第18話 美少女素材魔導士、電子の妖精になる
日本の暦では9月。夏も過ぎ、幾分暑さも和らいできた。
夏休みも終わり、街に制服JKが戻ってきた。今日は金曜日、明日から3連休だ。
そんな心躍る季節、俺は愛車のSUVを大阪に向けて走らせていた。
助手席には制服姿の遥、同じく日本の由緒正しきセーラー服をきたマルティナとポーラが乗っている。(ふたりが着てみたいって言ったのだ)
なんでこのふたりが日本にいるのかというと……
先月の打ち合わせで、配信するゲームは、友情破壊対戦ボードゲーム「おかすと!」に決まった。メーカーにシルヴェスターランドでの配信許可を取り、ライセンス料の交渉もまとまった。
そこで、配信バージョンの目玉として、オリジナルアバターセットを作成することになったのだ。
そのモデルとして、正真正銘の異世界人であるマルティナとポーラ、あと遥(メーカーの企業案件に参加していた)が選ばれたのだ。
訪問及び滞在許可申請を大阪府と兵庫県に提出し、晴れてふたりの日本デビューとなったわけだ。
(なぜか管轄が各都道府県となっている。長距離移動する際は、通過するすべての都道府県に申請が必要だ。地方分権万歳 (皮肉)!)
ちなみに、俺の車は5人乗り。あいにく男を乗せるスペースはないので、淳は電車移動だ。
「これが、二ホン皇国の街並みね……文献でしか見たことが無かったけど、はー、すっごいわね」
「この”クルマ”という乗り物もすごいですね。”エンジン”という、油を燃やして動力にする、内燃機関というものを使っているそうです」
「二ホン皇国からの技術供与品として、農作物とかを運んでる”とらっく”ってやつと同じなの? でも、それに比べると洗練されているような。外装の素材とか」
マルティナは素材屋らしく、車の素材が気になるようだ。しきりに合皮のシートを触っている。
「ああ、「こちら」では、電子機器が動くからな。ツキア皇国に供与されているのは、電子機器を使っていない、旧型の車だ。 ボディの素材も、鉄製・アルミ合金製と違いがある」
「ふーん、合金なのね。軽くて丈夫で、加工もしやすいって、反則じゃない? あとで素材解析したいから、今度ウチに持ってきてね」
「はいはい、わかったよ」
ツキア皇国の馬車の外板が、アルミ合金になる日も近そうだ。
車は近畿自動車道から阪神高速中央環状線に向かう。金曜の午後、車も多いので運転に気を遣う。車線変更を誤ると、まったく違う方向に行ってしまう、恐怖のスポットだ。
ふう……無事、目的のルートに入り、一息つく。
「そういえば、ナオヤさん。 オオサカのニホンバーシという所には、乙女のたしなみ(意味深)を販売している、会員制の秘密結社があると伺いましたが、連れて行っていただけますよね?」
ちっ……やはりこいつ、その情報を押さえていたか。確かにネット通販の発達で、昔より少なくなったとはいえ、日本橋にはそういうスポットが多いと淳が力説していたな。
「兄さん、乙女のたしなみ(意味深)、ってなに?」
遥が不思議そうに聞いてくる。くっ! 「アレ」は女子の間で感染を広げるっていうしな。遥を汚染から守るために、ここはごまかさねば……
「連れて行っていただけますよね?」
ポーラが、後部座席から体を乗り出してくる。くそっ……圧が強い!
「連 れ て 行 っ て い た だ け ま す よ ね?」
「……淳が連れて行ってくれるそうだ」
とりあえず、アイツに押し付けることにした。
*** ***
俺たちはコインパーキングに車を止めると、とある雑居ビルの前に移動した。ここの5階が目的地となる。
「あ、先輩たち、来たっスね。 おーい!」
淳も時間通り到着していたようだ。しかしコイツ、私服になるといよいよ大学生にしか見えないな。男の服装など、描写したくないので省略するが。
「おお……天使な制服JCと、異世界JKがいる……ここは天国っすか……」
悔しいが、ここは淳に同意だ。ローウェル皇立学院の制服も良いものだが(今度遥に着せよう)、こちらの学校の制服を着ていることで、ぐっと実在感が増す。
それが美少女なら、なおさらだ。
マルティナは襟の大きな正統派の名古屋スタイル。彼女は靴下嫌いなので、ミニスカートに、余計な覆いのない脚線美が映える。
ポーラは上下とも水色。確か九州の方にこういう制服の学校があったはずだ。スカートはひざ下の、兵庫スタイル。(ぱっと見は)お嬢様然としている、彼女によく似合っている。
俺たちは受付を済ませると、エレベーターで5階に向かった。
このフロアに、「おかすと!」制作会社の、3Dモデリングフロアがある。
「よお! 久しぶりだな、直也。 遥ちゃんも、こないだぶり」
IDパスを首から下げた、大柄な男が俺たちを出迎える。
コイツは真矢 敬介
俺の大学の同級生で、現在はこのメーカーでエンジニアをしている。
「ああ、久しぶりだな、敬介。 今日はよろしく頼む」
「けいすけさん、お久しぶりです。先日納品した、3Dモデリングエンジンの調子は、どうですか?」
「ああ、まったくもって素晴らしいよ! 君が正式にウチに入社してくれると、みんな喜ぶんだけどね」
……あ、遥ちゃんよ。今日もかわいい~! ウチの妹に、あの可憐さを5%でも分けてくれないかしら……
フロアの女子社員たちから、黄色い歓声が上がる。どこでも遥は大人気だ。
「ふん、貴様ごときの所に、遥を渡すわけはなかろう」
「紹介が遅れたな、このふたりが、ツキア皇国から来たマルティナとポーラだ」
敬介の身の程知らずの要求を一刀両断すると、二人を紹介する。
「マルティナ・フェーザントです。よろしく」
「ポーラ・スチュアートです。よろしくお願いいたしますね」
「真矢 敬介です。よろしく。」
「いやあ、ふたりともカワイイなあ。3Dモデルにしがいがあるよ……特にポーラさん。ふむふむ」
興味深げに、ふたりを見る敬介。
コイツは、見ただけで寸分狂わず3Dモデルを構築し、生き生きと動かすことのできる、天才モデラ―だ。今回の案件にはうってつけだろう。
「マルティナさんはそうだね……ポリゴンの頂点数が少なく済んで、助かるよ」
「……なんか失礼なことを言われた気がする!」
……それは、胸元のことだろうか。どこでもナチュラルにディスられるとは、不憫な奴だ。
俺がちょっぴりマルティナに同情していると、準備が整ったようで、敬介の助手である女性社員から声がかかった。
「オーケイ、まずはその服装のままで、素体モデルを作ろう。みんな、キャプチャールームに入って」
……ん?まさか、俺と淳も撮るのか?
「当り前さ……いまは、女性人気も考慮して、男性キャラも充実させる時代だぞ?」
……どうなるんだろうか?急に不安になってきたぞ。
*** ***
青い壁に囲まれた、10メートル四方くらいの部屋。天井には鉄骨が組まれ、いくつもの高精細カメラがぶら下がっている。
壁に埋め込まれたカメラと合わせ、360度のモデリングと、モーションキャプチャを行う最新設備だ。
「よーし、マルティナさん、そこの真ん中に立ってー」
「ふわぁ……なんかすごいわねー。ここでいいのよね?」
部屋の中央に立ったマルティナに、照明が当てられる。
「おっけ、まずはモデリングのために撮影するよー」
敬介がスイッチを入れると、カメラの動作音がし、様々な角度から撮影が始まる。
心配せずとも、マルティナにはスパッツを履かせているので、大丈夫だ。
「ん、マルティナさん、あまり動かないでくださいね」
画像情報から、モデリングのための頂点情報が抽出され、どんどん3Dモデルが構築されていく。
サポートとして機材を操作している遥と、メインオペレーターの敬介が、すさまじい速さで補正情報を入力していく。
「遥ちゃんと先輩、相変わらず、すごい……」
助手の女性社員が、その光景を見て感嘆の声をあげる。ふん、遥なら、当然のことだ。
ものの数分で、完璧にマルティナを再現した、3Dモデルが完成した。
もちろんそのままでは、肖像権の侵害になるので、目元・髪型・体系などを遥と敬介が調整していく。
あ、ほんの少しバストサイズが増量された。遥、やはりお前は天使だな。
「……敬介さん、おぱんつさんの形状と色について。 わたし的にはクマさんパンツなのに、ハイレグというのが、ぎゃっぷもえ、なのですが」
「いやー、良いセンスしてるね、遥ちゃん。どうせならフロントをゾウさんにしよう」
「らじゃー。 秘密の課金アイテムを買うと、おぱんつさんが見えるんだ」
ん? 何か今、聞き捨てならないセリフが聞こえたような。気のせいだろうか、セリーヌ伯母さん(遥の母親で、オタク趣味に造詣が深い)の幻影が見えた気がしたぞ。
「よし、次はモーションに移ろう。 ひとまず、歩く、走る、魔法を使うシーン、やられて吹き飛ばされるシーンを行こうか」
「わかったわ! この円の中で動けばいいのね」
「オッケーだよ。いやあ、飲み込みが速くて助かるなー」
流石に主席魔導士だな。こういう時は理解が速い……普段はあんなにアホっぽいのに。
「ふんふんふ~ん♪」
「とうっ! はあっ!」
「きゃあああっっ!」
敬介の指示に合わせて、色々なポーズをとるマルティナ。あれだな。こういうのを冷静に見るのは、なかなか面白いな。遥のモニターをのぞくと、マルティナに似た3Dモデルが、彼女の絶妙にポンコツっぽい動きを、完璧に再現している。恐るべし。
その後、ポーラ、遥、俺、淳の順番でモデリング・モーションキャプチャーを行い、すべてが終わったときには、すっかり外は暗くなっていた。
なにか、男組が撮っているときに、「ここはブーメランで……」「いやいや、ラメ入りでしょ……」なる、乙女の会話が聞こえた気がするが、男キャラが服を剥かれることはあるまい。気にしないようにしよう。
……後日、俺たちは耽美キャラとなった、自分に似た3Dアバターを見て、後悔することになるのであるが……
「う~~ん、疲れたけど、楽しかったわ! ねえ、この後はどうするの?」
駐車場に戻る道すがら、体を伸ばしながら聞いてくるマルティナ。
「今日はこの後、串カツでも食って、桜島の方に行くぞ。そこでゲートウェイホテルに泊まる」
「あ、兄さん。 もしかして!」
「そうだ! 明日はウニバーサルスタジオ・ジャパンに行くぞ!」
「やったー!」
「??」
不思議そうな顔をするマルティナとポーラ。
さあ、楽しい休暇の始まりだ!