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従者の計画


 ☆★☆


「魔女さん! 助けて~!」

「……帰れ。今すぐにその扉を閉めて後退しろ」

「相変わらずつれないですね~」


 翌日。オリンドは貴重な有休を使い、深い森の奥にいた。この森には知る人ぞ知る魔女が住んでいる。ここにいる魔女は、王国内でも屈指の薬の知識を持っており、お金か食料、その他高価なものを手渡せばその価値に見合った薬を調合してくれると、一部では有名だった。


「何よ、あんた。いきなり来てその態度はないでしょう?」

「ごめんなさい。でも、一大事なんですよ……!」

「あんたの一大事が一大事だったことは、一度もない」


 そう言いながら、魔女は目の前にある巨大な釜をかき混ぜていく。その釜に入った液体の色は、禍々しいほどの紫だった。


 魔女と言えば老婆を思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、ここに住んでいる魔女はまだ二十代前半の若い女性だ。近年でもまれにみる天才であり、師匠から三年で一人前というお墨付きをもらったという。しかも、その師匠は気難しいことで有名であり、弟子は滅多なことでは取らないと有名だった。


「……はぁ、またあんたの所の主様が何かをやらかしたのか?」


 魔女はそう言ってようやくオリンドの方に顔を向ける。すると、オリンドの表情がぱぁっと明るくなった気がした。そして「そうなんですよ~!」なんて言いながら、ニコラスの愚痴を繰り広げていく。妻が大好きなのに、素直になれないこと。態度が悪いこと。話題が世間話しかないこと。そんなことを、オリンドはニコラスがいない場で暴露していく。


「……いつ聞いても、面白いな。でもまぁ、あんたはどうしたいんだい?」

「どうしたいって……決まっているじゃないですか。この現状をどうにかしたいんですよ。もちろん、いい方向に!」


 オリンドはそれだけを言うと、魔女をまっすぐに見つめる。この魔女はかなりの金額を求めるものの、調合の腕は超一流だ。何とかして、彼女に薬を調合してほしい。しかし、魔女は未だに渋る。もうこうなったら、最終手段を使おう。そう思ったオリンドは、背中に背負ってきた保冷鞄をゆっくりと下ろし、魔女に手渡した。


「……何、これ」

「まぁまぁ、開けてみてくださいな」


 オリンドのその言葉に、魔女は怪訝そうな表情を浮かべながらも、保冷鞄を開ける。その中には――超高級であり、なかなか手に入らないと有名な薬草が大量に入っていた。


「それが欲しかったら、依頼を引き受けてよ。それがあればかなり助かるでしょう?」

「……言うようになったねぇ」


 その後、魔女はしばし考えたのち「いいよ、引き受けてやろう」と言ってくれた。なので、内心オリンドはガッツポーズをする。


 オリンドが現状を何とかしたい理由は、ニコラスが鬱陶しいということ以外にもう一つある。それは……リーザにドローレンス伯爵家の屋敷にいてほしいからだ。彼女はとても気が利く。だからだろう、使用人たちが活気に満ち溢れているのだ。さすがは女主人と言うべきか。細かいところにも気が付いてくれる。ニコラスはどちらかと言えば大雑把であり、仕事以外に興味がないため屋敷の細かいところは気にしない。……仕事の細かいところは、すぐに気が付く癖に、とオリンドはいつも思っていた。


「で、いい方向に変わるって言うのは、一体どうする気?」

「そうですねぇ……。出来れば、ニコラス様が本音を告げられるようにしたいのです。ほら、あれがあったじゃないですか。想い人に本音しか言えなくなる薬!」

「……あぁ、そんな物もあったねぇ。分かった。それを調合してやろう。半日くれ」

「お願いしま~す」


 魔女の言葉にそれだけを返して、オリンドは魔女の住む小屋を出て行こうとする。どうせならば、ここら辺を散歩でもしてみるか。そう思ったオリンドだが、意外なことに魔女に呼び止められてしまう。


「……初めに行っておくけれど、あの薬の効力は『三ヶ月』が限度だ。だから……それ以降は、本人の意識を変えないとどうにもならないだろうよ」

「……は~い」


 やっぱり、完全には上手く行かないか。そう思いながら、オリンドは魔女の言葉に返事をする。まぁ、永久的に維持するのもそれはそれで面倒なことになりかねないので、これで良いのかもしれない。オリンドはそう考えて、散歩に向かう。


「はぁ、本当に世話が焼ける主だ」


 そうつぶやいて、オリンドは風で木々がざわめく森の中を歩いていた。


 オリンドの計画はこうだ。ニコラスの飲み物にその薬を混ぜ、飲ませる。その後は、流れに任せてしまう。そんな大雑把すぎる計画だった。これだけ聞くと成功する可能性は限りなく低く見えるが……そこら辺は、主の頑張りどころだろう。そう、思っていた。


「リーザ様を逃がすわけにはいかないんですよねぇ。リーザ様以上に、ニコラス様にピッタリな女性って、いないでしょうし」


 オリンドにとって、リーザはまさに女神だった。屋敷に活気をもたらしてくれた。そして……ニコラスを元気づけてくれた。一時期のニコラスは元気がなかったものの、リーザに恋をしてから元気を取り戻したのだ。まぁ、それを知っているのは、オリンドだけなのだが。


「まぁ、ニコラス様に頑張っていただきましょうか。こっちがこれだけ場を整えたのですから……失敗したら、許しませんよ」


 そう言ったオリンドの瞳は、妖しく光っているようにも、見えた。

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