一章 出会いの森-6
森の中心の大木、その下に存在する森の中でも最も大きい洞穴。主はこの中にいる、森の集会で大勢と来ることはあったが、一人でここに訪れるのは初めてなので少し緊張してる。私は元々ボアーが好きではないのだ。おそるおそるその洞穴へと歩み寄り
「ボアー様!ラビットナイトのティラです。お呼びかけいただき、光栄です」
洞穴の奥の方で、ズルズルと蠢く光沢めいたボアーの皮膚。洞穴に押し込まれたかのようなその巨大な体は私の声に反応して、外から差す光が彼の鱗を纏った皮膚を映し出す。巨大なその体の頂点で、首がゆっくりとこちらに近づく。巨大な蛇の頭が。
ボアーはこの森の世界樹の根に繋げられている大蛇だ。この世界を支配する神獣の一人。他にもいくつかの神獣がいるみたいだけど、私は他の神獣には興味がない。私の人生はこの森で完結するのだから。
「ティラぁ……よく来た」
「ボアー様の呼びかけであればいつでも、どういったご用件でしょうか」
「お前に来てもらったのは他でもない、世界樹の根を伝ってこの森を眺めていた。この使命を果たすにはお前が間違いなく適任だ……」
ボアーは巨大だが細い舌を震わせ、口元で舌なめずりしながら私に伝える
「あの膨大な魔力を持つ、人間の男は分かるな?」
その問いかけに対し、私は少し動揺した。人間に接しすぎたことを叱責されるだろうか。つい身構えてしまう。
「……分かります、彼が何か」
「私はこの森で起きる現象を全て把握している!どうやらあの男はお前を大層気に入っているそうじゃないかぁ……!!奴が何者かは私もよく知らんが、私は奴に大変興味がある……」
「では……彼をここに連れて来ましょうか?」
「あぁ、ぜひそうしてくれ」
巨大な目をこちらに近づけて来ながら、囁くようにボアーは伝えてきた
「奴の心臓を」
私は息を呑んだ。ボアーは当然、彼と交流を行いたいというわけではなかったのだ。ボアーが興味を示すのは彼の力、彼に多大な力を与えているその血だった。
「……出来ません、彼は私の命の恩人です」
「ティラ、ティラ!奴は人間だ!歴史の中で人間は魔物にどのような所業を行なって来たか分かっているのか!?命を救われたからなんだ、人間は利用し使い捨てろ、彼らが私達の同胞をそうしてきたように……!」
「ではその心臓を……どのようにするおつもりですか」
「私が食う、すると奴の魔力が私の体を伝って世界樹へ巡っていく。そして世界樹の植物を食した魔物達は奴と同等の魔力を得るだろう……!そうすれば人間はすっかり魔物に対抗出来なくなるぞ!ティラ、お前が我々を救うのだ!」
私の種族を全員救う、この私が。
魔物の中でもラビットナイトは強さとしては下と見られていた。ふと彼の言っていたことが頭をよぎる。「俺はレベルが999ある、それに対して君のレベルは4だ」と。あの時はあの数字の意味を理解していなかったが、あの数字はおそらく強さを意味していたんだろう、レベル4。きっとすごい低いんだろうな。だけど、私にしか出来ない事がいま訪れた。私に好意を抱く彼を殺すのに適した者は、確かに私だろう。
「お前の心に従いたまえ、だがお前の父と母は人間に殺された。もし天国にいるとしたら喜ぶぞ?お前は人間を全て殺戮し魔物達の救世主になりえるのだからな……ティラ、どんな手を使ってでも構わん。奴の心臓を私にくれ……!」
「……時間を、ください」
「あぁ待っている、待っているとも……ティラ……」
私にそれを伝えてから、ボアーは再び頭を洞穴の闇の中へと覆い隠していく。