一章 出会いの森-3
その翌日、私は森の入り口辺りに立ち尽くしていた。なんて事はない、いつもの日常。私はただこの森を守るために立ち尽くし、人が来たら襲いかかり、もし殺されるのならそれまで。それが私の命に与えられた役目だと信じている。
立ち尽くす私の前に人影が現れた、最初はその影がトウヤのものかと思われたが、トウヤよりもゴツゴツとしており頭髪がない。しかもその影は3人いる、手には物騒な形をした影、手斧だ。私は彼らが山賊であることを理解した。トウヤとは違って話の通じない野蛮な男達だ。私はすぐに剣を構えて森に入ろうとする彼らに立ちはだかろうとする。
「そこの者たち!立ち去るのです、この森はあなた達のような人間が立ち入る場所ではない!」
私がそう叫ぶも、男どもの一人が手に持っている岩を私の肩に目掛けて投げつけてきた。ミシ、と肉と岩が激突する痛み、私は怯むが剣を手放しはしなかった。
「ぐッッ……!!」
「オラやるぞおめぇら!!」
「ヒーハハハァッッ!!」
男どもは怯んだ私を見るなり、屈強な図体を揺らして素早く駆け込んでは、ドスゥ、と私の腹部に拳を叩きつけてきた。まるで尖った岩が私の腹に叩きつけられたような鋭利な痛み、この時点で私は筋力で男どもに勝つ事は不可能だと確信した。人に屈する以上の屈辱はないが、痛みの苦しみに耐えかね私の肉体は自然と地面に倒れていく。まだ私には、剣がある。私は剣は手放さない
「ンぐ……か、はッ……」
「おい見ろぉ!ラビットナイトだぜぇ……コイツの太腿の肉は高く売れるゥ!」
「ハッハー!見ろこいつ、すっげぇ肉付きだぜぇ?上物だぁ……こいつの皮と内臓はいい金になるぞぉ!」
「金になる部分ひん剥いてぇ……残りの内臓は酒のツマミにでもしてやるかぁ!」
「ゲヒャヒャヒャヒャ!!」
下劣な声を上げる男の足に、私は持っていた剣を突き立てようとしたが、それに気付いた一人の男に私は手首を蹴り飛ばされ、私は剣を手放した。手放すと同時に腹部を蹴り飛ばされる
「がッッ…!!」
「んだコイツ!?俺の足刺そうとしやがったぞ?舐めてんのかぁ!?この人間の成り損ないのザコが!死ね!」
私の顔に唾が吐き捨てられる。剣を手放し、力で抵抗しようとしても恐らく私は彼らに負けるだろう。私はここで死ぬのだ、父と母と同じように。森のために戦ったので死ぬことに対し悔いはなかったが、ただ脳裏に浮かんだのはトウヤの事だった。もし私が死んだらどんな反応するんだろう。地面に頬を押し付け痛みにぼやける視界の中で、彼の姿が見えた。
「……トウヤ」
私に会う時いつも穏やかだった彼の表情は怒りの形相を浮かべていた。瞳はトカゲのように鋭く光り、いつも微笑みを浮かべていた唇は噛み締めるように震えている。
「おう、なんだ兄ちゃん?わりぃな、このラビットナイトは俺たちの獲物だぜ」
「狩りをするなら他を当たってくれぃ」
話しかける山賊に対し、彼は真っ直ぐに倒れた私の方へと歩み寄ってくる。
「おい兄ちゃん聞こえなかったのか」
歩いてくるトウヤに対し、山賊の男の一人もトウヤに歩いてくる。山賊は彼に掴みかかろうとしていたが。
バキッ
トウヤは山賊の膝を軽く蹴りつけると、男の膝は曲がってはいけない反対側の方向へと蹴り曲げられた。木の枝を折るかのようにいとも簡単に。
「……ぎゃあああああああ!!!」
「てめぇこの野郎!!」
もう一人の男が手斧を持ってトウヤに斬りかかるが、振り下ろされる斧の刃に対し、少し体を横に傾け素早く回避すると。男の喉にめがけて目にも留まらぬ速さで拳を叩きつける
「ガッ…!!」
喉を叩かれた衝撃で怯み、男は手斧を手放す。トウヤは男が先ほどまで斧を持っていた手の人差し指を握ると、軽く捻りボキィ、と指の骨が折れる音がした
「ひぃいいい!俺の、指ぃぃぃ…!!」
敵の骨が折れてもトウヤの表情は冷たいまま変わらなかった。彼の指先はおそらく魔法と思われるが赤い電撃を発生させ。電撃を放つ2本の指を男の首の後ろに突き立て、男の肉体に電気を走らせ電流による苦痛を与えていた。
「あががががががああああ!!!」
トウヤは男の肩を掴みながら首の後ろに指先から発生する電撃を流し続け、出来るだけ苦しめさせている。山賊は白目を剥いて悶絶し、泡を吹き始めるとようやくトウヤは手放し。男の体は地面に倒れた。
「……ひいいいいいい!!!」
残っていた山賊の一人が逃げようとしていたが、トカゲのように鋭く光った彼の眼がその姿を捉える。彼は手の平を男に向けると、これも何か一種の黒魔術だろうか。手の平から細くて鋭い黒い触手が一本伸び、その触手は獲物に噛み付く時の蛇のように素早くうねると、鋭利な先端を逃げる男のふくらはぎに突き刺した。男はその場に転びうつ伏せに倒れる。
「ぎゃッッ!!」
足に触手が刺さり、刺さった触手がふくらはぎに巻き付くとトウヤの方へと向かってゆっくり引っ張られていく。男は恐怖のあまり涙と鼻水を垂れ流しながら必死に地面を爪で引っ掻いて逃げようとしていた。爪に血を滲ませながら
「ぎゃあぁああああ!!助けて……!助けてくれええええ!!」
触手に引っ張られるままトウヤの側まで引きずられると、触手はその場で煙のように消散し。彼は男の服の襟首を掴み上げて怯えた山賊の顔に自らの顔を寄せてくる
「ピーピー喚いてんじゃねぇぞクソ野郎」
私に対してはとても丁寧に思えた彼の態度だったが、この山賊に対しては侮蔑の目を浮かべ罵っていた。彼が、私を助けるためにこの行いをしていることは理解していた。ただ私がこの時感じたのは感謝の念より湧き上がる恐怖であった
「ティラは決して、追い詰められても助けを求めたり悲鳴を上げなかった、お前みたいなザコよりよっぽど高潔な精神を持ってる。お前はなんだ?寄ってたかって、魔物をイジめて楽しいか?恥を知れ」
トウヤは山賊の顔に唾を吐き捨てた。男は彼の唾でさえ怯えているようにビクビク震え、顔を背けている
「頼むぅ、頼む助けてくれ。なんでもする……」
「お前山賊だよな?山賊仲間に伝えておけ、この森に近づく人間は生きて帰れないと。もし人が近づけば、生きたまま皮を剥ぎ、目玉を鳥の餌にして、四肢をもぎ取り魔物達のごちそうにする。首は森の入り口の看板に突き立てて晒してやる。分かったか」
「こ、この化け物!お前は人間でありながら魔物に魂を売ったのか?お前人間か!?」
「失せろ!早く行け!」
彼は男を持ち上げていた襟首を手放し突き飛ばした。山賊の男はすぐに逃げようとしていたが、トウヤに「待て!仲間の二人を引きずっていけ!」と言われると、慌てて気絶している山賊仲間二人を必死に引きずりながら逃げて行った。
トウヤはというと、コートからハンカチを取り出し手汗を拭くと、私に振り向き穏やかな笑顔を浮かべた
「これでしばらく森に山賊は近づかないと思うよ。大丈夫か?」
「ひっ」
彼は私に手を差し伸べたが、私は先程の行いを見てつい恐ろしさを感じた。悲鳴を上げて後ずさると、彼はしょんぼりと肩を落とすと。着ているコートを脱ぎ、私にかけて歩み寄ってきた
「すまない……手当てさせてくれ、回復効果のある布と塗り薬を持っている」
「命を助けていただいたのは感謝します……ですが人の手は借りません!」
「俺ももう、自分が人間であるのかどうか。自信が無いよ」
彼は自嘲的に笑い、眉を下げた切なげな表情を浮かべるが私を見る瞳は相変わらず穏やかな目付きだった。彼を傷つけてしまっただろうか、どうでもいいはずなのに私は微かな動揺を感じた。今は彼の好意に甘える事が彼の心の安らぎにも繋がるような気がしていた
「……手当てしてください」
「あぁ……少し木の下に行こう」
彼はコートで包み込んだ私の体を、まるでお姫様を運ぶみたいに抱き包んで森の中へと向かった