二章 合言葉は人参-2
「トウヤ!必ず、あなたを、殺し、ます!!」
「遅いぞティラ!その速さじゃ、俺を殺せないな」
不器用に走るティラを、俺はパルクールで森を走り駆け抜ける。この世界では体で思った動きが驚くほど器用に出来てしまう。少し振り向くと、ティラが邪魔になってる太い枝をよじよじと登っていた。なんか恋人同士の追いかけっこみたいで楽しいな、まぁ、あの子俺のこと殺そうとしてんだけどね。
「この森に、戻ってきたのは…はぁ、はぁ……よほど私に殺されたいように見えます!」
彼女は息を切らし、肌に汗を伝わせながら呼吸を荒げている。頬に伝う汗と唇がとても扇情的だ、好き。
「そうだとも!早く君に殺されたい、俺を殺してくれ!」
俺は笑顔で彼女にそう伝えながら再び逃げて、崖の近くを走っていく
「逃がしません!」
崖の近くを走っていると、彼女が疲労によってバランスを崩したのか体が横に傾いて崖から落ちそうになる
「きゃ!」
「……!ティラ!!」
当然、俺は高速移動で後ろへと戻り、彼女の腕を掴んで崖から落ちそうなティラを引っ張る。ティラも俺の腕を、小さな手で必死に掴んでいる。もう片方の手には剣を握っているが、彼女は俺を斬ろうとはしなかった
「命の恩人を、殺させないでください……」
「恩義を決して忘れない君が好きだ、胸を揉ませてくれ」
「前言は撤回します!」
彼女が斬りかかってきた剣を、俺は素早くバック転で回避する。彼女の悲しい顔も好きだけどさ、戦いへの血気に満ちた表情はもっと好きだ。
「俺を殺すなら、もっと素早く動くんだな。じゃあな!」
「あ、待って……!」
俺は崖から飛び降りて、そのまま体を浮遊させて遠くへ行く。なんだ、こんな状態で顔を合わせても中々楽しいじゃないか。
翌日になった
ティラは森の草を掻き分けながら俺を探している、俺の姿を見かけると。彼女はすぐに剣を抜くのだ、でも命の恩人にすぐに剣を抜いてしまうのは、俺が簡単に死なないだろうという信頼もあるんだろうな
「トウヤ!」
「シーッ、赤ん坊が寝てる」
俺はその時、魔物であるキマイラの赤ちゃんが泣き叫んでいたので、無敵のシールドを貼りつつダメージを受けないようにしながらなんとか泣き止むのを待って抱っこして。ようやく泣き止んだのを草の上に倒し寝かせていたところだった、赤ん坊が寝てると伝えると、ティラはすぐに剣を鞘に収めて。囁き声に変わり
「失礼しました……静かにします」
「見ろよ、可愛い寝顔だ。たとえどんな種族でも、赤ちゃんは可愛いもんだな」
俺が座りながらじっと眺めていると、ティラも横で座って俺の顔を覗き込み
「……魔物の赤ちゃんも、野蛮な人間は躊躇なく殺し、毛皮を剥ぎ取ります。そのことについてあなたはどう思いますか」
「なに?許せないな、俺だったらこんなに可愛い赤ちゃんを傷つけたりしない。そんなことした奴の皮を剥いでやる」
ティラは少しだけ微笑んだ表情を浮かべたが、そのあと真剣な表情を浮かべて俺に詰め寄る
「あなたが血を捧げれば……この森の魔物達も助かるのです。おとなしく私に殺されてください」
「だったら早く殺してくれよ、俺は攻撃しないからさ。待ってるぞ」
それを聞くとティラは戦意を喪失したのか、文字通り一歩引き下がる
「なぜあなたは、攻撃しないのですか……」
「本当に強い男は必要の無い暴力は振るわないものだ、それに俺はただ君と一緒にいたいだけ」
「そうですか……」
何だか今日は彼女も魔物の赤ちゃんの寝顔を見てしんみりしちゃったからあんまり戦う気にならない。俺は静かに高速移動をして、その場を去った。
「トウヤ、あなたは……あれ?もう行きましたか……」