後編
バケモノの巣へ迷い込んだとは知らぬまま、死んでしまった男。
その亡骸を前にして、
「あーあ。結局、半分こ……」
「一匹まるごと食べてこそ、美味しいのに……」
若い娘の姿をした二匹のバケモノが、嘆きの言葉を発した時。
ガラリと扉を開けて入ってきたのは、同じような姿をした、もう一匹だった。
「なんだい、お前たち。お前たちも獲物を見つけてきたのかい」
三匹目のバケモノは、ぐったりとした人間を一人、肩に乗せて抱えている。うつ伏せのため顔はわからず、男か女かさえハッキリしなかったが、バケモノたちにとって、獲物の性別は重要ではなかった。
「おかえりなさい、お母様」
「せっかく見つけたのに、この有様です。姉様が引きちぎってしまって……」
「ちょっと! 私のせいじゃないでしょ!」
「では私が悪いのですか、姉様?」
子供たちの争いを前にして、母バケモノは、苦笑いを浮かべた。
「まあまあ、二人とも。喧嘩は止そうじゃないか。こういう場合の解決策は……」
自分が抱えている獲物を、その場に下ろす母バケモノ。
化物力を駆使して、獲物の体から大雑把に1/3くらいを引きちぎった。それをさらに半分にして、1/6の塊を二つ作り出す。
「何をやっているのです、お母様?」
「いいかい。この1/6ずつを、お前たちに分けてやろう。そうすれば……」
子バケモノ一匹あたりの取り分は、最初の1/2つまり3/6に、母バケモノからの1/6を加えて、4/6つまり2/3。
母バケモノの食べる分も2/3になってしまったので、これで三匹とも同じ分け前ということになった。
「お母様は一匹まるごと食べられるはずだったのに、もったいない……」
「わざわざ私たちのために……」
「いいんだよ。母親ってもんは、そういうもんだ」
子バケモノに対して、微笑む母バケモノ。
大岡裁きの『子争い』とは少し違うが、これも親の愛なのだろう。
いや、そもそも大岡裁きを言うのであれば、母バケモノが提示した解決策は、同じく大岡裁きに含まれる『三方一両損』を思い出させるものだった。
もしも最初の男が生きていたら、そんなことを考えただろうし、口に出したかもしれないが……。
「それじゃ……。いただきます!」
残念ながら、もはや彼は物言わぬ死体。ただバケモノの腹に収まるだけなのだった。
(「大岡裁きかと思ったら」完)