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死神時雨と祓屋探偵 その①



 この間の屋敷事件から一週間が経とうとしていた。

 夕食、桔梗さんはなにやら浮かない表情をしている。


「桔梗さん、何かあった?」

「いえ…。何もないのです。」

 

 何もないとは思えない顔だが、桔梗さんはそう答えた。


「じゃあなんで、そんな思い詰めたような顔してるんだ?」

「何も、何も起きていないからですよ。ずっと考えていたのです。この地域で先週のあれ以来、何も目にしていないんです。それがおかしいんです。」


 と、桔梗さんは茶碗と箸をことん、と食卓に置き、真剣なまなざしで話始めた。


「いいですか。放置されていた期間が長い分、本来ならこの辺りにはもっと霊や妖怪がわいているはずなのです。しかし、実際には不思議なくらいに平和です。」

「たしかになぁ。わたしも最近この辺はやけに静かだと思っておったんよぉ。」

 

 ばあちゃんもそう感じてたのか。


「はい。ですから一応確認を取ろうと、隣の地域を担当している死神の元に訪ねようと思っています。」


 桔梗さんが我が家に来た時に現世での死神事情については色々教えてもらったが、死神は、地域ごとに管理を任されているらしい。つまり、桔梗さんは隣の地域を担当している死神が、長年担当者のいなかったこの辺りの霊たちも一緒に除霊してくれているのではないかと考えているのだろう。


「わかった。俺も行くよ。気になるからな。」

「では今週末、よろしくお願いします。」


 そういう訳で週末は、桔梗さんと少し遠出することになった。






「あ、このお弁当美味しそうですね。私はこれにします。」

「あ、あぁ…。」


 まさかその〝隣の地域″が電車で1時間半もかかるとは。

 しかし、桔梗さんは真剣に駅弁を選んでいる。


「現世での名物である駅弁、一度食べてみたかったんですよ。冥界に電車はないので。」

「そうなのか。」


 桔梗さんは普段、感情をあまり表に出さないし喋り方もずっと単調であるから、何を考えているのかよくわからない。だが今、頭の中は弁当のことでいっぱいなんだろうな。それくらいはわかる。


 俺たちが電車に乗り込むと程なくして発射した。さっそく、桔梗さんは無表情ながらもどこか幸せそうに弁当をほおばる。そういえば桔梗さんはウチでもよくご飯を食べている。それは遠慮なしに。だが、その食べた分はいったいどこへ?と思うほど桔梗さんは細身だ。鬼に変身…いや、姿が戻っても体型は人間に化けている時と全く変わらない。一体、体のどこにあんな馬鹿力が眠っているのだろうか。妖怪とは不思議なものだ…。


 そんなことを考えているうちに電車は目的地へ到着していた。

 駅を出ると俺たちの住む町よりはるかに、のどかな田園風景が広がっていた。


「お、俺たちの町も結構田舎だと思ってたけどさ…ここに比べたら、その…なんというか…、滅相もないって感じだな…。」

「そうですね。とても落ち着いていてよさそうなところです。彼女はこの辺りに住み憑いていると聞いています。少し歩きましょう。」


 住み憑いている…?ここの死神も桔梗さんみたいに誰かの家に居候しているのか。


「こっちの方は住宅街になっていますね。この方向が臭います。」


 そう。確かに住宅街だ。築何十年のアパートや一軒家が立ち並ぶ。人間以外のなにかも沢山住んでいそうな、確かに住宅街だ。


「この辺りだと思うのですが…。あ。」


 桔梗さんは上の方を見上げる。

 そこには、右でこから一本角の生えている、藍色の着物を着崩した鬼が、屋根の上で瓶酒を喰らっていた。


「…ん~?あんたらアタシが見えているのかい?」


 その鬼が下りてくる。彼女は僕より少し大きく、桔梗さんよりも年上のような見た目…なんというか大人な雰囲気のある女性だ。


「あれ…、あんたどこかで…。って桔梗様じゃないか!なんでこんなとこにいるんだい!?」

「時雨。お久しぶりです。相変わらずですね。」


 この鬼は時雨というらしい。


「ちゃ、ちゃんと仕事はしているよ!それで、何で…というかこの子は誰だい。あんたもアタシが見えているみたいだけど…。あんまり霊力は感じられないねぇ。」

「この方は現世で私がお世話になっている藤家家の当主、大和様です。まだ何も出来ないひよっこの霊媒師です。」


 ひ、ひよっこ…。確かにそうだけど!


「は、初めまして。家が神社で、その…最近この世界のことを知って修行中の身です。」

「ふ~ん、てことは桔梗様が師匠かい。まあ精々頑張ることだね!ハハハ!」


 ん?一体どういうことだ?


「それで、なんたって冥府庁のお役人の桔梗様がこんなところに?」


 冥府庁のお役人?桔梗さんってもしかして、向こうではなにかすごい人だったりするのだろうか。


「まあ…、現世の視察のようなものです。人手不足というのもありますが。」

「人手不足?そりゃおかしいんじゃな…」

「今はどうでもよいことです。ところで。」


 桔梗さんが何か話そうとしていたところ


「時雨、その子たちは…?」


後ろから男性の声が。


「あぁ、悠治郎帰って来たのかい。おかえり。」


 30歳くらいだろうか。眼鏡をかけていて、高身長だが細身でどこかパッとしない見た目の男性が大荷物を抱えて立っている。


「ただいま。お客さんかな?よかったらお茶でも飲みながら事務所で話したらどうかな。」


 事務所…?そういえばこの一軒家にしては少し大きな建物、窓ガラスには『東風名探偵事務所』と書かれてある。なるほど、時雨さんはここに居候しているのか。ということはこの人もやはり霊媒師なんだろうな。


「そうですね。長くなりそうなので。」


 桔梗さん、絶対茶菓子とか気にしてるいんだろうな。


「じゃあお邪魔します。すみません。」


 中は至って普通の事務所であった。


「それで君たちはー…。」


 桔梗さんは自身が死神であることや僕の家のことなどを手短に、嘘偽りなく話した。

 死神の存在を知っている人には話しても差し支えないみたいだ。


「なるほど。で、そんな君たちがわざわざ時雨の担当区に来たということは…お説教かな?」

「悠治郎!アタシはちゃんと仕事してるからね!最近は滅多に霊も妖も見ないけどさ。」

「それです。その件で来たのです。やはり時雨が私の担当区も務めてくれていた訳ではないのですね。ということは…やはり何かありますね。」

「何の話だ?実は僕、ここ一ヶ月ほどこの町にいなかったんだよね。見た通りだけど、出張帰りさ。」


 悠治郎さんは霊妖関係専門の探偵をしているらしく、このように数週間家を空けることはざらであり、この辺りの霊妖の管理などは全て時雨さんに任せきりだそうだ。


「なるほど。桔梗さんの区も異常に霊魂が少ないのか。確かに不自然だね。少し調べてみる必要がある。僕も手伝うよ。」

「ご協力感謝いたします。」

「というか、時雨はまた見回りを怠っていたんだろう。大体の責任は君にあると思うけどね。」

「そんなことないよ!!」

「…時雨またサボり癖がぶり返しましたか。」


 そんな。癖がぶり返すって…風邪みたいに…。


「やっぱり君、地獄にいた時もサボってばっかりいたんじゃないだろうね?」

「悠治郎さんのおっしゃる通りです。時雨は本当に…」


 桔梗さんと悠治郎さんは時雨さんの話で盛り上がっているが…。


「あの、ちゃんと調べた方が…。」


 この調子じゃいつまでたっても帰れない気がしてきたので俺が止めに入った。



 ズズズズ…ごくっ。


「はあ。そうですね。お茶とお菓子、ご馳走様でした。とりあえず私はこの辺りを少し見廻ってきます。何か時雨が見落としていることがあるかもしれません。」


 桔梗さんは勢いよくお茶を飲み干すとその場に立ち上がった。


「俺も行くよ。」

「いえ、大和はここに残って時雨の話を聞いていて下さい。その間に行ってきますから。」

「わかった。それじゃあ何かあったらすぐにこれで連絡してくれよ。」

「はい。使い方はばっちりです。では行ってきます。」


 先日桔梗さんに渡したスマホだ。妖怪は電波とか機械がどうも苦手らしくて使えるようになるまで苦労したが。


 桔梗さんは素早く鬼の姿になり、風のように出ていった。



「それで、霊や妖を見なくなったのはいつ頃かわかりますか?」

「ん~、どうだろうねぇ。少なくとも悠治郎が出張に行く前はまだこの辺りにぞろぞろと湧いて出ていたと思うけどね。」

「そうだね。僕が出張に行く前、いつも駅にいる霊を見かけたと思う。確かに、その霊もさっき帰ってきた時にはいなくなっていたから少し奇妙に思ったよ。」


 霊がいなくなるほうが奇妙とはまた面白い話だが…。確かにここ数週間でこの辺りの霊は突然消える現象が起きているみたいだな。そしてそれは俺たちの町、三鈴町にも拡大してきているということだ。


「誰かが祓っているとは考えられないんですか?」

「それはないだろうね。この町にも隣町にも、神社や寺があるくらいでそんな大層なことができる呪術師や霊媒師なんて聞いたことがない。」

「そうだねぇ。確かに、この町にも隣町にもそんな奴がいることを聞いたことはない。だが、この町や隣町じゃないところでならどうだい?」

「そうか…そういうことか…!それは考えられる!」

「他に霊媒師が来ているってことですか?」

「それも考えられるけど、そんな奴はいないさ。たいてい、霊妖の祓い屋と呼ばれる霊媒師・祓魔師は仕事として話が来ない限り、わざわざ出向いて霊や妖を祓うなんてことはしない。まぁ修行中だったりする場合、話は別だが。それに大量に、こんなド田舎の霊退治を依頼するような人がいるとも考えにくい。いいかい?わざわざ、こんな所まで来てすることって言うのはきっと何かヤバいことなんだよ。」


 悠治郎さんは何かに気づいたように俺に真剣に語りかける。


「つまり、何か悪だくみをしている連中がいるってことだ。わかるかい、坊ちゃん?」

「坊っ…!時雨さん、俺17ですよ!」

「赤ちゃんじゃないかい。坊ちゃんでもなかったねぇ。」


 なんだこの鬼!?そもそも自分が酒飲んでうかうかしている間に起きたことだろーが!


「時雨、ここ数週間で怪しい人物は見てない?」


 悠治郎さんはそう聞きながら棚にある、ファイリングされた分厚い資料を取り出し、ペラペラとめくり始めた。


「怪しい人物ねぇ。いかにもな連中がいればすぐわかるさ。だけどそういう質問じゃあないんだろ?怪しいかどうかはさておき、数週間前に駅で何十人かの団体の登山客は見かけたね。」


 登山客か、この辺りは盆地だから、ハイキングに人気のある山が沢山あると聞く。その登山客の中に怪しい人物がいるということを時雨さんは言いたいのだろう。


「団体客か…。それも登山客となると荷物も多いしカモフラージュしやすい。その団体客全員が何らかの組織である可能性は高い!」


 二人は資料を見て、何かを探しているようだ。


「山ねぇ。だとしたら壬六山が怪しいかもしれないね。あそこは墓地もいっぱいあって霊がたまりやすい地形になっているし。でもアジトを見つけて叩くには少々骨が折れるね。広すぎる。」


 そういえば桔梗さんが出ていってから数十分たっているけど何も連絡は来ない。桔梗さんのことだから何も心配はいらないはずだけど、なんとなく胸騒ぎがするというか。


「あの、俺一応桔梗さんに連絡します。もしかしたら何か見つけてるかもしれないし。」

「桔梗…そういえば彼女、鬼の姿で出ていったね?もし奴らが本当にこの町のどこかに潜伏しているなら…いくら彼女でも危険かもしれない!数人がかりとなればその辺の呪術師でも押さえつけることくらいはできてしまう!」


 なんだって!悠治郎さん!それを早く言わんかい!


「き、桔梗さんがそんなことに!?と、とりあえず電話…。」


ツーツーツー


電話に出ない…!


 呪術師…、桔梗さんが前に言っていた。霊妖を祓う霊術を操る霊媒師・祓魔師以外にも呪いを操って霊妖に干渉することができる呪術師という人がいるというのは知っている。そして呪術は、祓うための霊術と違って人に干渉することもできるため危険だそうだ。だが今はそんなことを言ってられない。俺もいざとなったら微力でも戦わなくては。


「まさかとは思うけど、あの桔梗様が本当につかまったりしてないだろうね?」

「まってくれ、見つけたぞ。多分この組織だ。数年前に同じような事件が東北の方で起きている!優れた呪術師も何人かいる。だがやっていることはギャング同然だ。手懐けた霊魂で犯罪まがいなことしたり、街を襲っている。」


 そんな組織が存在するのか。全く想像もつかなかったが、言われてみれば自身が特殊な能力を持っていれば悪い方向へ使うことを考える人くらいいるだろうな。


「そんな!誰か取り締まる人とかいないんですか!?」

「それが僕たち祓屋協会だよ。そしてその協力者たる、業界のトップシークレット、死神。死神に関しては祓屋の中でも超秘匿事項だ。死後の世界に関わる情報が洩れるといけないから、死神に選ばれた数少ない人間しか知り得てはいけないんだ。」


 秘密であることは桔梗さんにも初めてあった時に散々釘を刺されたが、やはり祓い屋の中でも死神の存在は極まれなものということか。


「それでその死神は、人に言われるまで気づかなかったんですね。」

「は~?な~んにも出来ない赤ちゃんに言われたくないけどねぇ?」

「そうだね、僕がいなかったから目を付けられたのかもしれないけど、時雨にも責任はある。早く壬六山へ行こう。」

「桔梗さんに渡したスマホにはGPSがついているからそれで位置がわかるはずだ!」


 スマホで桔梗さんの位置を確認すると、時雨さんの予想通り壬六山、東部にポイントされている。ということは本当につかまってしまっているのだろうか。すごく心配になってきた。

 俺たちは急いでその地点へ向かうことにした。


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