五章 支配者-11
時間を止めている夜の砂漠をホリスを抱っこしながら浮遊している俺は少し物思いに耽りゆっくり滑空した、親殺しの兄を殺すという覚悟を決めた弟の心の内は果たしてどのような色をしているのか、昼の砂漠のような耐えがたく燃えるような橙色の怒りに染め上がっているのだろうか。それとも今見下ろしているこの夜の砂漠のように、肌に冷たく触れる風と共にただ静かに感情を抑えつけ使命のために殺しに向かうという静かな怒りを込めているのだろうか。王位継承の権利を持つこの少年の表情は態度は冷静で透明感があり掴み所が無いように見えるが、あの城での口論。あの時怒りを露にした彼は非常に人間らしく見えたな。
時間を止めているので表情を止めたままの彼の覚悟を決め続けている少年の顔つきは陶器のように端正に思えた、いや陶器というよりもあれだ。マンガの美少年といった感じ、ただこの世界はゲームを具現化した異世界なわけだけでも怒りに身を任せた彼の叫びは非常に人間的に思えて、当たり前の事だが俺は生きている世界にいるのだと感じた。
砂漠を見下ろしセブンスセンスで気配を察知しつつティラとロランスが待っている場所を探すとすぐに気配を見つけた。傾斜のある砂丘の下で隠れるように座り込んでいたのだ、俺はゆっくりその近くに着地し、ホリスの体を降ろし地面の上に立たせてからタイムスピードを解除して挨拶をした
「ただいま、戻ってきたぞ」
「あ、お帰りなさいトウヤ」
ティラは腕に抱いているナンナを揺らしながら俺を見て微笑む。ホリスは時間停止が解除されると同時に地面に立たされていたので、バランスが取れず少しよろめいていた
「おっとと……いきなり時間が動き出すと少し驚くものだな」
ロランスは魔女の杖にもたれるようにしながらティラの胸を眺めて
「さっきまでナンナが泣き止まないから、ティラのお乳を吸わせてたのよ」
「そうなのか?でも、いまは魔法をかけてないから母乳は出ないはずだぞ」
「母乳は出ませんが……ナンナは私の胸を吸うと落ち着くみたいです」
「なるほど、その気持ちは俺もよく分かる」
普段冷静な表情のホリスだが、ティラの腕に抱かれてるナンナを見ると微笑み着ているコートの内ポケットから何かを取り出してしゃがみ込んだ
「ナンナ、これを覚えているか……」
内ポケットから取り出されたホリスの手にあるのは、蝶々の形をした飾り物、髪飾りだった。おそらく王族の髪飾りだろうが、宝飾はあまりゴテゴテしておらず控えめで上品な雰囲気を漂わせる髪飾りだ。何となく気になって俺はその髪飾りについて問いかける
「ホリス、それは……」
「……母の形見だ。王子として恥ずべきことだが、兄さんの部屋の机の上に置いてあったのでくすねた」
なんだかその髪飾りを部屋から奪ったことに後ろめたさを感じているようなので俺は答えた
「なぁに恥ずべきことではない。兄さんは君から全てを奪ったんだろ?その髪飾りを一つ奪ったとしてなんだ」
「……そうだな」
俺の返答にホリスは自嘲的に笑う。ホリスはその蝶々の髪飾りを、ナンナの1歳にしては長く伸びた髪につけると、ため息を付いた。俺は好奇心で質問した
「その髪飾りは……何かホリスにとって思い入れがあるのか」
「兄さんの腕を見たか、兄さんの腕には父の形見である黒魔術の刻印が刻まれた腕輪があった、あの腕輪は太古から力の象徴として祀られていた腕輪らしい。それに対しこの蝶々の髪飾りは、調和を意味する。混沌の時代の中でも蝶のように自由な心の広さを持ち、理想と夢を忘れるなという。ナンナにはあの腕輪よりも、この髪飾りにふさわしい女性になって欲しい」
「そうか……」
ナンナを眺めるホリスの表情は珍しく穏やかだ、いつもはいつ殺されるか分からないというような険しい表情を浮かべ続けている。そんな優しい王子の顔を見ていたが俺はアヌバスの口約束がどうも気になった、アイツは王子が復活した事を国中に知らせると言っていたが、アヌバスは親殺しの卑怯者だ。素直にホリスの名前を広めてくれるだろうか
「アヌバスは、ちゃんとホリスの名前を国に伝えてくれるんだろうな……?」
「わからない。不本意だが兄さんの言う事を信じなければ」
不安を感じる中、俺のセブンスセンスが広い砂漠の中で悲鳴を察知した。俺は眼をトカゲのように鋭く光らせ、気配のする方へ意識を傾ける。すると悲鳴をしている者達の姿が赤いモヤのように見えてくる。ホリスは俺に問いかけた
「どうした?」
「遠くで助けが聞こえる。商人のような男が6人……多分サンディードの城下町の民だろう。細長い巨大な魔物に襲われているぞ」
「それは多分イーターワームだ、夜になると音に反応して動きが活発になる人食いミミズだ。助けに行くんだろうトウヤ?」
「あぁ……だが少し考えがある」