第1話
不定期ながらも投稿させていただきます。
今作品は、オリジナルの長編小説となります。
長く優しく見守り、感想などいただけたらとても幸いです。
絵を描く環境に、最適な環境を考えたことは皆あるのだろうか?
私にはある。ただ唯一、現実を忘れることが出来る環境が。
それは私は与えられた人間で環境ではあったけれども、私にはこの環境が唯一の癒しで好きだった。
1つ1つ、歩く度にキィッキィッ·····と小さく軋む長い年月を思わせる木の床。
ツンと鼻につく油彩と、慣れれば思いもしないが少し癖の強い牛革の匂いが包む部屋。
色々な参考書や、幾つものイメージを練り上げるために紙に書出しては、それを山のように積み重ね土台とされた机として機能されてない机。
その傍らには、イメージの題材に合わせたものを描くために絵筆を取り、白色から絵の具で映えられたキャンパス。
そのキャンパスらに薄らと優しく差し込む窓辺の光は、まるで天女の羽衣のように注がれる。
その光が少しだけ、部屋の1部である注がれていない暗闇に漏れて、その先に置いてある絵の具が色々と混じる水を汲まれてあるバケツにあたり、変わった模様や空気の動きを床に照らしている。
この光景、この感覚を感じられる私専用の絵を描く部屋は、とても理想的なもので、私のお気に入り。
ただ作業の際に長い銀髪を結いあげて、小さい頃から作業する度に汚れてしまったお気に入りのエプロンをしないと、絵の具が小魚のように泳ぐように跳ねてしまい、立派ではないながら上質な素材で作られたドレスが汚れてしまうのは難儀ではある。
けれども、それでも私の唯一の作業場であり楽しみだ。
絵を描くことが私の意義であり、その絵を売り捌いたり、今は亡き養父が生前の際、厚意により私の作品だけの個展を開いたりと、この家を支えられながら居られる唯一の才能だ。
ただ、それだけが秀でていたというだけで、普段の能力としては皆が良く思われないものだが。
私がこの家に来たのは、亡き養父が私の才能に対し長い人生を俯瞰して見ても意志を継げれると直感に思ったからだとは聞かされてはいる。
養父は美術家であり、不動産などを多く持ち資産がある由緒あるお家の者だったが、同じ美術への価値観を私の養方の姉である"マリー・オルカーナ"に継がせようと考えたようではある。
だが残念ながら美術への見る才能がなく、本人自身は継がせようとする養父をあまり好きではなかった模様。
さらに美術への価値観を磨くそれよりも、養母の言いつけ通りにいたため、「お家の存続のため、社交ダンスやお作法を学んだ方が有意義ですわ」と、答えたことをきっかけだった。
しかし養父は諦めきれずに己が培った人脈を頼りに、親戚の知人に孤児院を経営する資金を新たに払うことを条件にし、転々と色々な孤児を見て私に目をつけたという。
養父の熱くこもったそれだけの執着は、まるで何かに取り憑かれたようだとも聞かされていた。
そんな執着でそれだけで選ばれ、連れられて来た私は養父には沢山可愛がられていたものの、執着した割には、女性としての家に嫁ぐ為の才能は見られず、また養方の姉にも劣る私は、あまり養母には好かれてない。
それが例え家の繁栄のために多額のお金を儲けれる才能であっても。
養母にはただの商品にでしか昔から私は思われており、養子としてでは見られないでいた。
それは亡き養父の後、日に日に養母の愚痴や意地の悪いことが多くなっており、鈍感な私でもわかっていてとても息が詰まるため、こうして私のお気に入りの部屋に逃げ込んでいる。
「フゥー·····」
ため息と共に、息が詰まる緊張を解す。
ここ最近は、逃げてはため息をつきを同じように流れとして化しているため、あまり私の精神的に宜しくないのだろうなと、自分を自分で俯瞰する。
そういう時間が増えたのもわかりきってはいたも、普段は絵筆を取り作業にかかっていた。
しかし今日は何かと絵筆を取ろうにも思えずに私、"ニア・オルカーナ"はただただ近くの、多分記憶上、1度も使ってもいない少し埃が積もっている椅子を軽く払ってから深く腰掛ける。
(こんなにも『呆然』みたいな、そんな感覚でいてイメージがわかなくなってきているのは、駄目ね·····)
頬杖をついては、また深くため息が口からこぼれ落ちる。
何かと努力はしたものの、理解されない現状に対し改善する余地も余裕もない。
昔よりかは出来ることは増えたものの、昔からの印象というのは一生を付きまとうものを考えると、頭が痛くなる。
そんな時、ふいに扉をノックする音が聞こえ耳を澄ますと、
「ニア様、クレアです。こちらにおいでで今、お時間はよろしいでしょうか?」
「いるわ、入っても大丈夫よ。今、筆が乗らなくて休んでいたから」
ニアの返事があると、キィッ·····と扉が開きニアの前まで向かい、物腰柔らかくお辞儀をしては、専属メイドのクレアが「左様でございましたか」と小さく苦笑をした。
「何か用があったの?お養母様とかが呼んでいる、とか?」
「いえ違います。ただ、ニア様に対してここ最近嫌な噂などを私も聞いておりまして·····。ニア様が少しでも気を落とさなければと思い、紅茶と毛布の差し入れを」
スッと紅茶のカップと上質で柔らかい毛布をニアに軽く見せては小さく笑みをクレアはする。
「·····ありがとう、私なんかのために。気が利くわねクレア」
クレアはニアがこの家に来た際に、養父の言いつけにより歳が近いことから、ニアの専属メイドで宛てがわれた。
養父に次いで近くにいたため、誰よりもニアの才能に関しては理解していた。
クレアにとってニアは『自分では表現出来ない・描けれない』才能を使える人であり、専属メイドでも対等に接する姿は奉仕をする身でも寄り添いあいたいと思える力量を持っているからこそ、尊敬している。
そんなニアが気分を落とすような言葉を使うことに対して、胸が痛むも寄り添うしかクレアには方法はない。
「·····ニア様、ニア様はお養父様の意志を感じ、ご立派に役目を果たされておりますよ。ですので、そんなに自分をお責めにならずにしていいのです」
「そう·····ありがとう」
その言葉や行動はニアの憂いを感じ、理解し気を利かせてくれるクレアなりの優しさだと受け入れる。
淹れてもらった紅茶と温もりがある優しい毛布は、今のニアにとってはとても充分すぎるものだった。
ある程度お互いに会話を交わし、ゆっくりした時間を過ごしたあと、クレアは支給された時計を確認する。
「楽しいお時間ではありますがニア様、申し訳ございませんが私は今一度、お夕食の準備のため戻ります。本日から3日間、マリー様の婚約者様が滞在予定のため”豪勢におもてなしを"と言いつけられましたので」
「あら、今日の夜からだったのね。だからお義姉様、朝は張り切っていたのね」
「報せは来てなかったのですか?」と、困惑したような顔をするクレアに苦笑するも、ニアには慣れたものだ。
報せを受けられないのは、養母からの一種の意地悪なやり方で良くやる手段だ。だからこそ、あまり動揺はしないもそういう時に限って後に"召し物が汚い"だの何だのと言いたいがためだろう。
(ただ、今回はあれね·····)
養方の姉、"マリー・オルカーナ"には婚約者がいる。
その婚約者が、婚前前として今回やニアが知る限りここ最近の来訪には理由がある。
オルカーナ家は、今は大黒柱である養父は亡くなってはいるものの、それでも傾く事無く湯水のように莫大な資産を持つ由緒ある家の1つと言っても過言ではない。
もちろん、今のニアの才能による資産も多少なりともあるものの、養母は養父の持つ不動産などを持ちながら支援者としての手腕を発揮している。
そんな家の"婿養子"となれば、将来的な資産の運用など可能だ。
それを考え、地位を求める婚約者の血縁者共々が目に見えるくらいに必死なのだ。
ニアにはそんな姿は滑稽だと思ってはいるも、養母や姉は満更でもない様子でいる。
「私はまだゆっくりしたいし、ここにはいるから準備が出来たら呼んでもらえるかしら?」
「はい、もちろんです。承知致しました」
長い夜になりそうだと内心思いながら、クレアを見送る。
一人だけの部屋で準備が出来るまで、静かに目をつぶった。