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五章 支配者-15

薄暮が迫る。決戦の時が来た


城に用意された円形闘技場の観客席には、席を埋め尽くすほどのサンディードの民達が押し寄せている。

こういう人混みが多いイベントというのは慣れない、そもそも俺もティラも人混みが苦手な人見知りカップルなもんだからこういうゴチャゴチャした状況に慣れてない。細身のティラにこの状況でナンナを抱かせるのは心配なので、一時的に俺が片腕でナンナを抱き上げていた。そんな中、少し苛立っているロランスはずいずいと前へと進んで空いている席を指さす


「早く来てよ!ここ空いてるわよ!」

「ティラ、空いてるって!ほらこっちに」

「は、はい!」


俺は片手でティラの手を引っ張りながら、ロランスが指差した席の辺りに横一列に座る。ロランスはまだ怒っているので腕を組んで足も組み、不満げな顔を


「なあロランス……そもそもホリスのお願いなんだ。時間が止められるからって、試合中助けないでくれってホリスが言ったんだ」

「だからって、ホリスが勝たなきゃ世界破滅の予言を防ぐ手立てが失われるのよ!何より、私の恩人なのに……」

「これは……家族の問題で、男の戦いなんだよロランス。邪魔したらダメだ」

「ふんっ、男の戦いって本当バカみたい」


ロランスはふと闘技場の塀の辺りを見渡す


「……トウヤ、あなたの力で闘技場に狙撃手がいないか見られる?」

「ああ、確認できる。すでに弓矢を持った兵士が5人、塀に立っているのが確認できるぞ。密かにホリスを狙撃するだろうな」

「な……まさかあなた、そいつらも放っておこうってんじゃないでしょうね!?」

「そんなわけねぇだろ、ちょっと待ってろ」


俺は抱いていたナンナをティラの腕に戻すと、タイムスピードを使って時間を停止させる。体を浮遊させて闘技場の塀にいる兵士達に向かって宙を疾走する。魔法のワイヤーで奴らの体をぐるぐる巻きにして動けなくすると、俺は自分の席に戻った。アヌバスが何か卑怯な手を使うことは想定済みだった。これで卑怯を使えないようになったから、あとはホリスとアヌバスの純粋な一騎打ちによって運命が決まる


「お待たせ、そいつらは動けないようにした。これ以上は俺はホリスに手助けしない……」

「そう……」


闘技場の扉が開き、ホリスとアヌバスは向かい合う形でゆっくりと闘技場の中心へと歩み寄る。向かい合い見つめるその目付きは憎悪とも尊敬とも付かない複雑な表情を浮かばせ、剣がすぐ届く距離まで二人は歩み寄り対峙すると、観客席から歓声と雄叫びが上がる。だがその多くは、ホリスの復活を讃えるものであった


「ホリス!ホリス!ホリス!ホリス!」


その歓声をアヌバスは顔を上げながら聞き入り、憎しみを噛み締めるような笑顔を浮かべながら口を開いた


「多くの民が貴様を讃えている……俺ではなく。どいつもこいつも俺の言うことを聞かない、俺を愛さない腑抜けばかりだ……貴様を殺し、誰が国王にふさわしいか分からせる。俺は、この国全てを必ず支配してやる……!」

「兄さんは、僕の父と母を殺した……この罪、死を持って償え……!!」


二人は闘技場の歓声が止むまでただ見つめ合った。

そして歓声が止むとほぼ同時に、二人は腰に付いていた鞘から剣を引き抜き同じタイミングで首に向かって剣を打ち振るう


「ぬぅん!!」


打ち振るわれた剣は闘技場の中心で激突する。アヌバスの剣がホリスの剣を腕力で弾き飛ばすと、アヌバスはすぐさま体をその場で回転させながらジャンプし、剣をホリスに向かって振り下ろした


「ぜやああああ!!!」


だが大振りなその攻撃に対しホリスの動きは冷静だ、その場に前転しアヌバスの体の下を回転しながらくぐった後すぐ振り返り、剣をアヌバスの背中に目掛けて振り立てる。だがアヌバスは着地と同時に剣身を背中に添えて振り立てられた剣をガードし、すぐにホリスに向かい合って対峙すると連続した剣撃を互いに打ち放つ。互いに剣を振り乱し、剣身を受け流し、首を切ろうと振られる剣を軽くしゃがんで回避し、まさに実力が拮抗した剣と剣の打ち合い。

兄は少し後ずさり、駆け込む弟の姿を見ると口元を歪ませほくそ笑むと。地面の砂を蹴り上げて砂の飛沫を弟の顔に向かって巻き上げ目眩しをする


「ぐッ……!」

「お”ぉらああぁ”!!」


兄は目眩しで動揺したその瞬間を狙い、背を屈めて剣先をまるで槍のように突き立てると弟の体目掛けて突進した。だがホリスもすぐに横へと体を走らせ回避し、剣身がホリスの腕を掠める。ホリスは腕に軽い切り傷を負うが、動揺することなくすぐに剣を構え


「兄さん、小さい頃の戦い方と……まるで変わっていないな」

「お前の剣の実力は本物だ。俺はお前に勝つためなら、どこまでも卑怯で残忍になるしか無かったんだホリス。この気持ち……お前に分かるか!?」

「兄さんの悲しみと辛さをこの身で受けられるならそうしたいとも……だが兄さんは父と母を殺した。だから兄さん、貴様にかける情けなど一欠片も無いッ!!」


互いに歯を強く噛み締め、汗に滲む手で剣を強く握りながら復讐に溺れる怒りに身を任せ兄弟で殺し合う。

夕日に照らされる砂地に殺し合う二人の剣と剣の打ち合いの影が闘技場に大きく広がっていた。何度も打ちつけられる剣と剣を叩きつけ合う金属音、まるで鋼のように強固な覚悟を秘めた男二人が硬い意志をぶつけ合うように、俺達はその兄弟の意志の衝突をただ見守った。

だが兄の剣が、弟の剣を弾くと同時に脇腹を掠め、剣を引くと同時に鋭利な剣身がホリスの脇腹を引きずり。ホリスは負傷する


「ぐがぁ!!」

「ホリス!!」


思わずロランスは叫んだ。当然これで怯むホリスではない、強く地面を踏み締め剣を振るおうとするが。次は脇の下を軽く剣で引き裂かれてしまう


「が”ぁ”あ”!!」

「ハッハハ!!」


傷つく弟を見て兄は高笑いをした。連続する剣撃に対し、負傷したホリスは剣でその攻撃を何とかガードすることしか出来ない。無慈悲な兄の剣は、何度も剣を受け止めていたホリスの脚が震えて怯むと同時に。ホリスの太ももに剣を突き立て、突き刺した


「ぐあああ”ーー!!」


その悲鳴に俺も動揺した。俺のセブンスセンスは悲鳴に反応する、彼を助けることは出来るがそれは彼の約束に反することになる。彼の悲鳴があまりに悲痛で俺は隣にいるティラの手をつい強く握りしめてしまった、ティラも不安げな表情を浮かべながら俺を見て、手を握り返してくれる。

太ももを負傷し、その場に膝を付いて崩れ落ちるホリス。そこにアヌバスはゆっくりと歩み寄っては、剣をゆっくりとホリスの首に添えた


「俺が……俺がこの瞬間をどれほど待ち望んでいたか……!俺の嫉妬、憎しみ、怒り。全てこの瞬間のためにあったのだ。ホリス、城を支配するのはこの俺だ……!」


アヌバスは剣を振り上げ、その剣でホリスの首を一気に落とそうとしている。俺は歯を食いしばりただ耐えた、助ける事も出来たが耐えた


「ホリス……!」

「トウヤ!早く時間を止めてホリスを助けに行って!!」


俺は無意識のうちにセブンスセンスを力強く発動させてしまっていた。殺意を検知するとセブンスセンスは強く反応する、アヌバスの剣はついに振り下ろされ、ホリスの首に向かって真っ直ぐに振るわれていく。俺はその動きをゆっくりと、まるでコマ送りのようにゆっくり見えてしまう。俺は迷ってしまった、助けるべきかもしれない。ホリスが死ねばナンナは家族を失い、サンディードは悪の支配下に。助けない理由は無いがホリスは決して俺に手は出さないように伝えていた。俺はコマ送りのように振られる剣を見ながら、既にホリスをどう助けるか考えてしまった、時間を止めて近づき、振られる剣の向きを変えるべきか。もうあの場でアヌバスの首を折るべきか、ホリスを抱っこして飛び上がりこの場から逃げ出すか、迷いと考えが俺の頭を急速に巡る中。俺はセブンスセンスで視力を強化させホリスの顔を見る

すると、俺は途端に安心した


「……なんだよ、大丈夫じゃねぇか」


いつも冷静なホリスの表情が、まるで何か上手くいったと言わんばかりにほくそ笑んでいた。

そして首に向かって振られる剣を、ホリスは腕を上げて自らの鍛えられた二の腕で受け止めたのだ


「なにッ!!」

「うぉおおお!!」


ホリスは雄叫びを上げながらアヌバスの顔面に目掛けて頭突きをした。怯むアヌバス、ホリスは負傷した両脚で力強くその場に立ち尽くすと。怯んでいるアヌバスに目掛けて素早く剣を振り下ろした


「は”!!」

「う”あ”ああぁあああ!!」


ホリスの剣はアヌバスの腹部を力強く斬り裂き、血の飛沫が地面の砂に舞う。ホリスは続けてアヌバスの二の腕と腰を剣で引きずるように引き裂き、自らの剣を兄の血で染め上げた


「が”あ”あぁああぁ”…!!」


アヌバスは血にまみれ、まだ死んではおらず砂の上にその身を投げ出した。仰向けに倒れるアヌバスの顔に、ホリスの剣先が突き立てられる


「終わりだ、兄さん……!」


兄は口から血を流し、剣をその場に落としながら手を上げて仰向けのまま降伏した


「ホリス、た、頼む……!俺には妻がいるんだ……!こんな国は貴様に渡す、許してくれ……!」


剣を握るホリスの手は震えていた。ホリスは怒りに肉体が痙攣を起こしていたが、一際深いため息を付いて怒りを抑えつけると


「兄さんの心が変わるまで、牢獄で生かしてやる……!僕たちの戦いは、これで終わりだ」


握っていた剣をホリスは腰の鞘に戻し、倒れる兄に背を向けた。兄は顔を両手で覆うようにして情けなく泣いていたが、やがてその口元は邪悪に歪み、地面に落としていた剣を再び握りしめて立ち上がる


「クハハッ……終わりではない……ホリィイイイイイイイス!!!!」


兄は雄叫びを上げながら背を向けているホリスに向かって剣を振りかざし突進する。

だがまるでそれを見透かしていたかのようにホリスは鞘から剣を引き抜き、背後に迫るアヌバスの首に目掛けて剣を打ち振るい。肉が裂ける音がした


「が、かは……」


アヌバスの首から血が吹き出し、飛沫を上げ舞う血がホリスの顔に飛び散る。ホリスはただその血を顔で受け止めていた。立ち上がっていたアヌバスはゆっくりと倒れ、絶命した。ホリスは剣と体を兄の血にまみれさせながら勝利した。

戦いを終え、ホリスは剣をその場に落とし膝を付いて命を落とした兄の顔を眺めた。ずっと覚悟を決めた険しい表情のホリスの瞳は動揺に揺れ、目眩がしているかのように体を揺らしている。歯を噛み締め、自らの兄を殺した余韻を噛み締める。

それは兄を殺した悲しみなのか、それとも復讐を果たした喜びなのか、どちらとも分からない咆哮がホリスの口から絞り出された


「う”お”ぉ”お”お”お”おおおおおおおおおおお!!!!」


だがその咆哮は、戦いによる国王の決定に歓喜する観客達の歓声に掻き消されてしまう


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


彼の復讐を最後まで見届けた俺は、喜んでいいのか分からずただ凄惨に広がる血に濡れた殺し合いの末路をただ虚しく眺めていた

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