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まひるの太陽 ~時間旅行・紡ぎあう時間の中で~  作者: 井上まどか
第0章.Introduction ~時間旅行の始まり~
7/8

最初で最後の贈り物


母から突然明かされた「豊」という異父兄弟の存在に、まひるはさすがに衝撃を受けていた。


「…嫌なら諦めるけど…まひると浩はどう?

お兄ちゃんに逢うのは嫌?…会いたくない?」


まひるはすぐに返事が出来ず、うなだれたまましばらく考えていた。


「おまえたち、どうなんだ?」


黙って成り行きを見守っていた父が、穏やかな口調で返事を促す。


「…あ、はい…」


たとえ父親は違っても、自分達と同じ母の子供なのだ。そのお兄ちゃんが自分達に逢いたいと言ってくれている。やはり、母のためにも逢うのが一番だとまひるは思った。


「うん。…いいよ」


顔を上げてまひるが答えると


「ボクもいいよ~」


浩は間髪開けずに笑顔で答えた。


些細な事でまひると喧嘩をする度に「あ~あ、僕に優しいお兄ちゃんがいてくれたらな~」とぼやいていた浩の事だ。浩にとってお兄ちゃんは憧れだった。最初から≪逢いたい≫と答えは決まっていたようだ。



そして、

2週間後の週末のこと。


母は朝から驚くほどご機嫌だった。

鼻歌を歌いながら掃除を終えると、口紅を塗ってめかしこんでいた。よっぽどこの日が待ち遠しかったのだろう。お気に入りの黒とグレンチェックのワンピースを着て、そわそわと時計ばかり気にしていた。


「まひるも浩も、お兄ちゃんが来たら、ちゃんと挨拶してね」


「は~い」

「大丈夫だよ、ちゃんとわかってるよー」


そう。

この日は豊お兄ちゃんが、家に来る日なのだ。


午後2時を少し回った頃。


トントンと玄関を叩く音がして、「こんにちは~」と男性の声がした。


「あ!お母さん!お兄ちゃんが来たよ!」


浩が素早く気づいて立ち上がった。

まひると浩が聞いた初めての豊の声だ。


「は~い」


母は手ぐしで髪を整えて、満面の笑みで玄関へ向かう。まひると浩も母の後を追って、襖の影からこっそり覗き見していた。


「お母さん、お久しぶりです。元気だった?」


少しハスキーな豊の声は、落ち着いていてとても優しかった。


「元気よ~。みんな待ってるわよ。あら…?」


豊のすぐ後ろには淡いピンクのワンピースを着た婚約者がいて、「はじめまして、マキコです」と会釈した。


「あ、ごめん!お母さん。言ってなかったね。こちらマキコさん。僕の婚約者だよ。今日お母さんに会いたいって、一緒に来てくれたんだ」


「まあ…!嬉しいわ!豊…。

マキコさん、来てくれてありがとう…」


豊は今後逢えなくなってしまう母のために、自分の婚約者を連れてきてくれたのだ。


二人の幸せそうな姿を見た途端、母の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「えっ、そんな。泣かないでよ、お母さん…」


豊は泣いてしまった母を見て少し戸惑ったが、すぐに笑顔になり、「マキコさん、僕のお母さんだよ」と母をマキコに紹介した。


「こんにちは、お母さん」

「こんにちは。マキコさん。会えて嬉しいわ…」


母は溢れる涙を拭いながら、「遠いところ…お疲れ様。さぁ、狭いところだけどあがって…」と、母は二人を迎え入れた。


そして、「すぐにお茶を入れるわね」と、泣き顔を見られないように手で顔を隠しながら台所に下がった。


母と入れ替わるように、今度は父が豊とマキコを出迎えた。


「はじめまして、豊くん。マキコさん。よく来てくれたね。今日は来てくれてありがとう。それから…結婚、おめでとう」


「はじめまして、豊です。お父さん…。お邪魔させていただく事になり、本当に嬉しいです。ありがとうございます」


「はじめまして、マキコです。突然お邪魔することになって、すみません…」


豊も母につられて涙がこぼれ落ちた。


父は豊に握手を求め、豊も嬉しそうに父の手を握りながら挨拶を交わしあった。


「あ、そうだ!実は今日、車で来たんです。角の道路に停めてきたんですけど、そこで大丈夫ですか?」


父は一旦外に出て、豊が指さす方を確認すると


「あぁ、西川さんちの横だね。あそこなら大丈夫だよ」と微笑んだ。


「さあ。豊くんも、マキコさんも奥へどうぞ。

あっ!ごめん…。うちはスリッパないから、そのまま上がって」


「はい、お邪魔します」

「お邪魔します」


部屋と言っても、まひるの家は小さい。

玄関を開けたら、すぐに小さな台所とトイレがあり、襖を開けたところにしきりのない六畳の和室が2つあるだけだ。


豊とマキコは父に促されるまま、奥のテーブルについた。まひる達は先に座って待っていた。


「こんにちは。まひるです」

「浩です。はじめまして…」


まひると浩も続けて挨拶をした。


「こんにちは、豊です。はじめまして。

聞いてたとおり、ふたりとも可愛いね。

会えてホントに嬉しいよ~」


お兄ちゃんに誉められて二人ともご満悦だ。


初めて逢ったお兄ちゃんは、背が高くて痩せていた。写真で見たとおり優しい目をしている。はっきりした目元と穏やかな雰囲気が、母にとてもよく似ていた。


「はじめまして、マキコです」


マキコは豊よりも2歳年下だという。

口数は少ないが、とても優しそうな女性だった。


一通り皆の挨拶が終わった頃、「はい、お待たせしました~。お茶どうぞ~」と、泣いて鼻が赤くなったままの母が、温かいお茶とお菓子を持ってやってきた。



まひる達は初対面の豊とマキコに少し緊張していたが、豊やマキコが「学校は楽しい?」「部活は何かやってるの?」等と、色々話しかけてくれたおかげで、いつの間にか打ち解けられた。


そして、ふたりはごく自然に豊の事を「お兄ちゃん」と呼べるようになっていた。



だけど、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。


やがて、遠くから≪夕焼けこやけ≫の放送が聞こえてくると、豊は壁掛け時計を見上げて「あ…。そろそろ帰らないと…」と言った。


母はみんなで一緒に晩御飯も食べられると期待して、秘かにしゃぶしゃぶの準備をしていた。


母は名残惜しそうに「せめて夕飯を食べてってよ」と懇願したのだが、豊達は他の予定があり、どうしても帰らないといけないという。


「…そう…。残念だわ…」


母はひどく落胆したが、渋々頷いた。


そんな母を見て、豊は「あ、そうだ!危ない、危ない。つい、忘れるところだった!」と、何かを思い出したようだ。


「ちょっとマキコと一緒に車に行ってくるから、お母さん待ってて」と伝えて、上着を着て家を出た。


しばらくすると、両手にプレゼントを持って、豊とマキコが戻ってきた。


「はい、これ。お母さんに」


「これは、お父さん」


「そして、これはまひるちゃんと…。

はい。これは、浩ちゃんに」


それは、お兄ちゃんからの最初で最後のプレゼントだった。



母は大好きな薄紫色の花柄のスカーフを。


父は、これまた父が大好きなウイスキーを。


まひると浩には、それぞれ黒いハードケース付のアコースティック・ギターが贈られた。


すぐに弾けるようにと、ピックやチューニング用の音叉。そして、教則本までプレゼントしてくれた。


「お母さん…。首周りが温かいと風邪引かないから、良かったらこれ使ってね。どうか…。これからもずっと…元気でいてください…。今日は本当にありがとう…」


母も豊も泣いていた。

母はいつもよりも小さく見えた。


そして、豊の手からプレゼントのスカーフを受けとると、まるで子供のように泣きじゃくった。


「お父さん…。今日は逢ってくれてありがとうございました…。どうか、母を…これ…からも…よ、よろしくお願い…します…!今日は、お父さんと呼ばせてくださり、あ、…ありがとうございました…!」


豊は肩を震わせながら、父に深々と頭を下げた。


父は贈り物のウイスキーを受けとると、ウイスキーごと豊を強く抱き締めながら「豊くん…。豊くんは、本当に背が高いな~」と、豊を見上げて泣き笑いをした。


これは血筋なのだろうか。

神谷家はみんな、涙もろい。



そして、父は豊からゆっくり離れて握手をすると、さらに言葉を続けた。


「君も今まで色々大変だったなあ…。

小さい時から本当のお母さんと離ればなれになって…苦労したな…。だけど…さすがうちのお母さんの子供だ!


立派に育ってくれて、本当にありがとう…。今日はマキコさんも連れてきてくれて、本当にありがとう…。どうか、幸せにな。元気でな」と、感謝を述べた。


「まひるちゃん。浩ちゃん。

今日は逢ってくれて、本当に…ありがとうね。それから…お兄ちゃんと呼んでくれて…あ、ありがとう…」


「お兄ちゃん…」


「お兄ちゃんはね…。寂しい時とか、悲しい時は…。いつもギターを弾いていたんだ。だけど、大きくなってからは…嬉しい時も、楽しい時も弾けるようになったんだ。音楽は、本当にいいよ」


そう言いながら、二人にギターを手渡すと…


「だから、今度はまひるちゃんと、浩ちゃんにも…ギターを弾いたり、音楽を身近に感じてもらいながら…幸せになってもらいたいんだ…。


本当は…。

ふたりにギターを教えてあげたいんだけど、時間がなくてごめんね…。


今日は本当にありがとう…。

お兄ちゃんは、こんなに可愛い…妹と…弟に会えて…本当に、幸せだ…。

本当に…ありがとう…」


「ありがとう…。お兄ちゃん…」


「お兄ちゃん…!」


まひるも浩も、お兄ちゃんと逢えるのはこれが最後。豊の家庭の事情で二度と逢えないとわかっていたので、泣いて別れを惜しんだ。


「豊…。豊…!」


母はお兄ちゃんの胸に飛び込んで、最後の別れを交わした。


この時、母と豊が一番つらかったと思う。


別れの時がやってきた。

車が見えなくなるまで、大きく手を振った。



お兄ちゃんとの最初で最後の時間。


最初で最後の

お兄ちゃんからの贈り物。


お兄ちゃんがくれたギターは、まひるにとって大事な宝物になった。


そしてこれが、まひるがギターを弾くきっかけになった。




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