Module_032
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「えっ? は、はい。何でしょうか」
「……ポーションが不足している理由は?」
冒険者に平謝りする職員の言葉が気になったセロは、再びファレナに訊ねた。
「もともと、ギルドにストックしているポーションの在庫が少なかったんです……。いつもはもう少し在庫数があるんですけど、ここ最近はスタイプスの森で起きている異変絡みで負傷者が多かったこともあって、ポーション自体が品薄の状況で……追加の発注はかけているんですけど、異変が起きてからはポーションの値段も急激に上がっているんです」
「それでも、何もしていないってワケじゃないんだろ?」
セロの指摘に、カウンターにいるファレナは強く頷きながら話を続ける。
「もちろんです。ギルドの方もポーション確保に色々動いてはいるんですが、なかなか一定数が確保できていないのが実情です。ギルドから薬師の方にも要請はしているんですが、ポーションの作成はそれなりに時間を要するものですし。薬師の方も頑張ってはいるんですけどね……異変が起きてからはギルドに納入される薬草の量も減少傾向にありましたし……」
「なるほど……」
まさかあの鎧獅子の一件がこんな形にまで影響を及ぼしているなどとは思ってもみなかったことから、セロはついついファレナの話に聞き入ってしまっていた。
「それに、タイミングも悪いですね。この時間帯は冒険者の出入りが少ない時間帯だから……他の冒険者にお願いしてポーションを集めようにも、思うように集められないんです。セロさんとは違って、これから受けた依頼をやる人が多いから……」
「あぁ、なるほど。そうか……どうりで静かだと思った」
セロはファレナの言葉にハッとして辺りを見回す。確かに彼女の言う通り、昼前のこの時間帯は朝の時とは違って人影がまばらであった。
(ふむ……元凶である鎧獅子は討伐したとは言え、この様子じゃあ普段通りにまで状況が戻るまでには未だ時間がかかるな。さてどうするか……)
確かに「自分には関係ないから」と言って切り捨てるのは簡単だ。しかし、重傷を負ってもなお「生きたい」と願い、死に抗うその負傷者たち姿にセロはどこか楽園の子どもたちの姿が重なった。
(あの時、俺は死にゆく楽園の子たちに何も出来なかった……)
ふと当時のことを思い返したセロは、軽く唇を噛んで押し寄せた後悔を抑え込んだ。襲い来る理不尽な力に、なす術も無く命を散らせていった子どもたち。幼い子どもたちは自らを殺そうとする暴力から必死に逃げまどいながらも、どうにか生き残ろうと抗っていた。
(俺にはその理不尽に抗えるだけの力があった。けど――結局彼らを見捨てた。自分が生き残るために……)
外界より隔離された「楽園」という檻から逃れるため、襲い来る凶刃から逃れるために、あの時は仕方がなかった。また、たとえ斬り伏せられた仲間を助けようとしても、ポーションも設備もないあの状況下では助かる確率そのものが低かっただろう。
(状況的に見て仕方がなかった。そう言うだけで終わるなら簡単だ。けど――俺は……)
身勝手だということはセロ自身も理解できていた。
だが、それで納得できるかどうかはまた別の問題だ。
(あぁ、そうだよ。誰だって死ぬのは怖い。だからこそ生きるために必死で抗うんだ。俺も――)
あんな理不尽な死は二度もゴメンだから――
「――なぁ……追加で1コ質問なんだけど」
ギュッと手を握り締めたセロは、軽く息を吐くと意を決して目の前のファレナへ訊ねる。
「は、はい。今度は何ですか?」
「あの人たち全員を助けるには、どのくらいのポーションが必要なんだ?」
「えっ? いや、ざっと見た感じだと……重傷者も複数名いるので、20本程度は必要ですね」
(20本……か。なら、なんとか手持ちのものでいけるか……)
考えを纏めたセロは、ファレナに「最後の質問」と前置きして口を開く。これから自分がやろうとしていることは、この世界の常識では計り知れないものかもしれない。
「魔法」という秘密を抱える自分にとっては、最悪その秘密が露見してしまうかもしれない。
――でも。
「――ポーションの空き瓶って、どれだけある?」
唐突に告げられた質問に、ファレナはセロの意図が読めず、戸惑いながらも「50はあると思います」と答える。
「なら、その空き瓶、ここに用意してくれないか? 急ぎで」
「へっ? ちょ、ちょっと一体何を――」
ファレナの慌てて返した言葉に、セロは笑いながら答える。
「いや、丁度手持ちの材料があるから、この場でちゃちゃっと作ろうかなーって」
(もう二度とあんな後悔を抱えるのはまっぴらだ。あぁ、そうだよ。これは俺を、自分を納得させたいがためのエゴだ。救えるなら救ってやるさ。ただし――俺なりのやり方で)
「作るって、何をですか?」
「何って……ポーションだけど?」
ケロリとした顔で告げられたセロの言葉に、ファレナは意味が分からず思考がわずかに止まった。
「ちょ、ちょっと待ってください。ポーションを作る!? この場でですか?」
「そう言ったけど? 丁度手持ちの材料で賄えそうだからな。何か変なこと言ったか?」
思わず素っ頓狂な声を上げたファレナに、セロはやや目を見開きながら問い返す。
「い、いや……それは嬉しいんですけど、現実的に無理でしょう? ポーションの作成には、いくつかの工程が必要だと聞いています。そもそも、薬師に依頼してもポーションの完成までには数日を要してしまうのが通常です。この場でできるなんてとても――」
「あー、まぁそう言うなら、実際に見てもらえばいいか」
慌てた様子で訊ねるファレナに、セロはそう言いながらポーチに手を突っ込み、目的のものをカウンターへと置いた。
「これは……?」
「俺が作った『ミニ・メイキングボックス』っていう名前の精霊導具だよ。え~っと、ざっと20本分だから……量はこんなもんかな」
セロは取り出したミニ・メイキングボックスをカウンターに置くと、続けてポーチから二本のリング草と直径5セトルほどの魔核2個を取り出し、カウンターに並べる。彼の取り出したミニ・メイキングボックスは、丁度ティーポットを一回り大きくしたような形を成しており、蓋が無い代わりにその上部が二段の引き出しになっていた。
セロの告げた通り、カウンターにおいたティーポット型の道具はその名を「ミニ・メイキングボックス」という。これはカラクたちの前で使用した「メイキングボックス」の小型版と呼べる精霊導具で、上部に設けられた引き出しに素材を入れると自動でポーションなどの薬液を生成できてしまう優れものである。
しかしながら、そのサイズが小さいため、メイキングボックスのように保存用の容器まで作成することはできず、あくまでも薬液の生成のみに機能が限定されている。
なお、機能限定版ではあるものの、目的である薬液生成に必要な素材は最小の量で最大の効果が得られるように設計されている。
「えっと……これが精霊導具……? しかも、セロさんが作った?」
あまりに唐突な話に、さすがのファレナも目の前の事態が呑み込めず、セロの言葉にオウム返しで訊ねる。
「そうそう。ちょっと小さいから、機能としてはポーションみたいな薬の調合と生成に限定されちゃうんだがな。さて、と。リング草と魔核をそれぞれの引き出しに入れて……と。んで……スイッチを入れて~」
慣れた手つきで引き出しを開けて薬草と魔核を投入したセロは、下部に取り付けられたボタンを押す。すると、そのボタンの横に「3:00」と数字が浮かび、カウントダウンが始まった。
「これで終わりだな。空き瓶の方は?」
「えっ? あ、はい。ちょ、ちょっと待っててください!」
セロの言葉にハッとしたファレナは、不安げな顔を浮かべたまま一度ギルドの奥へと引っ込んだ。
そして、数分後。
「すみません……本当に、こんな簡単な手順でできるんですか? とてもそうには――」
「まぁまぁ、いいから見てろって。もうすぐだからさ」
セロに言われた通り、空き瓶を抱えて戻って来たファレナは、困惑の表情を見せつつカウンターに置かれたミニ・メイキングボックスを見つめる。一方、セロはなだめるように言葉をかけながらじっと表示されるタイマーを見つめた。やがて――浮かんでいたタイマーが「0:00」と表示された瞬間、「チン」という音とともに作成が完了し事を告げた。
「ほい、出来上がり。あとは空き瓶に注いで、と……」
事前にファレナが用意した空き瓶の一つを手にしたセロは、長く伸びた注ぎ口を傾け、瓶の中にできたばかりの薬液をゆっくりと入れていく。
「嘘っ……本当にポーションになってる……」
カウンター越しに見つめていたファレナは、セロが傾けたミニ・メイキングボックスの口から注がれるその薬液の色を見て息を呑んだ。次々と空き瓶に注がれるその薬液の色は、ファレナも見慣れたポーションのその色と全く同じだったからである。
(いやぁ……20本分をたった3分かー。って、カップ麺かよ!? なーんてツッコミは……うん、期待しないでおこう)
セロはそんな場違いな感想を抱きつつ、並べられた20本全ての空き瓶に薬液を注ぎ終えた。




