五章 支配者-10
そのあとティラの故郷の森で、しばし水分補給と食事して休憩した。長いこと森に住んでたから食べられるキノコや植物はもちろん理解していたので仲間と一緒に食べ。ポータルの座標を頼りに先ほどの砂漠にポータルを開いて、セシルに「またねー」と手を振られ見送られながら俺らは再び砂漠へと戻る。
サンディード王国の首都である城下街を目指し、俺らはしばらく砂漠を歩いた。水と食べ物が力を与えてくれたのか砂漠の長距離の歩行も少しも音を上げる事なく歩く事が出来た。元々ホリスとロランスはこの国の出身ということで砂漠に慣れているということもあるだろうが。
歩いているうちにすっかり夜になった。砂丘の坂を少し登ると、そこから砂漠に広がる城と街を見渡すことが出来た。ここがサンディード王国の城下街。ホリスの故郷であり、ホリスから全てを奪い裏切った兄が支配している街だ。俺たちは砂丘に立ち、横に並んで城を見渡した
「さて、じゃあ何から始めるよ?王子」
「ただ兄さんを殺すだけじゃダメだ、再び国を取り戻すためには僕が復活したことを知らせなければ……」
「だがどうやって国中に伝える?」
ホリスは俺の隣に立ち、腕に手を添えて俺の顔を見上げた
「トウヤ、お願いがある。君は空を飛べると聞いた、それも時間を止めるように素早く」
「あぁ……そのくらい余裕だが」
「あの城の最上階にきっと兄さんはいる、兄さんに僕の顔を見せて、今夜はまず兄さんを驚かせてやろう。そうすれば城には僕が生きていたという噂が広がるはず」
なるほど、まずは邪悪な兄に弟が生きていたと知らせることが大事だ。俺は頷きながら話を聞いてたが、冷静なホリスが少し不安げな表情になりながら俺に話してきて
「あと……僕と兄さん、二人だけで話したいんだ。僕はこれから兄さんを殺さなければいけない、だからせめて、今夜だけでも。家族として一緒に話したい」
確かにそうだ、ホリスは両親を兄に殺され国から逃げてからずっと兄に対する積み重ねた思いがあるはず。常に覚悟を決めていた彼の表情の裏に、俺は彼の寂しげな感情を読み取った。
ホリスと二人で俺は城の最上階へと飛んで向かう事にして
「皆は少し見つからないように隠れててくれ!俺とホリスは、アヌバスに会ってくる。大丈夫すぐ戻るよ」
「ええ、わかりました」
ティラはナンナを大事そうに抱きながら頷いた。俺にとって一番大事なのはティラだから、セブンスセンスは常にティラの安全を守るよう研ぎ澄ましているのでどんなに遠くにいても、危険が迫ればすぐに気配を察知し時間を止めて飛んで助けに行くことが出来る。だから離れていても大丈夫だ。
ホリスの精神力は大人以上に頑丈だが体は14歳の子供だ。俺は彼の体を軽々と抱っこしながら、誰かに見つからないようタイムスピードで時間を止め、空を飛び城の最上階へと一瞬で飛んでいく。
しかし砂漠の城下街の街並みは美しかった、あちこちの店や家がカラフルなランタンで照らされており国中が歓楽街のような色鮮やかさだ。街を見下ろしながら空を飛んで、俺は城の最上階のバルコニーに降り立ち、窓の近くでホリスを降ろした。そこでタイムスピードを解除するとホリスは驚いた表情を浮かべ
「うわっ、本当に一瞬なんだな。驚いた……」
「へへ、俺はすげぇだろ?城の中をセブンスセンスで見たが、最上階の部屋の中にいるのはどうやらアヌバスただ一人のようだぞ」
「兄さんは部屋の中に自分以外の人を入れるのを嫌うんだ……トウヤ、二人きりで話してくるよ」
「ああ、気をつけろよ。危なくなったらすぐ助けにいく」
ホリスは真剣な面持ちで俺に頷き、窓から部屋の中へと入っていく。
部屋の中ではホリスの兄であるアヌバスがワイングラスに入った青色の飲み物を飲みながら窓から街を見下ろしていた、何の飲み物かは分からないが未成年だからアルコールでは無いそうだ。ホリスはアヌバスを睨みながら、彼の後ろをゆっくりと歩き、そして窓から街を眺める彼に話しかける
「兄さん、国王になった景色はどうだい」
後ろから話しかけられた弟の声に、アヌバスは動揺することなく外を眺めながら話し始める
「戻ってくると、思っていたぞホリス……家族が全員死んだら流石の俺も寂しいからな」
アヌバスは振り返り、自分に憎しみの目を向ける弟に対して薄ら笑いを浮かべながら見つめている。ホリスはあまりの怒りに落ち着かないのか歩きながらアヌバスを睨んで話し続け
「復讐のために戻ってきたぞ兄さん……偉大な父と母を殺し、恩師である執事を殺し、僕を慕っていた王族達を全員殺した……!アヌバス、僕は絶対にお前を許さないぞ……!」
「ホリスよ……随分下らぬ理由で戻ってきたものだ。俺らの父と母が偉大だったと?笑わせる!父は王位継承などと下らない理由で俺たちを争わせるよう仕向け、母はお前にだけ愛を注ぎ続けた!城の連中はみんな、お前を慕っていた……この俺ではなく、お前をだ!」
怒鳴る声に対し、ホリスは立ち止まって兄を睨みつけた。アヌバスは窓から外を眺めながら続けて話していく
「それに俺は国のやり方もずっと生ぬるいと思っていたのだ……サンディードは古代から黒魔術の研究を続けてきた歴史ある魔導国家のはず。それを父は、あろうことか黒魔術は危険と判断し研究結果を遺跡に沈め、なぜか生き残った魔女に媚びを売り始めた!」
「父は黒魔術の危険さを知っていたのだ。そして魔法を正しく使うために魔女の知識を求め、彼女達を保護した。父はいつも正しかった。兄さんは父が国の安全のためにどれだけ努力していたか分かっていない!」
「その黒魔術の力さえあればこの国はもっと強く、強力になれる!スカイアなんぞ支配下に置けるほどの力をな!忌々しい権威主義の天空王国め……」
アヌバスは空を睨みつけながらグラスの飲み物を飲み下す
「貴様はずっと城にいたが街を見たことがあるのか?父は調和と平和を求めていた……聞こえはいいが、”王族にとって”の調和と平和だ、庶民のためではない。街の貧困には見向きもしなかったよなぁ?ひどいもんだったぞ、裏路地では砂漠の熱にやられて野垂れ死ぬ市民がいた。父はずっと貧しい民に対し、見て見ぬフリをしていたのだ。だが貧しい人達は……ひとたび話せば俺を王族と知っていながら、優しく迎え入れてくれた。俺をずっと除け者にしてきた城の連中よりもな。俺はそんな貧しい奴らにとって、理想的な国を作ることを決めたのだ……!」
「だからって、野蛮な盗賊に地位を与えるとは……それに僕らは、兄さんを除け者になんてしていない。僕と兄さんは違っただけなんだ、兄さんが殺した王族の中には。兄さんの勇敢さを尊敬していた人もいたんだぞ!」
「尊敬などしていたものか!貴様には……俺の苦しみなど分かるはずがない。お前はいつも上だった、そして俺はいつも劣っていた!この苦しみ……貴様に分かってたまるかよ……!お前のその曇りなき覚悟を決めた目を見つめていると、俺はたまらなく嫉妬の情に駆られる……やはりお前はあの夜、父と母と共に早めに殺しておくべきだったぞ!!」
そう告げられると、ホリスは歯を食いしばってからアヌバスに怒鳴る
「ああそうとも……殺しておくべきだったな。この汚れた親殺しめッ!!すぐにでも兄さんの首を斬り落としたいが、今はまだその時ではない……僕の復活を城中に伝えろ、そして明日の夕刻に会いにいく。決闘だ兄さん、どちらが国の王にふさわしいか、決めようじゃないか!!」
怒りに震える弟に対し、兄は歯を見せながら邪悪な笑みを浮かべ。血に飢えた獣のような目つきで弟を見下ろす
「そうだホリス……お前の、お前のその怒りの顔が見たかった……!誰からも愛されていたお前が、全てを失い、我を失うほどの怒りと復讐に狂うその顔が……!いいだろう、お前の復活を国中に知らせる。そして俺とお前……どちらが国王にふさわしいか決めるのだ。明日、俺とお前の殺し合いでな!」
アヌバスは昂ぶる感情に身を任せてグラスを床に投げつけた。だがその音と同時に、部屋のドアがゆっくりと開く
「アヌバス……大丈夫……?」
ドアから気の弱そうな女性が部屋を覗き込んだ。鬼のような表情を浮かべていたアヌバスは、途端に穏やかになり焦りの表情を浮かべる
「パーネル、この部屋には入るなと……いつも言っているだろう」
「ごめんなさいでも、すごい怒鳴り声がしたから不安で……」
パーネルと呼ばれたその女性は駆け込むようにアヌバスの隣へ移動すると、アヌバスは片腕で彼女の体を抱きしめる。その様子を見ると先ほどまで怒りの感情に溺れたホリスの顔に動揺が浮かぶ
「兄さん……その女性は」
「パーネル……俺の妻だ。貧しい酒場の娘で、毎日必死に働くその姿に俺は恋した……俺はパーネルを王妃として迎えるつもりだ、この国で初めて王族の出身ではない王妃となる……」
優しい面持ちでアヌバスはパーネルを見下ろす、パーネルは不安げな表情を浮かべながらアヌバスの肩に甘えるようにすり寄っていた。ホリスは唇を噛み締めて、その場を後にしようとする
「僕の復活を国に知らせておけ、明日また会おう」
そう言い残し去ろうとするが、アヌバスは声を上げて引き止め
「待てホリス!……ナンナは、生きているのか」
「……あの子は生きてるよ。今はあの子が、僕の全てだ」
「そうか……滝から落ちたと聞いた時、ナンナが生きているかどうかだけが、ずっと心配だった」
ホリスは振り返り、アヌバスに向き合いながら話す
「今ならまだ間に合う。ナンナのためにこの国を捨て、僕たちと、そしてパーネルと一緒に遠くに行こう。国は他の王族に引き継がせればいい。僕らは戦わずに済む」
「ダメだホリス……分かっているだろう。俺はもう、後戻りの出来ない決断をした」
ホリスは顔を伏せるように俯いてから、すぐに覚悟を決めた表情を浮かべてアヌバスを睨み
「兄さん、明日殺しに行くよ」
「ああ、ホリス……お前を殺し、王座につくのはこの俺だ」
それからホリスは少しの動揺を見せぬまま鋭い表情でバルコニーへ戻ってきた。
俺はずっとバルコニーの柵にもたれて待機しており、窓から戻ってくる、覚悟を決めたホリスに問いかける
「やるのか、ホリス」
「ああ、明日の夕方。兄さんと決闘し、兄さんを殺す」
彼の覚悟に俺は頷いた
「トウヤ……兄さんと二人きりの時間を作ってくれてありがとう。ここまでしてくれて感謝する」
「いいんだよ。俺らもう、仲間だろ」
「そうだね、トウヤ」
ホリスは微笑んでから、俺に抱きついた。俺に抱っこされないと飛ぶことが出来ないからだ
「行こう、トウヤ」
「ああっ」
俺は再び、タイムスピードで時間を止めて空を飛び。ティラとロランス、ナンナが待機している場所へと戻っていく