GO! GO! GORILLA!
「ゴリラのくせにキモいんだよ!」
「ギャップ狙ってんの? 普通にないから」
「母親ってかメスゴリラ? ウケる」
さて、これら上記。俺が実際に日々で言われている言葉たちである。
文面だけしたら完全にいびられているというか、言ってしまえばイジメだ。クラスメイト達に明確な悪意はないというか、何でそんなこと言うのかと聞いたらきっとノリでとか言うんだろうが。
俺の名前は松野 吾朗。
得意なことは裁縫、料理、掃除。家事全般。最近凝ってるのはお菓子作り。目指すは自作のアフタヌーンティー。
物心ついた時から母子家庭で、根っからの仕事人間で家事はからっきしだった母の息子である俺がこう育つのも自然な流れだった。
持ち物に裁縫キットを常備するのは当たり前だし、弁当は毎日朝5時に起きて2つ作る。これが全く苦じゃないし、ルーティンというかもはや生き甲斐だ。料理番組とか見るのも大好きだし、母いわくそこらの主婦より主婦してる。
ここまで聞くと自分で言うのもアレだが、お涙ちょうだいというか親孝行な息子だと褒められても良いんじゃないか? まあほら、たまには。
それなのに冒頭のような言葉を浴びせられるのは、どうやら俺の容姿が原因らしい。
ガタイが良いとかデカいとかはまだ良い。全体的に線が太いというか、幼稚園の写真を見ても俺は周りより明らかにデカかった。でも別にメタボとかそういうわけでもなくて、無駄に肩幅が広くて顔も手も足もデカい。それでついた渾名がゴリラだ。それでいて器用なもんだからメスゴリラとか母ゴリラとか言われるわけで。
「俺だって気にしてないわけじゃないんだけどな…」
信号待ちの間、向こうのカフェのガラスに写る自分の姿に何も思わないでもない。ゴリラとかアマゾン育ちとか言われようが心臓に毛は生えてない。
「できるならプリンスみたいな、あんな感じになれたら苦労しないよ」
俺が愛してやまない番組、「家事野郎」のメインMCでありプリンスと呼ばれるMAKOTOさんみたいになれるものならなりたかった。線が細いのに逞しく顔もシュッとしてて、あの人がするとカビにスプレーを吹きかける動作だろうと背景に華が見える。
俺だって好きでこの容姿に生まれたわけじゃないし、空手か相撲か何かを頑張って成長したわけでもないから逆に俺本人が一番不思議だ。言っておくけど暴力は嫌いだし、喧嘩とかも縁がない。そんなことしてる暇があれば料理のレパートリーでも増やしたい。
「みんな悪気がないのがな」
友人達にもお前が否定しないで笑って流すのも火に油だと口酸っぱく言われてるけど、どうにも。嫌だって認めることで、それがイジメなんだと認定されてしまうようで気が重い。後のことを考えてもそうだ。
「…そんなことより、今日の夕飯だ。夕飯」
ぐるぐると憂鬱な考えが頭を巡るのを強制的に振り払い、スマホを開く。ブックマークしてあるサイトの中から、クックパッドをタップ。料理はいい気分転換になる。どうせだから今日は少し奮発して、自分の好物でも作ろう。決めた。
そう思って、少し上がった気分に拳を握る。
なのに、ついてない日っていうのはとことんついてないらしい。
ドン、と後ろから衝撃。
振り向くと前を見ていなかったらしいスマホを手にした男子高校生。目が合って、みるみるうちにソイツの表情が驚愕に染まっていく。連鎖反応みたいに周りの人達の顔が強ばって、何かヤバいものでも見たかのような目で俺を見ている。
――なんだよ。ゴリラだ何だ言われてるけど、そんな目で見なくたっていいのに。
世界まで惨めな俺を囃し立てるみたいにパーッと背後で大きな音が聞こえて、その後は。
「は、?」
何か背中に当たったような気がしたけど、その後は全く覚えてない。