第2話
どれほどの時間が経ったのだろうか。
専属メイドのクレアによる扉のノック音が聞こえた時には、既にあの光がさし幻想的な作業部屋は、いつの間にか暗くなり、辛うじてだが紅い夕陽が星が光る闇夜に消えかかりそうな、そんな時間。
フッと目を開けて小さく欠伸をした後に「今行くわ」と返事をしながら、ニアは体を伸ばして動かす。
その間に扉が開き、クレアはニアの動きを見ては、お疲れだったのだなと思いながらも心に留めて「お夕食にご案内しますね」と、ニアをエスコートする。
(少し仮眠をする予定だったけれども、完全に寝てしまったわね·····)
エスコートされる中、また小さな欠伸をしては目的の場所へとクレアと向かっていった。
「母様、婚約者のオスカー様が到着しましたよ♪」
「あらあら、もういらっしゃっていたのね」
豪勢な夕食時になる前に、屋敷の入口付近では偶然にも養母とマリー、マリーの婚約者"オスカー=デ・リアン"が顔を見合わせていた。
婚約者と楽しいひと時を過ごせることに心待ちにしていたマリーは少女のようにはしゃぎ、オスカーの腕に自身の腕を絡めピタリと付き満面な笑みを浮かべている。
その様子のマリーを見て笑みを零しながら、軽く養母にオスカーは会釈をする。
「お久しぶりです、マリーのお義母様。マリーのご好意により、オスカー=デ・リアンは、また本日から3日間滞在させていただく予定です」
オスカーの来訪は何度も面識はあったため、養母的にもオスカーは好印象な青年であり、実の娘も来訪が近い度に嬉しそうに話す姿や、現時点気に入っている素振りを見ても一目瞭然だ。
またオスカーの一族の家柄も申し分ない。
例え裏では、オルカーナ家にオスカーが婿養子となったのを、血縁者共々が歓喜し利用しようとも、オスカー自身が血縁者共々の思惑通りに行くはずもない。それは支援ながらも手腕を発揮し振るう養母の勘ではあるも。
養母自身、じわりじわりと養母好みの後継者としてしようという思惑がある。
そして"逆に喰らう"のを待ちわびている。それが近づくにつれて想像するだけでも、笑みがこぼれ落ちる。
いけない、いけない、蛙は蛙だと思わせておかなければ。悟られてはいけない、例えそれが可愛い娘の婚約者(手駒)でも。
「·····マリーから今日からのこと、前から楽しみで聞いていたわ。さぁ、上がりなさい」
「ありがとうございます、上がらせていただきます」
夕食の会場はいつものように広々とし、白と水色を基調とした会食の間の洋室。
壁には今までニアが描いた中でも、亡き養父が手離したくないと遺書で綴った作品が掛けてある。
長いテーブルには、豪勢に盛られながらもどこか気品のある料理たちが隙間がないくらいに並べてある。
養母、マリー、オスカーの3人は既に着いては座ったも、ニアはまだ到着しておらずにいた。
「あの子ったら·····いつもいつも遅いわねぇ···っ··!」
養母の苛立ちは隠せずにいた。
「まぁ母様、あの子抜きでもう始めましょうよ。毎回毎回、遅れているんですし」
マリーはいない椅子を見ては、手を口元を隠すようにして、クスクスと笑う。
このような毎度のやり取りにはオスカーも流石に慣れたものなため、「どうして毎回彼女は遅れてくるのか」など最初は聞いてはいたも、養母とマリーにはぐらかされ、真相は知らないままにいた。
そのためはぐらかされた当初は、ただ単にオスカー自身、今後養妹となるニアは「姉の婿養子になる自分に会いたくない」か、もしくは絵を描くとは聞いてはいたため「没頭し、約束を忘れてしまうくらいの集中力があるも管理不十分な人」と解釈し気持ちを咀嚼するしかなかったも、ニアに何度か会う度に思う事がある。
ニア自身、必ず1日目の夕食に遅れてしまう割には、話せば質問をキチンとした答えで返ってくるため、そんな人間が「毎回必ず」遅れてしまうなどは甚だ疑問だ。
ただ、これはあくまでもこの家族への問題であり、未だ他人であるオスカー自身が介入するべきではないと悟りながらいる。
「失礼します。大変お待たせしてしまって·····申し訳ありませんでした」
ニアを待って数分後、会食の間の扉が開いたあと、テーブルに近づき冷静ながらも一度深々く頭を下げる。
オスカーにとって久しぶりの対面であるその顔は、前から相も変わらず気品正しいながらも切ないような見慣れたもの。
そういうニアは、オスカーがいることにも動揺はせず、顔を上げては空いている椅子に近寄り、腰掛ける。
「本当に毎度毎度遅れて··っ···! オスカー様に失礼でしょうが! アンタには本当に、私の可愛い娘で姉であるマリーに見習って欲しいものだよ!」
バンッとテーブルを叩き毎回の如く喚き散らしてはニアを睨みつけるも、ニアは真顔で聞いたあとに小さいながらもまた礼をし、「·····申し訳ございません、お養母様」と謝る。
その様子を睨みつけ眺めたあと、鼻でフンッと笑っては「·····本当に、可愛げない子だよ」と呟かれる。
シィン·····とした空気の後、養母は軽く咳払いをし、オスカーの方にニコッと微笑み「·····ごめんなさいね、オスカー様?醜いものをお見せしまい·····ささ、やっと集まったので頂きましょうか」と唆されながらも気まずい中で会食が始まった。
──それからというものの、数時間は経った。その数時間の間ニアは心底退屈そうな顔で、姉のマリーによるオスカーに対する自慢な惚気話や、養母の仕事の話など毎度ながら聞いたような耳の痛い会話を静観しながらいた。盛り上がる最中の会話でオスカーも答えたりなどしていたところ、話をした者同士がお腹も満たされ満足したような面持ちであったため、長い拘束だった豪勢な夕食はお開きとなった。
本人達が気持ち的に良くなっているのをいい目に、さっさと面倒事に巻き込まれないように退散しようと、ニアは自身の寝室へと帰ろうとした。
そんなそそっかしいニアを見て、最後に養母から「早くアンタ、どこかに嫁に貰われて行きなさいね?」と、笑われ胸糞が悪くなる言葉を言われ少し怒りが込み上げる。
しかし、怒りに身を任せてもニア自身がどう暴れようがしても、特段に力が強いだとか権力があるだとかでは無いため何も出来ない。
下唇を噛み我慢し、一息ついて「·····お養母様のご忠告、心に留めておきますわ」と小さく笑い返してはさっさと寝室へと一直線に帰っていく。
その後ろ姿を止めようとはしないも、なんだか毎回の如く気の毒であり気になってしまい、オスカーはニアの後ろ姿を追うように目をやる。
そのオスカーがニアの後ろ姿を追うように見ていることには露知らず、彼の腕にピタリとつくように寄り添うマリーは声のトーンを落として「本当にあの子、愛想がないのよねぇ·····」とポツリと呟いた。
「·····"愛想がない"、というよりかはわざとする必要も無いんだろうね」
ポツリと呟いた言葉に対しての返事に、一度間が空いた。
「オスカー様、急ですね·····?今まであの子に対するお話に口を出さなかった貴方様がどうしたのです?」
今までは最初は「どうして彼女は毎回遅れて来るのか」に対してまでは興味はあれど、ここ最近は何もニアの話をしてもオスカーは興味は無いのだと思っていたマリーにとって、その返答には驚きがあったため動揺はする。
オスカー自身何となく言った返しに対して驚くマリーの様子に、自分自身も少し動揺し、なんでもないと答えをはぐらかす。
それを不審にムッと思ったマリーだったも、はぐらかされた先でオスカーにお姫様抱っこで優しく抱かれては、恥ずかしさも相まって忘れ機嫌は良くなり、そのまま2人だけの寝室へと向かっていく。
その道中、マリーはジッとオスカーを見つめる。
「·····オスカー様、私はずっとずっと誰よりも、オスカー様のことをお慕いしておりますよ」
「知っているさ、マリー。いくら政略結婚であろうともね。でも、急にどうしたんだい?」
「いえ、何も。ただただ、私なりの愛情の確認ですよ」
お姫様抱っこで抱いた彼女は、目を細め笑う。
オスカー自身には、マリーのその目の先に何か良からぬことを少し感じたも、考えすぎて気の所為だと思い優しく撫で愛でる。
──後日、この彼女の想いがトリガーになるとは誰も知らずに。