青い花の贈り物
僕はいわゆる何でも屋というものをやっている。今日の依頼が僕の人生を大きく変えるものだとはこの時の僕は知る由もなかった。
「ふぅ、今日も相変わらず街の掃除とか花壇の手入れとかの依頼だったな」
僕、相澤弘樹は絶賛ニート中だ。そこそこの大学を卒業してそこそこの企業に就職したけれど自分の何の変哲もない人生のルートに飽きていきなり「職業・何でも屋」を始めたのだった。
「さて、バイトに行くか」
当然何でも屋だけでは生計を立てていけないので住処の近くのコンビニで働いている。今は5月の中旬頃、春のなんともせわしい気持ちが落ち着き季節の移り変わりを実感出来る季節だ。今年の5月は例年に較べてかなり寒い方だと思う。花壇の手入れをしている時に僕の近くを通り過ぎる街行く人はみな5月とは思えない暖かい格好をしていた。
そんな中、まるでそこだけが夏であるかのような格好をした女の子が向こうから歩いてきた。
「小学生ってやっぱり元気だよな。僕か小学生の時もすごい寒い日に半袖で強がってるクラスメイトもいたな」
と自分の小学生時代を思い出す。今考えれば特に何にもない平凡な日常だったが、当時は周りにあるもの全てが自分には初めてのことでそれらは輝いていた。そう、全てのものが輝いていて希望に満ちていてそ
してなにより僕は生きていた。そんなことを思っていると突然、
「お兄さんここで何してるの?」
と話しかけられた。しかもそれは例の夏の格好をしている元気そうな女の子だ。突然のことになんと対応していいかわからなかったがここは大人の対応を見せなくてはならない。
「僕か?僕はこの街で何でも屋をやっているんだ。にしても君、知らない男の人に話しかけちゃダメじゃないか。悪い人だったらどうするんだ。近頃は物騒だからな、真っ直ぐおうちに帰った方がいい」
と何故か説教臭くなってしまった。何でも屋である以上、諭さないわけに行かなかった。
「大丈夫だよ!だってお兄さんは優しい人だもん。何でも屋かぁ、もしかして私が頼み事したら手伝ってくれるの?」
「大丈夫って…」
小学生の女の子と話してること自体周りから見たら僕が犯罪行為に手を出してると思われるんじゃないか?と不安になるが本当に何もしてないので真摯に対応するしかない。これも何でも屋ならでは意地の張り方だと思う。
「まぁいいいか…僕は何でも屋だからお金をもらってこの街の人の手伝いをしているんだ、例えば街の掃除とか花壇の手入れとか交通整理とかかな」
「そうなんだ!やっぱり優しい人だね。私、捜し物をしているの。お金は持ってないから、うーん…あっ!これをあげるからいっしょに捜し物を探すのを手伝って欲しいの!」
そう言いながら差し出したのは桜の花びらの柄をした簪だ。この歳の女の子が持っているなんてなかなか珍しいし簪を持っていること自体この時代では珍しいのではないか?僕は簪についての知識はあまりないが髪を巻くのにはそれなりにコツがいると聞いたことがある。まぁそんなことは置いといて、捜し物の依頼か。依頼をされた以上何でも屋としては仕事を受けるしかない、しかも報酬まで差し出してきた。正直この少女のコミュニケーション能力がありすぎて本物の犯罪に巻き込まれないか心配になってきたがそれは追追伝えていこう。つまり、僕は迷い迷った挙句この依頼を受けることにしたのだ。と色々考えていると、
「私ね、実は前病院にいたの。」
「えっ?」
突然の告白に僕は固まる。そのまま少女は語る。
「交通事故にあって意思不明の重体だったらしいんだけど奇跡的に目を覚ましたらしいの。私100日間も意
識を失っていたんだって。100日目に意識を取り戻したってのもなんかすごい奇跡感あるよね!」
まるで昨日のテレビ番組の話をするような雰囲気でさらっと言った。どうしてこんなことを言ったんだろうか、意図は読めないがその話の続きを黙って聞いていた。
「私事故に遭う直前、青い花を探しに歩いていたの。その花はとても綺麗なんだけど実物この目で見たことがなくてどうしても見たくて…。今日はね、退院してやっと落ち着いたからこの青い花探索をまたしようと思ったの!でもやっぱりなかなか見つからなくて、そこでお兄さんに話しかけたの。実はお兄さんのことは前から知ってたんだ。優しい人だって知ってたの!」
気付けばあたりは一面の空色で染まっていた。この空色は懐かしい感じがして僕に絶対的安心感を与えた。初対面のこの女の子を昔から知っていたかのように感じた。この街に住んでてこの街で何でも屋をやっている僕を知っていてもおかしくはないな、と何故か納得出来てしまった。
「青い花か…」
僕はこの街で花壇の手入れをしているが青い花を見た事がないのだ。しかもここら辺で自分が管理している花壇以外に有名な場所はなかった。
(ここで断ったら何でも屋の名前に背くことになるな…受けてみるしかないな)
「事情はわかった。一緒に探そう!絶対みつけよう!」
「ほんと!?ありがとう!うれしい!」
ああ、こんなにも喜んでくれるなら引き受けてよかったってもんだ。何でも屋冥利につきる。
「その花が咲いてる場所に心当たりはある?」
「あのね、あっちの公園に行ってみたいの」
あっちの公園、とは多分隣町にある羊ヶ丘公園のことだろう。
「じゃあ行こうか。そういえば君の名前を聞いてなかったな、僕は相澤弘樹っていうんだ」
「私は不知火遥っていうの。珍しい名前だからみんなはるかって呼ぶよ。お兄さん、相澤さんはなんで何でも屋をやっているの?」
不知火、確かに現実世界ではあまり耳にしない名前だ。それにしても僕がなんでもやっている理由か。小学生相手にどう言ったもんかなぁ、と考えつつ正直に言うことにした。
「不知火さんよろしく。僕は僕にしかできないことをやろうと思ったんだ。人は何かしらの役割を持って生まれてくるって言われるけど僕は違う、何かの役割を得るために生きているんだってね。もちろん役割を得ないっていう役割を担ってる人もいる。でも僕は今まで何も考えないで周りに流されて自分ってどういう人間なんだろう?って言うのがわからないまま生きてきたんだ。だからね、僕は僕にしかできないことをやるために、また新しく探すためにこの何でも屋をやっているんだ」
「そうなんだ、もし探してても見つからなかったらどうするの?」
僕は即答できなかった。見つかるはずだと信じてここまで来たんだから。そして僕はこう答える。
「難しい質問だなそれは。いつ僕が死ぬかはわからないけどいつかその死ぬ時までに自分が模索してきた道をどれだけ振り返って反省してどれだけ長い距離を歩いて行けるかが大事だと思うんだ。だから周りから見て結果をのこせていないと思われても僕にとってこの道を歩くことが僕の生きる意味だし役割なんだと思ってるからもし捜し物がなくてもそれもまた僕の道の選択のひとつになる。」
不知火さんはしばらく黙り込みそのあと納得したように笑顔でこちらを見た。
「私はお兄さんが信じた道を歩けてることはすごいなって思った。迷いに迷って地獄を見る人もいるからね。迷うこと自体も歩いてる道に含まれるならその心配はないのかな」
なぜか僕は小学生相手に真面目に語ってしまった。と言うよりもむしろ言わなきゃいけない、伝えなきゃいけないと思ったしとても小学生とは思えないほどの思考をもっている不知火さんと対等に話さないことはなんとなく自分が許さなかった。
そんなことを話しているうちに目的の羊ヶ丘公園にたどり着いた。
この公園の案内マップを見る。が、どこにも花壇はない。むしろ森が茂っていてその中にアスレチックなどが設置されている公園だった。
「この公園に青い花あるかなー?」
「きっとある、あるって信じてる、絶対にある!相澤さんこっちきて」
不知火さんは当然青い花がここにあるかのように、なくてはならないものかのように必死に、そして希望をもってそう告げているように見えた。まるで今日青い花を見つけ出さないとしんでしまうかのように。
いつのまにか彼女は僕の手を引き2人で森の茂みに入っていく。草をかき分け、土をふむ足の音が響きわたる。当初感じていた小学生の女の子と2人でいることに対しての罪悪感は消えた。なぜならこれは僕のやらなければならない仕事であり乗り越えなければならない出来事だと何故か感じ取ったからだ。二人の間に言葉はない。しかしなぜか暖かい雰囲気に僕は包まれていた。周りの森は薄暗くもうそろそろ日没が迫っていることを僕らに知らせる。日没が何故か今日は恐怖と焦燥感を感じさせる。僕達と森の境界面では雨が降っていてまるで僕達が積乱雲のようだ。
どんどん道を進んでいく。
もはや自分が何をしているのか、何者なのか分からなくなる。
僕はどうしてここにいる?
「相澤さん、私はあなたを連れ戻しに来たの。」
え?
彼女の言葉で僕は再び彼女との温かさを取り戻す。
「相澤さん着いたよ…!」
落ち着いた声で不知火さんは到着の合図を知らせる。その姿は小学生とは思えないほどの落ち着きだった。いや、小学生とは思えないのではない、ほんとに大人の姿に見えたのだ。こんなこと現実ではありえないと思いつつもこうなることが分かっていたかのように僕の頭は冷静でこの状況を受け入れている。
この暖かさはなぜか覚えがある。1度も体験したことがないはずなのに。これがデジャブというものかと思ったけれどもデジャブにしては現実感がありすぎる。そんな困惑もどうでも良くなるくらいの情景を僕は次の瞬間見ることになる。
「…なんだここは…」
一面に青い花畑。
丘なんてものじゃない。永遠に続く草原その全てが青い花で埋め尽くされていた。一言で言うならば理想郷、桃源郷とでも言うべきであろうか?
「よかった、相澤さんとここに来ることができて。」
「私ね、実は相澤さんにとても感謝してるの。だってこの命は相澤さんに救ってもらったんだもの」
「それはいったいどういうこと…?僕は不知火さんとは初めてあったしそんなはずは…」
不知火さんとは今日初めてあったはずだ。以前不知火さんが僕を街で見かけていたとしても僕が命を救った、なんてことは起きてないはずだ。
「ううん、相澤さんは知らなくて当然なの。でも私は救われた。だから次は私が相澤さんを救う番!」
丘に日が沈む。
この永遠に広がる青い草原が赤に染まる。
僕はもはや現実を認識できなくなっていた。もしかしてほんとにここは現実ではなくて理想郷なのでは?と思ってしまうほどだ。
「本当はもっとゆっくりしたかったんだけどもう時間があまり残ってないんだ、ごめんね。」
彼女はまた意味のわからないことを言う。気がつくと不知火さんは僕の目の前にたって今までにないくら
いの笑顔で、しかも泣きながら最期の言葉であるかのように告げた。
「相澤さん、私を助けてくれてありがとう。この恩は一生忘れない。次は相澤さんの番だよ。また会おうね。」
彼女が言い終わった途端日は沈みあたりは暗闇へと染まった。まるで命の灯火をプチンと切ったように。
「相澤お前何やってるんだ!」
「お前のせいでこんなことに…」
「お前がいなければ成功していたのに」
「頼む、目の前から消えてくれ…」
数々の僕への言葉があびせられる。これは現実じゃない。でも過去に起きた本当の出来事だ。
そう、僕は失敗したのだ。
社会で生きていくことに失敗した。どんなに頑張ってもどんなに自分を捨てても上手くいくことは無かった。自分を捨てて周りの顔色ばかり見ていたのが良くなかったのかもしれない。だから僕は捨ててしまった自分をもう一度見つけるためにゼロから全てをやり直した。
気がつくと僕は横断歩道に立っていた。まだ夕方なのに体がフラフラする。あーそうか、仕事を辞めて昼から酒を飲んでフラフラしていたんだな、なんて情けない。
そこでふと道の脇にある花壇を見つけた。そこにある一輪の花を見て僕は止まった。青い一輪の花である。
「この花なんだろう、見覚えがあるな」
「これね、私が植えたの!ここら辺では滅多に見れない花なんだ!」
と少女にいきなり話しかけられる。
僕が驚いた顔をしていると少女は微笑しながら横断歩道を駆けていく。
瞬間、僕はとても嫌な予感がした。そう遠くないところからありえない速さでせまるトラックのエンジンの音が聞こえる。
「なんなんだこれ…」
そう口から零れた瞬間、僕は何を血迷ったか駆け出していた。
まるでその少女を的にしてるかのように猛スピードで突っ込むトラック、少女に向かって走る僕。
どちらが速いかは言うまでもない。あたりの時間が止まったように感じ僕は自身の死を咄嗟に悟った。
「あー何してるんだろうな僕は」
僕は少女に手が届いたのだろうか?いや届いてなかったとしても届いていたと信じたい。
暗闇に包まれながら僕は全てを思い出した。
「そうか、僕は本当に死んでいたんだな…」
全く僕はヒーローにでもなったつもりか?要するにこういうことだ。僕は仕事を辞めてニート生活をしていた時に酒に酔っていた勢いで事故に巻き込まれそうになった少女を助けようとし結局僕は死んだということだ。
おそらく少女も助かっていないだろう。飛んだ大バカ野郎だったな僕は。しかも未練があるのかこの世界では街で何でも屋をして花壇の手入れをしていると来た。
「全く呆れちゃうなこれは…はは…」
「お兄さん起きて!相澤さん!相澤さん起きて!」
なんなんだこの声は…どこから聞こえてくるんだ?ここは暗闇で僕しかいないはずなのに。
ふとその声がする方が小さく光る。何も考えることなく僕はそちらへ歩いた。僕は体の原型はもうないけれども着実にその光へ1歩ずつ歩いていけてることを感じた。
だんだんと白い光が僕の体全体を覆い尽くす。そこは心地よく暖かいものだった。僕の意識は空気に溶け込んでいった。
遠くから聞こえる呼びかけがある。
「相澤さん!相澤さん!?先生!相澤さんが目を開きました!!」
けたたましいな…僕はまだ寝たいんだけど…って僕は寝てたのか?あれ、今まで僕は何をしていたんだっけ…長い夢を見ていたような…
「ん…ん?ここは…」
ここは病院だった。
手には桜の簪が握らされていた。それを見ると何故か涙が溢れ思い出せない誰かの安否が気になる。
後から聞いた話によると、僕は仕事を辞めた日に小学生の女の子を交通事故から守り自分は意識不明の重体となっていたそうだ。
なんと100ヶ月もの間僕は意識を失っていたらしい。植物状態となっていたのだ。
100ヶ月もの間寝ていたという事実に驚きを隠せないが自分が生きていたという事の方が驚きだった。約8年間の間でこの世界は、この社会は大きく変わっていた。
とにかく僕は生きていた、このことを無駄にしないようにこれから生きていかないといけないと強く思いつつ不安に見舞われながらも新生活を始めようと準備を始めていた。
そして退院の日、僕は人生の転機に出会った。
「相澤さん…!目覚めたんですねよかったです…本当によかった…私を助けてくれて本当にありがとうございました…!」
若い女性が僕の病室を尋ねてきたのだ。予想はしていたもののやはり驚きを隠せない。そして僕達の周りにはいつのまにか青い花畑が広がっていた。
「あの君は、夢の中であった…たしか…」
咄嗟にこの言葉が出た。夢なんて見ていたのだろうか、しかし頭で考えるよりも先に言葉が出たのだ。
「はい…!私は不知火遥です。あなたが事故から幼い私を助けてくれました。」
あの時の小学生は大人になっていた。助かっていたのだ。この事実を知れただけで僕はどんなに救われたことだろうか。
僕が眠っていた間のあの青い花畑での出来事はあまりよくは思い出せないが僕が目覚めるきっかけとなったのは確かだろう。
退院して僕はもう一度再スタートを切った。
僕名前は相澤弘樹、職業は何でも屋だ。