五章 支配者-6
ポータルの向こうには砂漠が広がっていた、見渡す限りの砂丘だ。奇妙なことに先ほど森にいた時は夜だったが、ポータルを超えると砂漠は夕方になっていた。夕日に照らされた橙色の砂丘が星のような煌めきを照らしている
「ロランス、森だと夜じゃなかったか?急に夕方になったぞ……」
「あの森よりすごく遠い国だから、時差があるのよ。私は遠くの場所でも自在にポータルで移動できる」
「そうか……だがそのポータルを使えば、王国の城に直接乗り込んで王を暗殺できるんじゃないか?」
「それはダメ、王国には強力な魔術師がいる……ポータルを開くと大きな魔力変動が発生するの。それを魔術師に感づかれたらポータルを魔力で逆に奪われて、敵のポータルに変えられてしまう」
「なるほど……じゃあこういうことか。この砂の大地を……歩くしかないってことだな」
「そういうこと」
結局俺らは夕日に照らされた砂漠を歩くことになった、ティラもナンナを抱きながらゆっくりと歩き始めている。ただ砂漠なのでもっと暑いものかと思っていたが異世界の砂漠ということもあってか、この砂漠はそんなに暑くない、だから赤ちゃんも大丈夫なはず。
普段だったらティラを片腕に抱いてすぐに空を飛び、飛行してしまうが今は別の仲間もいるので歩くしかない。いややろうと思えばテレキネシス使って全員と一緒に空飛べるような気がするけど、何となくいまは歩きたかった。景色が綺麗だ、風に舞う夕日に照らされた砂、遠くの方にはかつてドラゴンと思われる巨大な骨が転がっていて少し幻想的。俺は歩きながらナンナを抱っこしているティラの隣に移動して呟く
「綺麗な場所じゃないか……ここの砂漠は」
「ええ、夕日が素敵ですね」
ティラは穏やかな微笑みを浮かべながら細い腕を揺らしてナンナの体を揺らしている。赤ん坊であるナンナはティラの豊満な乳房がまるで家であるかのように居心地がいいのか、体を寄せて落ち着いている。やはり彼女はとても強い、いきなり他人の赤ん坊を抱っこするようになっても慈愛を持った母性溢れる瞳で赤ん坊を見下ろしている
「赤ちゃんは好きか?」
「ええ、好きですよ」
「それはよかった。じゃあ……俺たちのも、いつか、な……」
俺が呟くと、ティラは頬を赤らめながら俯いて
「トウヤ、もう……」
仲間達と砂漠を穏やかに歩いていたが、俺のセブンスセンスが少し遠くで悲鳴と殺意を感知した。感知すると俺の目はトカゲのように鋭く光るので、ティラは俺の眼を見てセンスが発動したことにすぐ気がつき
「トウヤ……?近くに助けを求める人が……」
「あぁ、みんな。あれを見てくれ」
「ん……」
「なんなのよ?」
俺は指差した方向に人の影があるのを見かけた、センスで強化した視力でその人影を見ると。
夫婦と思われる男女と、小さな5歳ほどの子供を抱き抱えてうずくまっている。おそらく家族だ。そしてその近くには顔をターバンで隠した馬に乗った男共が10人ほど。おそらく何の組織か分からんが暴力を働く盗賊のような連中だろう、盗賊の一人が剣を持ってうずくまった家族を脅迫し、男は両手を広げながら妻と息子を守ろうとしている。
人助けは早さが大事だ、俺は一足先に助けに行くことにした
「みんな、後から付いてきてくれ。俺はちょっと一足先に行く!」
俺はタイムスピードで盗賊に襲われている家族を助けに行くことにした
「うわ早っ!?何なのよあの能力?」
「タイムスピードです。時間を止めたように高速に動けるんですよ」
「そんな能力が……素晴らしい、まるで神のようだな」
セブンスセンスで俺は彼らの会話を遠くからでも聞くことが出来る。盗賊は男に剣を向けながら、やはり襲おうとしていたようだ
「諦めろ!そこの女と一緒にサンディードに戻ってもらうぞ」
「断る!戻れば……私の妻は国によって処刑されるのだろう!?」
「国に戻って妻だけ死ぬか、ここで家族全員死ぬか……よく考えろ!」
盗賊は剣を振り上げながら、カウントダウンした。
「時間内に了承しなければ殺す。3……2……!!」
ここで俺の登場だ。俺は剣を振り上げていた盗賊の体をタイムスピードの勢いで足を魔力で強化しながら思いっきり蹴り上げた
「オラァッ!!」
「ぬぐぅおおぉぉおおおおぉお!!???」
「なっ……!?」
ちゃんと死なない程度の威力で攻撃したから大丈夫だ、盗賊の体は砂漠の遠くの方まで飛んでいった。
俺はいきなり出会った盗賊を殺すほど鬼ではない。俺が殺すのは、人を殺したり常軌を逸した乱暴をしても、反省も後悔もしてないような連中だ。だからこういう時は死なない程度の攻撃で許してやる
「あ、あなたは……?」
怯えていた男とその家族は、さらに震えた表情で俺を見つめる。何とか安心させねば
「大丈夫、俺は味方です!もう大丈夫。えーっとそうだな……この世界ってヒーロー漫画とかってあります?俺が前住んでる日本では全身スーツを着たライダーが人助けをするっていうのが流行ってたんだけど、俺もヒーローって分かりやすくするために、全身スーツ着るべきかなーって迷っているんですよ。どう思います?」
なんかこういう時に安心させる話題が思いつかないもんだから、よく分かんないこと言っちゃった気がする。慌てて取り繕う俺に対し怯えた家族は怪訝な表情を浮かべたままだ。そうしている間に後ろから盗賊が剣を持って俺に襲いかかってきたのをセンスが感知したので
「ぶっ殺してやらぁぁぁ!!!」
俺は軽く体を横に捻らせて、肘で後ろにいる男の顔面を後ろを向きながら殴り付けた
「ぶご……!!!」
そして俺は背後の敵に向き直りボクシングスタイルのファイティングポーズで素早く構える。俺は日本で特撮をよく見てたからこういう近接格闘は大好きなんだ。タイムスピードで体を高速化させ、奴の頬と腹部と肩に連続で拳による小刻みな打撃を食らわせる
「ふっ、ふん!」
「ぐが!かは…!」
最後は顎を殴りあげてフィニッシュだ
「オォラ!リングアウトぉ!」
「ぎゃああ!!」
こういう人を襲おうとするような連中に暴力を振るうのは最高だ。気分が空のように清々しい気分になる。殴り上げると同時に夕日に染まる空を見上げて爽やかな顔を浮かべながら俺はつい呟いてしまった
「あー、暴力ってサイコーだぜ!これだからヒーローごっこはやめらんねぇなぁ」
続いて3人ほどの盗賊が一斉に俺に向かって剣を握りながら襲いかかってきた。
「舐めやがってぇ!」
「この若造がぁぁ!!」
俺は左腕を自分の背中に添え、右手で襲いかかる奴らを誘うようにクイクイと手を軽く揺らして挑発する。挑発に乗ったのか盗賊3人は血眼になりながら俺に向かって剣を振りかざしてきた
「この野郎ぁぁあ!!」
だが危険を察知すると俺は敵の動きがスローに見えてしまうので3人の動きが遅く見えてしょうがない。慌てずに俺は自らの右腕を魔法のシールドで包むと、振られた剣を右腕で弾く。次の攻撃も右手で、動きがゆっくりで背中に添えた左腕を使うまでも無く。シールドに包んだ右腕だけで3人から来る剣撃は余裕で片腕だけで防げてしまうのだ。3人は必死に剣を振り回して俺を切ろうとするが、俺は目にもとまらぬ速さで全ての動きを右腕だけで弾きガードする
「クソ!ちくしょおお!!」
「おいおい3人かかってこんな鈍い動きかよ?人差し指だけで防げちまうぜ。お前らを倒すのは呼吸するくらい簡単だ」
フーッと俺は唇を窄めて息を吹きかけると、吐いた息を魔力によって強化させ台風によって起きる突風並みの威力にする。
俺がフッと息を吐くと同時に唇から衝撃波のような突風が発生し、襲いかかる3人の盗賊は勢いよく遠くに弾き飛ばされてしまった
「ぐぎゃああああ!!」
少し息を吹きかけるくらいで敵を吹っ飛ばせるんだから俺って強すぎだよな。俺はつい得意げな顔を浮かべて飛んでいく男達を眺め、自分の圧倒的なパワーに酔いしれながら残りの盗賊を眺める
「ほーら、次に俺と遊びたいやつ。だーれだ!ほら手を上げろ!手ぇ上げてみろ!ハッハー!」
つい暴力を楽しんじゃって俺は笑いながら残りの盗賊を挑発するが、奴らは顔を青ざめさせて後ずさりし戦う度胸が残っていないようだ
「な、なんだアイツはぁ……」
「イカれてやがるあの化け物……!」
俺が暴力を楽しんでいる間に、ティラとホリス達が俺のところに駆け寄ってきてようやく追いついたようだ。周りに倒れてる盗賊を見てティラは微笑む
「トウヤ、あまり悪い人をイジメるのを楽しんではいけませんよ?」
「ハハッ、悪かったよ……だが襲われてた家族は助けたぜ」
ホリスは呆然とした表情を浮かべて周りの倒れている敵を眺める
「これほどの数の敵を一人であっという間に……すごい」
だが安心したのは束の間だった、俺のセンスが危険を察知する。その察知したのはホリスの背後、俺はホリスに向かって叫んだ
「ホリス!後ろだ!」
ホリスは慌てて後ろを見ると、地面の砂の中から剣を持った盗賊が砂を舞わせながら飛び上がってきたのだ。剣を振り上げ、飛び上がった勢いと共にホリスを剣で叩き斬ろうと襲いかかり
「キエエェエエ!!」
奇声と共に襲いかかる盗賊、だがホリスは慌てなかった。彼は少し後ずさりと、その場で軽くジャンプして飛び上がった盗賊の顔につま先を思いっきり蹴り付けた
「はッッ!!」
「ぐが!!」
ミシィィ、と肉が軋む音と共に顔面を思いっきり蹴り飛ばされる盗賊。敵は砂に転がりそのまましろめを剥いて気絶した
「おお、やるじゃねぇかホリス王子!」
「戦えなければ王族ではない。戦うなら僕の分も残しておいて欲しかったな」
「なら丁度いい、あそこに怯えてる盗賊がいるだろ?全員半殺しにしていいぜ」
先ほどの戦いを怯えて見ていた盗賊を俺は指差す
「ひぃいい…!!」
奴らにもう戦う意思はなさそうだ、後は家族を救助してこの場を離れよう。そう思っていたがまだ他に敵はいた、少し遠くの方でじっと様子を見ていた、人影があったのだ。その男は他より巨大な馬に乗馬しながら俺たちの方へと駆け込んだ。奴もターバンで顔を隠しているので、存在感はあるが盗賊の一人のようだ
「待て!俺が相手になろう」
「お前は……?」
「俺はドーンジェイ……ここにいる盗賊共のリーダーだ。腑抜けな手下共ばかりで悪かったな?お前みたいな男には、俺の手下共は退屈だっただろう」
ドーンジェイという、少し巨大な男は着けていたターバンを脱ぎ去って自らの顔を見せつける。男の目は鋭く殺気に満ちており、口元や頬には傷の痕が。どうやら戦いに慣れている男のようだ。そいつは馬から降りると俺に歩み寄って
「そうか……じゃあドーンジェイさんよぉ、どうしてこんな無害そうな家族を襲ったんだ?」
「依頼されたのだ。現サンディードの王……アヌバスから、国の魔女達が逃げ出したとな」
「なに……?」
奴の話を聞いて、俺は襲われていた家族の一人の女性を見つめ、その女性に問いかける
「それは本当か」
女性は少し口籠ったが真実を語る
「……ええ、私はサンディードに保護されていた魔女です。そしてその国で、夫に出会った」
そして夫と呼ばれた男は続けて話した
「だがアヌバスは魔女の保護を取り止め、危険人物として保護していた魔女を全員処刑しようとしている。再び国に魔女狩りの制度を呼び戻そうとしているんだ!」
夫は魔女の妻と子供を抱きしめながら、怯えて震えながらも力強く俺を見つめて
「頼む、見逃してくれ……俺は魔女の妻と、魔女の子供を持つ男だが。ただ平和に暮らせる場所を探しているだけだ、頼む……!」
家族の話で大体の事情は分かったので、俺は彼らを逃がすべきだと思った。ただ国で何の罪もないのに処刑されそうな大事な妻と、息子を守って遠くに行きたいだけだ、誰だって逃がすべきだと思うだろう。ホリスとロランスは険しい表情を浮かべる
「兄さん……やはり国を争いの地に作り変えるつもりなのか。絶対に許さん……!」
「魔女にとって唯一の安全な地だったのに……」
俺は背の高いドーンジェイを見上げながら厳しく言った
「ドーンジェイ……彼らを逃がしてやれ。黙って彼らを行かせるなら、俺はお前に何もしない」
「そうはいかねぇ、国が俺たち盗賊に直接依頼してきたんだ。逃げた魔女を一人残らず捕らえろとな!捕まえれば褒美が、逃がせば俺達、盗賊組織の面子は丸潰れだ……逃がさない手はない」
「お前も後には引けねぇって事かよ」
俺は手にファントムソードを出現させ、奴を斬り伏せてやろうとして
「待て!もっといい戦い方がある」
「なに……?」
ドーンジェイは自らの服の中から、金色に輝くハンドガンを取り出す
「決闘だ。銃による決闘……一発で決まる、男と男の一騎打ち……砂漠の地にふさわしい戦いじゃないか……!」