一章 出会いの森-5
彼が訪れてから一週間が経った。
トウヤもすっかり森での暮らしに慣れたのか、草原で転がって昼寝をしては、崖や湖に落ちそうな魔物を救出したり。
「ほら、大丈夫だ〜、落ち着いて」
今は足に矢が刺さった青色のシカの世話をしている。迷い込んで森の外れの草原で走っている所を、馬に乗った狩人にやられたのだ。運良く森の中に逃げ延び、今はトウヤが手当てをしている。
「抜くぞ!」
シカの腹を押さえながら矢を引き抜くと。シカはうめき声を上げて暴れる拍子にシカの足がトウヤの体に当たるが、まるで体を透明な鎧で覆っているかのように動じず。鞄から薬の瓶を取り出して傷口に瓶の液を注ぐ。すると傷口はあっというまに塞がり。青色のシカは再び立ち上がって走り去ってしまった
「次は矢に気をつけろよー!」
「また、魔物を助けたんですか?」
走り去るシカに手を振る彼の背後に歩み寄ると、彼は振り返り立ち上がってまた歩き始める。
「救える命があるなら助けるよ」
「ここの魔物は人間が嫌いです。それでも助けるのですか?」
歩いている最中に、草原の中からクマ型の魔物が雄叫びをあげながらトウヤの方へと向かっていく。
「ウガアアアア!!」
「よし来ぉーい!!」
トウヤはというと、襲いかかったクマを正面から抱きしめ、頭をなでなでする。するとクマはふがふがと鼻を鳴らしながらすっかり大人しくなる
「ほら、このクマさんには気に入られたみたいだ。攻撃を防御しまくってたら、なんかいくら叩いても大丈夫そうだと思ったからか気に入られた」
「そ、そうなんですか……」
「ちょっと来てくれ!見せたいものがある」
クマの頭をヨシヨシ撫でてから手放して逃がすと、彼は森の外側の方へと向かう。走り出す彼に私もついて行くと、森の外れに丸い円形のテントが張られていた。
「……あれは?」
「野宿に飽きたから、森の近くにテント作った!俺はこれからあそこで寝るけど、ティラも気が向いたら、よかったら入ってくれよ」
「気は向きませんし入りません。あんな珍妙な場所で」
「一回ティラが寝てる洞窟見たけど、あんな場所じゃ寒そうだ……中はあったかいぞ〜」
トウヤはテントに向かって走るとカーテンのような入り口を開き、そこから顔を覗かせて微笑むが、あの甘えた環境に自らを置くつもりはない。私は背を向けて森へと戻る。彼も諦めたのか私の方へと駆け寄って
「人の作る建造物に甘んじては、精神の鍛錬の妨げになります」
「一日くらい、いいじゃないか。俺なんか日本にいた時は便利すぎて何年も部屋に引きこもってたよ」
「その便利さがいけないのです、魔物は人と違います。文明は精神を退化させる」
「それは確かに一理ある……人としても学ぶべき教えだな」
私の後ろを歩いていたトウヤは、私の前へ出て顔を見つめながら話しかけてくる。トウヤは私よりとても背が高いので、私は見上げる形になり。彼はコートのポケットに手を入れながら歩いて
「なぜそんなに無理して頑張る?俺も、日本にいた時は努力したつもりだった。でも正しい努力が評価される場所じゃなくてな……嫌になっちゃったよ、頑張るとかそういうの」
「……正しい努力は慎みと知性を与えてくれる、姑息な勝利は心に邪悪な塵を募らせます。結果は出ずともあなたはその努力によって知見を得たはずです」
「なるほど、いい考えだ……自分で気づいたのか?」
「父の教えです、この森で人と戦うことが運命としてがむしゃらに頑張るよう教えられました。その果てに父も母も死んだ、私もその運命を辿ります」
「運命は……自分で決めろ、俺はその運命を辿って欲しくない」
私の言葉に、彼は切なげな表情を浮かべる。自分に与えられた役目のために自分の身を犠牲にすることほど素晴らしいことはないのに、それを示すとどうして彼はこんなに寂しげな表情を浮かべるんだろう。
「……俺はそろそろ行くかな、気が向いたらテント来てくれ、頼むよ〜」
「あんな妙なモノの中で怠けるつもりはありません」
「一緒に怠けようぜぇ!!」
「怠けません!」
「ハハッ!じゃあな」
そう伝えると彼はまた飛び去ってしまった。
「ふぅ……」
「あの人かな、お姉さん?最近お姉さんを付け回してるのは」
「んっ……」
私のことをお姉さんと呼ぶ声、彼のことはもちろんよく知っている。小柄な黒いラビットナイトのオスだが、ぴょこぴょこと足を内股にしながら歩いて
「セシル……我が弟よ、覗き見とはよろしくないですね」
「えへへ!ごめんごめんー」
弟は私の後ろへと跳ねるように歩み寄ってくると、両肩に手を添えてきて
「それより、さっき覗いてやっと顔見れたけど。すっごいイケメンだね!なんていうんだろう、キリッとしてるお兄さんタイプっていう感じ?ああいう顔つきの人、あたしも好みだなー」
「そう思います?やっぱり、男の人が好きなオスから見ても、彼は魅力的ですか」
セシルは男の子だけど、男が好きな子だった。いつからか動きや喋り方も女の子のようになってきて、父と母も最初は戸惑っていたがすぐに受け入れた。それに無性生殖も行える種族がいる魔物の中では、それほど珍しい事態ではない。
「あの人、お姉さんのこと好きなんでしょう?魔物にも優しいし、イケメンなのに、どうしてオッケーしないの?」
「そんなことは、あなたには関係ありませんセシル」
「ふーん……そうだ!森の主が呼んでるよ姉さん、だから呼びに来たんだ」
「ボアーが……私を?」
セレスティルの森の主ボアー。この森を長く見守ってきた支配者だ、彼が気にかけるのは優秀な血の気の多いリザードナイトなどで、ラビットナイトなど滅多に気にかけない。疑問に思いながらも私は呼ばれた場所へと向かうことにした。