとこの剣は、祖父が剣豪として戦場の世界で活躍していた時に愛用していたものだろう。僕は勝手に解釈した。実際、死後に母から聞いた。祖父は世界に名の知れた剣豪だったと。
僕は直接祖父の戦いを見たことがない。なぜならこの辺りは人も少なく、悪行を働く人もいないからだ。ただ1度だけ、引退後に行ったあの戦い以外は。
「じいちゃん、今日は遂に職業鑑定を受ける日だよ。きっと冒険者になってこの刀を譲ってもらう!そして絶対にじいちゃん超えるから!」
気づけば大声でそう叫んでいた。後ろを振り向くと弟が立っている。そしてなんだか恥ずかしくなってきた。
少し恥ずかしい気持ちを抑えながら家を出た。家族全員で見送ってくれた。
「いってきます!」
そう元気よく言うと、時間に遅れないように急いで馬小屋に向かう。
やれやれ、小さな町だと鑑定用水晶に魔法をかける魔術師の熟練度も低いから鑑定可能時間は限られているのだ。
町役場までは馬に乗って40分ほど。時間が無いので全速力で走らせる。残り2キロ地点くらいまで来ると緊張してきた。冷静を保とうと深呼吸する。少し長めの深呼吸を終え、目を開くと目の前から同い年くらいの眼鏡をかけた少年がこちらに向かって全速力で走ってくるではないか。
「うわっ!危ない止まれ!」
僕は早口でそう言い、馬を鞭で叩く。
馬はヒヒーンと鳴き声を上げ、前足を高くあげた。僕は振り落とされそうになるのはグッとしがみつき、こらえる。
少年は少し残念そうな顔でこちらを見てくる。
「おい!危ないじゃないか!何がしたいんだよ!」
僕は怒りを抑えたつもりだったが、実際はどうやら大激怒だったらしい。
「す、すいません!!!!!
実は・・あの、なんと言いますか自殺・・と言いますか・・しようとしてて・・」
気弱そうな少年は声を震わせながらそう言った。だが全く理解できない。こいつは俗に言う馬鹿というものなのか?
「あのですね・・・なんと言いますか・・あ、すいません僕の名前はシリウスです。」
この状況で名乗られても・・名前と性格が釣り合ってないのはさておき、僕は呆れながら彼に聞く。
「それより君はなぜ自殺なんてしようとしたんだ!」
「あのですね・・実は今日職業鑑定の日なんですが・・・」
もごもご言っていて聞き取りずらい。
「実は父上から上級職以外になるようなら家から追い出すと言われまして・・」
確かにそれは酷い話だが自殺の理由にはなっていない。そう思いながら話を聞く。
「どうせ追い出されて餓死するより馬に踏まれて即死できた方が楽かと・・・」
やはりこいつは馬鹿だ。断言出来る。こいつは馬鹿だ。
「シリウス、確かに全速力の馬に踏まれたら即死かもしれない。だがこちらの迷惑くらい考えて貰いたいところだ。
全く・・そもそも家を追い出されるの真に受けるお前もお前だ。仮に追い出されても餓死するとは限らないだろ」
「呆れる」という言葉では表現出来ないほど今に僕はこの少年に呆れている。
「しかし、僕の両親は国王の護衛についていて、祖父は大臣なので・・・」
納得だ。それならば誰もが納得するであろう。なんという高貴な家系なんだ。これは上級職につかないと一族の恥だな。
「ちなみにフルネームを教えてくれないかい?」
僕はどこの貴族か気になって思わず聞いてしまった。
「シリウス・ラスタニカ・クルシュルダ」
僕は腰が抜けそうになった。なんたってここら1番の金持ち一族じゃあないか。確かに豪華な身なりをしている。なんだか申し訳なくて僕のフルネームも教えた。
「シン・ウルフ
それが僕の名前だ。まぁ今回は仕方がないということで・・出来れば仲良くしていこう。」
あー最低だ僕。貴族とわかった瞬間手のひら返し。だがこれは仕方がないことだ。この無礼が知れたら家族全員虐殺なんてもんじゃない。正しい判断だ。
「はは
そんな急に優しくならなくてもいいよ、僕が悪いから。身分は気にせずにいこう。ほら、君はこれから職業鑑定なんだろ?僕も連れて行ってよ!」
なんだか少しイラつくがここで怒ってしまえば待つのは死のみ。丁寧に行こう。
「ああ、そうだね、早くしないと遅れてしまう。急ごう。」
僕とシリウスは馬に乗り、再び全速力で走った。
終了5分前の到着。ギリギリだった。少し駆け足で受付に向かう。
「ようこそ、ご要件は。」
「職業鑑定を2人お願いします。」
そして僕達は奥の小さな部屋に運ばれた。
そこには小柄で可愛い女性が座っていた。
「あら、職業鑑定でいいかしら?」
優しい声でそう言った。
「私は魔術熟練度がまだ低いから細かい能力までは表示できないの。ごめんね。でもきっとあなたに見合った職業を探してみせるわ。
それじゃあこの水晶に手をかざしてね。あなたの身体能力が数値化されて表示されるわ。
最高値は500。そしてそれを元に職業を決めさせていただくわ。」
まずは僕が測った。緊張はマックスまで高まり、冒険者になりたいという気持ちと、なれなかったらという不安で複雑な気持ちだった。
今までの訓練を思い出せ!
十分冒険者になれるまで鍛えたはずだ!
そう心の中で叫んだ。
手をかざすと水晶が青白い光を発光しだした。そして直ぐに数値が表示された。
攻撃力 309
防御力 164
速度 153
知識 43
特殊能力 ドラゴンマスター
評価 B+
なかなかいい数値ではないか?少し安堵した。
なんだかよく分からない能力があるがこれはなんだろうか。
「おー珍しいですね。これは特殊能力と言って、たまに持っている人がいるんです。普通は育った環境が影響するんですが、生まれながらに持っている人もいます。ドラゴンマスターってことはお兄さんの職業は"あれ"一択ですね!」
なんだろう"あれ"とは。すごい気になるがまぁいいだろう。後でわかる。
「次は僕の番だね」
そういってシリウスも水晶に手をかざす。
攻撃力 13
防御力 12
知識 456
特殊能力 殺戮者
評価 A++
これは驚いた。攻撃力と防御力がとてつもなく低いが、代わりに知識量が異常だ。バカとは思っていたがさすがクルシュルダ家。教養はかなりある。
それと特集能力の殺戮者が気になって仕方ない。すごく強そうだ。
まぁおそらくこの知識量なら間違いなく上級職につけるだろう。きっと将来国を動かす権限を持つほどの立場になるのだろう。
僕は再びこの少年に驚かされてしまった。
「これは・・・」
そうとだけ言うとお姉さんは急いでさらに奥の部屋に入っていった。
15分くらいたっただろうか。お姉さんが部屋から出てきた。
「じゃあまずはシンくんからね。あなたの職業は冒険者!その中でも特に難しいと言われているドラゴンマスターよ。」
その瞬間僕は固まった。頭の処理が追いつかない。ドラゴン?ドラゴンってあのドラゴンか?
お姉さんは話を続ける。
「君の能力ドラゴンマスターはドラゴンと意思疎通できる能力。まぁこういう能力だし、扱うのは難しいかもしれないけど頑張って!
あ、来週までに国からドラゴンが1匹届くわ。まだ小さいのがね。その子があなたの相棒よ。」
まだ頭の処理が追いついてないが、まあとにかく冒険者になれたからとりあえずは安心だ。
「そしてシリウスくん、よく聞いてね。まず朗報として、君の職業は上級職よ。あなたの知識量は上級職にふさわしいわ。」
それを聞いた途端、シリウスは泣きそうなほど喜んでいた。
「でもね、君の能力、殺戮者は・・・」
本来なら僕も一緒になって喜ぶべきなのだろう。しかしそれが出来なかった。彼女の表情はどこか澱んでいて、俯いていた。
少し長めの溜めだった。重い口を開き、彼女は言った。
「過去に同じ能力を持った冒険者が、王国に住む民を皆殺しにしたわ。」
それを聞いたシリウスは、つい先程まであんなにも笑顔だったにも関わらず、一瞬で地のどん底に叩きつけられたかのような絶望の表情へと変わった。また僕も膝から崩れ落ち、地面におでこをぶつけた。
彼女の発言からたった刹那程の時間でこの空間にいる誰もが思い出したあの事件。
そう・・・
王国ザビンで一夜にして80万人以上と僕の祖父が虐殺されたあの事件を。