五章 支配者-9
ポータルを開いた先に、俺はティラを先に歩かせた。その隣を俺は歩く。ホリスやロランスも後からポータルに入って付いて来て
「ティラ、ナンナは俺が預かっておこう?」
「え、えぇ…?わかりました。しかしトウヤ、ここは……」
ティラの腕に抱かれていたナンナを俺の腕に抱き、ティラは辺りを見渡す。そこは森だった、木漏れ日と木々のざわめき、ティラには見覚えのある景色のはず。
「トウヤここは……私の故郷の森です」
「ああ、そうだ。あれを見てみろ」
俺は森の泉の方へ視線を向けると、そこには一人のラビットナイトがいた。泉の水を瓶で掬い上げている、黒いウサ耳が特徴的なラビットナイト。そう、彼はティラの弟だ
「……!セシル!」
ティラは泉の近くにいたセシルへと駆け寄って、セシルは突然走ってきたティラに目を丸くした
「姉さん!?」
駆け込んだティラはセシルの体に抱きついた。
「セシル!久しぶりです!」
「姉さんどうしてここに!?あ、トウヤも……」
セシルは最初は驚いた表情を浮かべていたものの抱きつかれると素直に嬉しそうな顔を浮かべる。そして俺も歩み寄ると、セシルは俺の腕に抱かれてるナンナの姿を見て驚愕した表情を浮かべる
「トウヤ、その子は……もしかして姉さんの……!!」
「違う違う!事情があって同行してる人の妹だ。大体この森から離れて数ヶ月しか経ってないんだからそんなすぐ子供は出来ないよ」
ホリスとロランスも森を見渡しながら俺に近づいて、ホリスが俺に問いかける
「トウヤ、この森は……?」
「ティラの故郷、セレスティルの森だ。ここにある、この泉だけ何故かいっつも清潔で綺麗な水が流れてんだよ。俺も住んでた頃よく飲んでた」
俺はナンナをホリスに抱っこさせると、鞄から水筒を取り出して泉の水を補充すると水をがぶ飲みする。あーやっぱ喉渇いた時はこんぐらい飲まないとやってられん、せっかく異世界転生者なのにガマンなんかしたくないぜ
「あー美味ェ!そういえばセシル、ボアーに何かひどいことされてないか?」
「ううん全然。あれからボアーは、あたしに何もして来ないどころか攻撃的にもならないしすっかり大人しくなったよ。あたしが危なくなったらトウヤが殺しにくるって知ってるからだろうね」
「当然だ、その時はすぐに殺しに行く」
「あとトウヤがこの森をずっと守ってくれてたおかげで、野蛮な人間も全く森に寄り付かなくなったから……ボアーも魔物に戦いの指示をする必要がなくなったんだよね。この森がしばらく平和なのはトウヤのおかげだよ」
それはよかった、最初転生して初めてこの森に降り立った時はティラのそばにいるために森の守護者になろうと決めたが、その役目をどうやら俺は果たせたようだな。俺は他の仲間も泉に誘って
「ホリス、ロランス!泉に来いよ。少し休憩しようぜ、大丈夫、最近使ったポータルの座標は俺の腕に刻まれてるからすぐ戻れる」
「へえ、あなたの場合は腕なのね。私の場合、ポータルを使った履歴は杖に刻まれるのだけど。あなたまるで体が魔法の杖みたい」
俺の腕には先ほど使ったポータルを思い浮かべると、光る文字で座標が浮かび上がるようになっている。その座標にポータルを出現させればすぐ戻れるわけだ。全く便利なものだな
ティラとセシルは泉のそばに座り、セシルは先ほど瓶に入れた水をティラに差し出す
「姉さん最近はどう?トウヤとの旅は楽しいかな」
「とても楽しいです……この森で死んでいれば、こんなに広い世界を見ることはなかった。トウヤは悪人には厳しいですが私にはいつも優しいんですよ。たくさん人参をしてくれます」
「それはよかった!パパとママも、喜んでいると思う。最近、パパとママのお墓にも姉さんが旅立った事を話したんだ。お墓に花を添えて」
「セシル……」
姉と弟の方は積もる話がありそうだから二人きりにしておこう。弟と話すティラを少し見守ってから俺は泉のそばに座るホリスとロランスに向き直り、さらにサンディード王国に対する状況を理解しようとホリスに問いかける
「さて……それでホリスの兄さんの、アヌバスって奴は何歳なんだ?」
「僕は14歳で、アヌバス兄さんは17歳だ」
「若っ!随分若い王族だ……そんでその兄さんはどんだけ邪悪な奴なんだ?」
ホリスもいつも冷静な態度だが、兄の話となると険しい表情を浮かべ、自らの兄と自分の関係を語り始める
「サンディード王国の王族は小さい内から王族としての教育を施され、10歳の時点から国の会議で発言が出来るようになるんだ。そして僕と兄、二人の国王候補が生まれ、どちらか一方だけが国王になると僕の父の前国王、「フルヴィオ」に伝えられた。王座を争うために日々教育と訓練に励む厳しい環境だったが、僕らは王妃である母「ペティルス」に平等に愛されていた。兄さんは戦闘訓練でよくズルをする人だったが、恨み合っていたわけではなかったんだ。最初のうちは……」
語るホリスの表情が次第に暗くなる
「僕は父の教えを熱心に受け、出来るだけ城から出ずに生活していたが。兄さんは次第に街に出るようになり、自分の実力を示すように街の盗賊や野蛮な連中と仲良くするようになった。自分は王子とひけらかしながら……酒場で自分は王子だぞと言いながらよく女性とも遊んでいたっけな。父には厳しく叱責されてたがその程度ならまだ良かったんだ。決定的になったのは……やがて悪い奴らと話していく内に邪教ディーヴェルの邪教徒とも仲良くなっていったことだ」
「ディーヴェル……くそ、やはり奴らか。あの教会は本当にろくな事しねぇな」
「兄さんはディーヴェルにそそのかされたんだと思う、その日から城での態度がおかしくなった。僕に嫉妬の思いを露にして、王子だから女を当てがえとか、父と母は僕しか愛していないと言いがかりをつけ始めたんだ。母は特に兄さんばかり心配していたのにな……父はそんな変わり果てた兄さんが許せなくて殴っていたよ。ある夜だった、兄さんは夜中、国王である僕の父と、そして王妃である僕の母を……」
話しながらホリスは深く顔を俯かせたが、すぐにまた顔を上げて気を取り直すように話し
「父と母をナイフで刺した、それと同時にアヌバス兄さんと結託していた盗賊の連中が城に攻めにきたんだ。「この王国を変えてやる」と兄さんは叫びながら、住んでいた城を荒らし回ったよ。僕は小さい妹を抱えて逃げた、その時盗賊の一人が襲いかかってきたから。僕はそいつに頬を切られ、妹を奪われそうになったから。激昂し、奴の首をナイフで引き裂いて殺した。そして城の近くにある滝から飛び降りて逃げたんだ……幸いにも、僕と妹は水の中に飛び降りて何とか生き延びた。ロランスのおかげで」
ホリスは感謝を込めたような優しい微笑みをロランスに向けると、ロランスは続けて話し始める
「私は魔女っていうのを隠しながらあちこち放浪して旅をしてる魔女だったんだけど。そのとき偶然、魔女の無限回廊で森羅の目を眺めていたから。サンディードの城がアヌバスの反乱によって燃え上がっているのが見えたのよ、サンディードは私の母が住んでいる国だからすぐに駆けつけた。私はポータルを使ってワープすると、ちょうど滝から落ちてくるホリスの姿が見えたの。岩に激突しそうだから私はポータルを使って飛び降りる位置を変え、ホリスを水の中に着水させたわ。そしてホリスから事情を聞いて……妹と一緒に姿を隠すために私も使っていた森小屋に匿ったの」
「おお、駆けつけた時にはギリギリだったようだな……運が良かった」
「ホリスとは私も小さい頃から仲が良かったのよ、もちろん私の方が年上だけどね!私は18歳。家と城が近かったから魔法で紙飛行機を飛ばして文通したりしてた、私は国で保護されてる魔女なんだよって教えたのが……ホリスが魔女の保護に肯定的な理由になったのかな」
「僕はただ……別の人種だろうと他国の人だろうと、守れる命があるなら国で守るべきだと思っただけだ」
色々教えてくれたおかげで大体の状況は分かった。するとホリスの腕にいたナンナが「おぎゃああ!!おぎゃああ!」と泣き出したので、ホリスは慌てて腕を揺らし焦った表情を浮かべ
「しまった……ナンナ、もうお腹空いたのか。ミルクが必要だ……」
ミルクと聞くと、セシルが反応して振り返りホリスに話しかける
「赤ちゃんにミルクが必要なの?あたしが住んでる洞窟に牛乳を保存してあるから、それを使おうか」
だがそれについては俺は不安な部分があり、俺は一旦手を上げて話を止めた
「いや待てセシル、俺はな、乳に詳しいんだ。たしか赤ちゃんに牛乳を飲ませるのは体に良くないって聞いた事がある。鉄分不足や下痢になりやすいらしい。だから必要なのは……」
俺が続きを話そうとすると、ティラは頬を赤らめながら俺に歩み寄って呟くようにいった
「母乳……ですよね」
ティラの呟く声に俺は「その通り」と指を指して伝える。セシルは呆然としていたが
「トウヤ、どういうこと?姉さんは妊娠してないなら母乳が出ないはずだよ」
「いいやセシル、姉さんは母乳が出るぞ。俺が”出せるよう”にした」
「そ、そう?姉さん、母乳出すの大丈夫なの……?」
「少し疲れますが……少し、きもちいいですよ」
ホリスはゆっくりとティラにナンナを差し出すと、ティラはナンナを抱きながら俺と一緒に木の後ろへと向かう
「ティラ、この近くに俺と初めて会った場所がある。そこで君に魔法をかけて、ナンナに授乳しようか」
「ええ……素敵ですね、トウヤ」
俺らが木の後ろに行ってる間に、ホリスとロランスが何か言ってた気がする
「あの二人は、世界を動かす力があるのに。本当にバカなカップルだな」
「そうね……あんな変態カップル見たことないわ」
セシルは呟いた
「だけどあんな幸せそうな顔の姉さん……きっとトウヤに出会わなかったら見れなかったよ」