第15話 海の向こうの帝国で、陰謀が動き出す
西の大国、ヴァイナー帝国。
帝都、中央宰相府・統合作戦司令室。
辺りを圧する、巨大な要塞の一室。
世界の運命を左右する、ある重大な陰謀が動き出していた。
「西方の魔獣どもの掃討も完了したようだな?」
「はっ! テラ同盟国から供与された、火砲及び、動力戦車の威力は絶大であります!」
陸軍から出向している、総参謀長が、眼鏡を光らせながら、誇らしげに答える。
「よろしい。 くく、長年の懸案が、こうも簡単に片付くとはな」
身長2メートルを超える、堂々とした偉丈夫。頬の刀傷が、その風体に更なる凄みを与えている。
彼は、ヴァイナー帝国の宰相、イヴァン・イワノフその人である。
「して、海軍の首尾はどうなっている?」
戦争は、陸軍だけではできない。海軍の働きも重要となる。各軍の現状を把握しておくのも、宰相の重要な仕事だ。
「はっ。海軍については、ワシから報告させていただきます」
がっしりとした初老の男が立ち上がり、報告を始めた。海軍から出向している主席参謀だ。
「テラ同盟国から供与頂いた、20㎝砲を装備した戦艦、10㎝砲を装備した巡洋艦、ともに改修は順調です」
「3か月以内には、6個艦隊、48隻に装備できるでしょう。敵皇国艦隊の、2倍の戦力を確保できる見込みです」
「それは結構だが、敵皇国は陸続きではない。輸送船の確保が重要だが、その点は抜かりないだろうな?」
「もちろんです。民間徴用も含めると、350隻の輸送船団を組める見込みです。 陸軍ご自慢の動力戦車も、船で運んでやらねば、ただの箱ですからな」
自信たっぷりに答える主席参謀:海軍。揶揄するような言葉を、総参謀長:陸軍に送ることも忘れない。
「……ほう、さすがは過日の北方戦役で、海岸警備のみで、弾を一発も打たなかった海軍殿だ。今回は意気軒高のようですな」
「……ふふふ」
「……くくく」
「両名、そこまでにしておけ」
火花を飛ばす主席参謀:海軍と総参謀長:陸軍をなだめる宰相。
思わずため息をつく。
軍も政府機関の一つであり、予算の制約があるとなれば、古今東西、陸軍と海軍の仲が良い軍隊というのは、存在しない。
「陸軍としては、海軍の提案に反対である」
お決まりのセリフから、両軍の縄張り争いが始まり、調停に苦労することもしばしばだ。
「予算については任せておけ、うるさ型の官僚どもを黙らす策は、考えてある」
「……さすが宰相殿ですな。期待しております」
「最後に、魔法軍だが、状況はどうか?」
イヴァンが次の報告を促すと、端に座っていたローブ姿の男が立ち上がる。魔法軍の魔導参謀だ。ほかの参謀に比べて若い。
彼は芝居ががったしぐさで、報告を始めた。
「はっ! 我ら魔法軍ですが、中央魔導研究所が開発した新型使役魔法により、ドラゴン種の使役に成功しております」
「……ほう! それは素晴らしいな」
「はい、それだけではありません。竜魔法の制御にも成功しており、厄介な敵皇国の魔導士どもも、これで一網打尽でしょう」
「まあ正直、陸軍や海軍の助けはいらないと思われますが、勲章も必要でしょう。せいぜい、邪魔しないようにしていただければ」
「!! 貴様! ろくに成果を出してこなかったゴクツブシどもが、1つの成果だけで何をぬかすか!」
「まったく、これだから魔法軍のモヤシどもは! そうまでいうなら、動力戦車の先に括り付けてやるから、防御魔法でも使うがよいわ」
挑発的な魔導参謀:魔法軍の言葉に、激昂する主席参謀:海軍と総参謀長:陸軍
「モヤシとおっしゃいますが、脳筋バカばかり採用する、あなた方にも原因はありますね。そもそも……」
なおも非生産的な罵声の応酬が続くが、大勢に影響はない。
3か月、3か月だ。
準備が済めば、一気に勝負を決められる。ヴァイナー帝国悲願の海洋進出と、ツキア皇国を足掛かりにした、東の大陸への進出。
数々の強引な手段を使ってきたが、世界にヴァイナー帝国の旗が翻る日が、もうすぐやってくる。
イヴァン・イワノフは、満足げに紫煙をくゆらせる。
……いい加減うるさくなってきた。
そろそろ、消音装置のスイッチを入れるつもりだ。