第2話 下僕ができたはずなのに、なぜか俺が洗濯している。
下僕ができたはずなのに、なぜか俺が洗濯している。
例の紫の液体は、水ですぐ流れるが、なんかちょっと、生臭い。
いきなり洗濯機に入れて、俺の服まで臭くなるのだけは勘弁だ。
縁にファーのある黒っぽいフード付きコートはわりと薄手で、その下はなにも着ていなかった。
脱がせたら、脇腹のあたりに、魔法陣に描かれていたのと同じ模様が刺青になっていたから驚いた。
膝くらいまでの緑のズボンも脱がせて、まとめて洗面のとこで水洗いだ。
下着なのか包帯なのか、腰にぐるぐる巻いてる布は、めんどくさそうなので放置。
どうなってるのかよくわかんないし。シッポのとことか。
当の本人は、服を脱がされてもしばらくは気を失ったままだった。
数分で目を開けて、今はユニットバスのバスタブにぼんやりと浸かっている。
「お前、イヌなのか?」
洗濯しながら俺が聞くと、下僕のくせに赤い瞳がギロリと僕を睨んだ。
「オオカミだ。……たぶん……!」
たぶん、て。
銀と白の混ざった髪からは、同じ銀色の獣耳。
おんなじ調子のシッポがお尻のとこに生えている。
手足の爪はとがっていて、できればひっかかれたくない感じ。
目の色と牙がちょっとアレで、あとは、普通の高校生男子って感じか。
ツノとか翼はなさそうだ。
革靴っぽい茶色の靴は、洗って玄関の外に干しておいた。
「で、だ」
洗って絞った上下の服を洗濯機に放り込んで、バスタオルを取ってきてやった。
「俺のしもべになったんだよ、な。お前」
「そうだ」
肩までお湯に浸かりながら、悪魔が答える。
「んじゃあさ、名前、教えてよ」
「ゾフポホソュグョ・プシャラック・ヌェルァ・ゲボバホズェルボッ・ゲホ・ゲホゴボブファッ」
どこまでが名前だよ。途中でお尻が滑って、目のあたりまでお湯に潜って溺れかけてるし。
「えーっと……もう一回、いい?」
「ゲフッ、コホッ……どうしても、か?」
涙目で見上げられちゃ、無理にとは言えない。シッポか。ふさふさシッポで滑ったか。
「……んじゃ、なんて呼べばいい?」
「オレの主は、あんただろうが」
「確かに。んじゃ、ポチでいいか」
そんな、切なさと悲しみと怒りと自制をマーブルにしたみたいな顔すんなよ。
ますますイヌみたいだぞ。
「わかったわかった。えーと、なんだっけ。ゾフポン……?」
ちょっと、めんどくさくなってきた。
「あー。じゃ、ゾフでいいな」
悪魔め、返事はしないがしぶしぶ納得したようだ。
俺の脳裏に、眼鏡屋の広告に出てたシベリアンハスキーが浮かんでたのは内緒だ。
バスタオルを投げてやると、ゾフは立ち上がってもそもそと頭を拭きはじめた。